第40話 商人の役得
出発前にトラブルはあったが、そこは荷造りになれた商業ギルドの関係者たち。
瞬く間に積み込みを完了させ、定刻通りの出発となった。
エディたちの姿はすでに見受けられなかったので、依頼破棄した後はそそくさとどこかへ立ち去ってしまったのだろう。
そうして出発する時刻となり、俺は何かと因縁のあるこの村からようやく旅立つことになった。
結構な数の護衛が付いているうえに、荷物も満載ということで、護衛の者の大半は徒歩の行程となる。
ここから二週間、歩き通しだと考えると気が滅入ってくる。
「なのに……なぜお前らは馬車に乗っているんだ?」
「え? か弱い私に歩けと?」
「わ、私も一応女性だし……それにまだ未成年だから?」
ちゃっかりと御者席に座るエリンの左右を陣取っているミュトスとセラスに、俺は恨みがましい視線を送ってしまった。
そんな俺の視線を自分への物と勘違いしたのか、エリンも頬を掻きながら、言い訳をしてくる。
「いやぁ、両手に花とはこのことですね。彼女たちと旅ができるとは実に光栄です」
「良いですけど、手は出さないでくださいね?」
「も、もちろんですとも!」
その言い訳も斜め上の方向にカッ飛んでいたので、美少女二人に挟まれて、実は緊張していたのかもしれない。
セラスは地味目だが美少女であることは間違いないし、ミュトスに至っては言うまでもない。
「これはむしろ、私の方がお金を取られるシチュエーションでしょうか?」
「なに言ってんですか! 僕はそんなアヤシイ商売はしてませんよ」
「そんな商売を始めたら、しっかりと矯正しますのでご心配なく」
「こっちが悪いのかよ!?」
これがセラスの言葉ならまだ冗談と分かるのだが、ミュトスの言葉となると洒落では済まない。
あの空間に送り込まれ、こんこんと説教を続けられ、そして地獄の特訓が待っているだろう。
闇帝もいなくなったこの平和な世界で、俺が目指す目的はただ一つ。平穏な日常だ。
なのに、何が悲しくて命懸けの訓練を受けねばならないのか?
「大丈夫だ、私はシノーラがそんなことしないって信じているからな!」
「あ、ずるい! 自分だけ良い子になろうったって、そうはいきませんよ」
「なにを言う。私は自他共に認める良い子だぞ」
「良い子は模擬戦でトドメをぶち込みにいきませんよ!」
ミュトスがムキになってセラスに掴みかかろうとするが、剣術少女であるセラスにはその手は届かない。
むしろそんなミュトスとセラスに挟まれ、もみくちゃにされているエリンが至福の表情を浮かべているのが気に入らない。
「お前ら、その辺にしとけ。エリンさんが迷惑してるだろ」
「い、いや、それほどでも……」
「馬車が蛇行し始めてますよ?」
「おっと」
俺の指摘に、慌てて手綱を持ち直すエリン。
やや幼い二人とはいえ、やはり両側から挟まれるというのは嬉しいらしい。羨ましいぞ、チクショウ。
とはいえ、エリンは今回の雇い主。媚を売っておいて損は無いだろうと思い直す。
「ほら、お前らも厚意に甘えていないで、ちょっとは自力で歩け」
「はーい」
「おやぁ、シノーラさん、嫉妬ですかぁ? ジェラシーですかぁ?」
「ミュトスも、とっとと降りやがれ」
俺の態度にニンマリした笑みを浮かべ、口元を指先で隠しながら煽ってくるミュトスに、憮然とした表情で返しておく。
その反応が良かったのか、悪かったのか、ミュトスは特に不平を漏らすことなく馬車から飛び降りた。
まだ動いている馬車から飛び降りるとは、なかなかに反射神経がいい。
それを見て、セラスも後に続いた。
「それじゃ、俺は少し後ろの様子を見てきますね」
「ええ。お願いします」
少し頭を冷やそうと思い、そんなことを提案してみた。
確かにミュトスの言う通り、俺は少しばかり嫉妬していた。
そんな俺の後ろを、ミュトスとセラスがついてくる。
「もう、そんなに怒らないでくださいよ」
「別に怒ってないよ」
「それはそれで、少し寂しいな」
「セラスまで……まぁ、ちょっと考えたいこともあったし」
「闇帝のことか?」
「うっ、その、まぁな」
実際そうではなかったのだが、セラスにはその実情を離せないので、曖昧に頷いておく。
「それともう一つ、グラントさんのことが心配でな」
あの村に闇帝が現れたという設定なら、グラントを心配しないわけにはいかない。
そう考えて、彼のことを口にした。
しかしそれには、ミュトスが気楽な答えを返してくる。
「ああ、彼ですか。あと二日もしたら全快しますよ?」
「へ?」
「ほら、別れる時に握手したじゃないですか。そこでちょちょいと」
「な、なんですぐ言ってくれなかったんだ!? っていうか、ミュトスなら即治せたんじゃ?」
「そりゃもちろ……いえ、さすがの私も闇帝の衰弱を即座に癒すのは難しいですよ」
ミュトスが言葉を翻したのは、セラスの目を気にしてのことだろう。
こちらに向けてパシパシウィンクしているのは、きっと察しろということなのだ。
先の言葉から推測するに、きっとミュトスならグラントをすぐに癒せたんだろう。
「さすがにすぐ治っちゃうと変に思われますから、時間をおいて治るようにしておいたんです」
俺の耳元に顔を寄せて、ミュトスがこっそりと伝えてくる。
その仕草はちょっとドキドキするので、人目のある場所では遠慮して欲しいところだが、嬉しくもある。
案の定、セラスが俺の肘を引っ張って引き剥がそうとしている。
「よう、お前ら。なにイチャついてんだよ?」
そう声をかけてきたのは、他の護衛を受けた傭兵たちだ。
口調は荒いが、表情に敵意が無いところを見ると、どうも俺たちに賭けてくれた連中っぽい。
「そういうんじゃないですよ。二人とも妹みたいなものですから」
「まぁ、年齢的にそうだろうな。だが俺みたいに気の短いやつもいるから、あまり見せつけるなよ?」
「はい、気を付けます。ほら、二人とも」
荒い言葉に歯を剥き出しにして威嚇するような表情だが、内容はこちらを心配してのものだ。ならば素直に受け取っておくのが吉である。
それにこの傭兵、エディたちに比べてかなり腕が立ちそうだ。
相手を見て槍を手に取ったエディと違い、愛用の武器として槍を装備してるらしく、立ち居振る舞いに隙が無い。
どこか剣神ゴルドーと似た雰囲気を持つ男だった。
「それじゃ、僕たちは配置に戻ります」
「ああ。そうだ、それと――」
「え、なにか?」
そう言うと男は俺に向けてニカッと笑い、親指を立ててみせる。
「さっきは儲けさせてもらったぜ。ありがとよ」
「……どういたしまして」
彼が好意的なのは、きっとこの影響もあるのだろう。ならば先ほどの決闘騒ぎも、まるで無駄というわけではなかったようだ。
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