第41話 夕刻の急襲

 決闘騒ぎで儲けた人間もいれば、損をした人間もいる。

 むしろそちらの方が多いだろう。

 そういう人間からは、俺たちは険しい視線を向けられていた。

 しかしそれは、先の槍を持った傭兵――ゲイリーが抑えてくれていたので、道中で大きな問題は起きなかった。


「最初の数日はきつかったけど、慣れるもんだなぁ」

「そう思うなら私の足もねぎらってくださいよ。もうパンパンです」


 毎日二十キロ以上を歩くという旅は、現代日本に住んでいた俺にとって、意外と厳しい道のりだった。

 しかしそれも、三日もすれば慣れてしまう。

 これはミュトスの訓練で培った、忍耐力のおかげだろう。さらに言うと、持久力のスキルの影響もあるかもしれない。


 しかしそれは俺だけの話で、神界で引き籠り生活を測り知れないほど続けてきたミュトスにとって、非常に厳しい行程だった。

 途中、何度か馬車に乗せてもらって尚、彼女の足は筋肉痛で凝り固まっていた。


「え、揉んでいいの?」

「うっ、殿方に足を晒すのはさすがに少し恥ずかしいですが、背に腹は代えられません。このままでは明日は一日馬車の上になってしまいます」


 もちろんそれも、エリンにとっては想定内かもしれない。

 元々セラスはともかく、ミュトスは長旅できるようには見えていなかった。

 その分俺がインベントリーに荷物を収納しているので、彼女一人を馬車に乗せるくらいでは、苦情は出ないはずだ。

 なのに彼女が、俺と一緒に歩くのを選択したのは、セラスへの対抗心だろう。

 この二人は仲が良いように見えて、こういうところでは張り合っている。


「じゃあ、そっちに横になって」

「お願いしますね」


 野営と言っても、この世界には収納魔法が存在する。

 薪や水などは持ち歩けるし、何だったらちょっとした料理だってしまい込んでおける。

 それを取り出して夕食にすればいいので、普通のキャンプのような長々とした準備は必要ない。


 俺たちは馬車の横に皮のシートを敷き、ミュトスがそこに横になる。

 彼女はセラスと同じようなショートパンツ姿なので、そのまま足をマッサージすることができる。

 そんな彼女の足に触れようと俺が手を伸ばしたところで、セラスが横から割って入った。


「よし任せろ。マッサージは得意だ」

「ちょ、セラス!?」

「え、なんであなたが――いた、いたたたた!?」


 そう言えばセラスはマッサージやストレッチが得意だった。

 その効果のほどは身を持って体験している。もっとも彼女はかなりアグレッシブなポーズで施術してくるので――いや、これは悪くないのでは?


「これはパンパンじゃないか。どうしてこんなになるまで我慢してたんだ?」

「待って、人間の身体はそんなに足が開けません! アッー!」


 ミュトスに大きく足を開かせ、身体をねじるように身体全体を解していくセラス。

 その姿はなんだかアヤシイプレイを見ているようで、妙にこちらの興奮を誘う。

 現に俺たちのそばを通り過ぎていく傭兵たちは、軽く口笛を鳴らして足を止めている。

 俺も目の前で展開されている蠱惑的な光景を脳内の保存フォルダに記憶するべく、目を皿にして眺めていたのだった。




「いいですか、乙女の柔肌はみだりに人目に晒してはいけないのです。ましてや内股とか! シノーラさんならともかく、セラスさんに!」


 体調が復活したミュトスは、それはもう本気で怒っていた。

 怒っていたので、俺とセラスは彼女の目の前で正座して大人しく説教を受けていた。

 妙に理不尽な気がしないでもないが、どうやら彼女の怒りのポイントは、俺ではなくセラスがマッサージしたことにあるらしい。


 そんな俺たちの様子を、他の護衛や商業ギルドの面々は、なぜか微笑ましい表情で見ている。

 見ているくらいなら、止めてくれと思わなくもない。

 俺がそんな心境でちらりとエリンに助け舟を求めると、それを察した彼がやんわりとミュトスを止めてくれた。


「まぁまぁ。セラスさんも悪気があってやったことではないですから」

「無論それは知っていますが、やはり乙女として譲れないラインは存在するのですよ」

「乙女……いや、なんでも」


 ミュトスの実年齢を知る俺は、思わずそこにツッコミを入れそうになってしまう。

 現にミュトスの視線が、こちらに恐ろしいほどの鋭さで向けられている。

 これ以上のヤボなツッコミは命にかかわる。


「おい、火を消せ! 見張りがグリフォンを見たって言ってるぞ!」


 そこへ突然、傭兵たちの声が聞こえてきた。

 それを聞いて、エリンは即座に焚き火の日を消す。

 夜営において、焚き火は貴重な熱源である。こればかりは収納魔法で運べない。

 その貴重なエネルギーを放棄しなければならないほどの危険が迫っていると、傭兵たちは口にしていた。


「グリフォンって、あの?」

「ええ、あのグリフォンです」


 馬車を即座に木の陰に移動させ、全員が草むらに身を潜める。

 俺の問いに、エリンは緊張した声で返事をするが、俺の知るグリフォンなら、これだけの数の傭兵がいるなら対処できそうに思えていた。


「多分、シノーラさんの考えているグリフォンとは違いますよ?」

「そうなの?」

「この世界のグリフォンは逞しいですから」


 ミュトスは俺の考えが間違いだと指摘する。

 それを証明するかのように、周囲に暴風が巻き起こった。


「くそっ、見つかっていたか。全員戦闘用意だ!」


 ゲイリーの声に、傭兵たちが次々と草むらから飛び出していく。

 その先に舞い降りてきたのは、鷹の頭に獅子の身体を持つ、俺の知る伝説通りのグリフォン。

 唯一、違う点があるとすれば、そのサイズ。


 頭の高さが十メートルを超える位置に存在する。

 広げた翼が二十メートルを超える大きさを誇っている。

 爪一つでセラスの持つ剣と同じ長さがある。


 一目見ただけで『こいつはヤバい』と確信できる偉容だった。

 そんな怪物相手に、ゲイリーたちはひるまず突入していく。

 どう考えても、俺の剣でどうにかなる相手じゃない。

 これが闇帝の魔法ならば、対処することもできるだろう。

 だが一メートルそこそこの剣では、せいぜい皮膚を裂くのが関の山だろう。


「私たちも行きますよ、シノーラさん」


 だがミュトスはそんな俺の萎縮を一切気にせず、まるで散歩に誘うかのように、軽やかに宣言した。


「し、しかし俺の剣じゃ……」

「大丈夫です、あなたは闇帝を倒したほどの猛者ですよ? それにグリフォンは闇帝と比較しても随分と格下。負ける道理がありません」

「いや、そう言う意味じゃなく、相性的に剣一本で立ち向かうのは無理なんじゃないかって言いたかったんだけど?」

「問題ありません。魔法も教えたでしょう?」

「そういやそうだった」


 訓練の空間で、ミュトスに魔法の知識はインストールされている。

 彼女はそれをここで実践しろと言っているのだった。

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