第39話 セラスの実力

 突然降ってわいた決闘騒ぎに、なぜか他の者たちはお祭り騒ぎになり果てていた。

 調子のいい傭兵たちはもちろん、商人たちまで賭け事を始めていたのだから呆れてしまう。


「今のオッズはエディが1・2倍、シノーラが3倍だ! 他に賭ける奴はいないか?」


 胴元の声が周辺に響く。どうやら俺たちはかなり弱いと思われているらしい。

 そりゃ、俺は来たばっかりでグラントに狩りを学んでいる新人で、セラスは攻撃が当たらないという実績がある。

 ミュトスに至っては近接戦ができるようには見えない。


「どうします、賭けちゃいますか?」

「ミュトス……いや、自分に賭けるのはどうなんだろう?」

「特に問題なかったですよ」


 そう言って即席で作られた賭け札を俺に見せる。

 木でできたそれには、『シノーラ、千ラピス』と書かれていた。

 いつの間に便乗してきたんだ、この神様は。


「まぁいいや。俺に一万賭けといてくれ」

「はぁい」


 インベントリーから一万ずつに分けておいた小袋を取り出し、ミュトスに渡す。

 ミュトスはまるで、スキップするかのような足取りで胴元のところに歩いて行った。

 なんだか妙に堂に入っているというか、手慣れている気がするのは気のせいだろうか?


 そんな中、セラスとエディという男が進み出て、対峙していた。

 いよいよ決闘が始まるようである。


「セラス。一人で全員ブチ抜く気概で行け!」

「もちろんだ。今の私に敵はいない!」

「そこはもう少し謙虚になっとけ」

「む、わかった」


 まぁ、彼女が負けても俺がいるので、ミュトスが危険に晒されることは無いだろう。

 とはいえ、それだとあいつらの鼻っ柱を折ることにはならない。

 あくまで『セラスが』連中をぶちのめすという事実が必要だった。


「それでは一番手、準備は?」

「問題ない」

「いつでもいいぜ。セラスなんかに負けるわけねぇ」


 審判役を買って出た商業ギルドの偉い人の言葉に、両者が答える。

 しかしエディの言葉とは裏腹に、彼の手には槍が持たれていた。

 セラスの視力が弱いと知っているので、徹底的に突き放して戦おうという魂胆なのだろう。

 しかし視力の矯正を受けたセラスは、槍を見ても全く動じていなかった。

 俺の目からしても、得物を変えたところでどうにかなる実力とは思えない。


「では、初戦。始め!」

「オラァ!」


 掛け声と同時に、エディは槍を素早く突き出していく。

 確かに剣と槍では、槍の方が間合いの分だけ有利だ。

 俗説では、槍相手に剣で勝つには、三倍の力量が必要とまで言われている。

 しかしエディとセラスの間には、それ以上の実力差が横たわっていた。


 模擬戦故に、互いの武器は木を削り布を巻き付けた模造品。

 それでも木の棒を女の子の顔面に突き出すというのは、少しどうかと思う。

 もちろんこれが実際の戦闘なら、俺も容赦はしてなかったはずだ。


「フッ!」


 しかしセラスはこれに一切動じず、半歩斜めに踏み出すことで攻撃を躱す。

 そして横薙ぎの攻撃の変化を想定して、槍を下から弾き上げる。

 遠い間合い、穂先にかかった上へ向かう運動エネルギー。

 てこの原理で、これを押さえることは、エディにはできなかった。

 槍は大きく跳ねあがり、大きな隙をさらけ出す。


「セェッ!」

「カハッ」


 そこに鋭く踏み込むセラス。模擬剣をみぞおちに突き込み、エディの呼吸を一瞬にして断ち切る。

 そのまま前のめりに倒れ込むエディの首元に向けて、セラスはさらに容赦の無い追撃を撃ち込んだ。

 ゴッ、という鈍い打撃音。顔面を地面に打ち付け、さらにその後頭部を踏みつけようとしたところで、審判に止められた。


「そ、そこまで! そこまでだ!?」

「なんだ、もう終わりか」

「えげつないな、嬢ちゃん。追撃のさらにとどめまで狙うとか、殺す気か?」

「模擬戦で顔面を狙うやつに、容赦はいらないだろう? それに、きちんと勝負がつくまで攻撃の手は緩めないと、私は習ってきた」

「ああ、そう……」


 真剣な顔のセラスに、少し引いた様子の審判。

 しかしそこで気分を持ち直し、第二戦のコールを行う。


「続いて第二戦。アンディ、前へ」

「え、いや、俺は――」


 いまだビクンビクンと痙攣するエディを見て、二番手のアンディという男は完全に心が折れていた。

 しかしここで戦わないという選択肢をとった場合、賭けが不成立になってしまう。

 その時、彼らがどのような目に遭うかは、考えるまでもない。

 そしてそこへ、更なるとどめを刺しに行った者がいた。


「あら、大丈夫ですよ。こちらの方は私が責任を持って癒しておきますので。死なない限りは元通りです」

「なら死ぬ寸前まで痛めつけていいってことだな? ミュトス、やるじゃないか」

「セラスさんこそ。意外と腕が立つようで驚きました」


 にこやかに笑い合う女性陣二人。そこには対戦相手への情けは一片も存在していなかった。

 いや、ミュトスよ。君は世界にあまねく愛情を注ぐ創世神じゃなかったのかよ?

 しかしその一言で完全に心が折れ切ったアンディは、棄権を宣言した。

 続く三人目のロディという男も棄権したので、俺たちの完全勝利となる。


 もちろん、賭けに参加していた連中は不平たらたらだ。

 そんな空気の中で彼らが護衛の仕事に就けるはずもなく、その後エリンに依頼の破棄を申し出ていた。

 もちろん個人的な要件での依頼破棄なので、彼らの側に違約金が発生することになるのだが、この一件で大損した連中と仕事をするよりはマシという判断だろう。

 まともに戦って敗北したのならともかく、戦ったのはエディのみで、残るは危険という有り様だ。

 大金をスッた連中からは、恨みに思われていてもおかしくはない。


 それは俺たちにも言えることで、俺たちが勝つことで損をした連中と、道中を行くことになる。

 絡んでくる奴や、魔が差す連中もいるだろうから、しばらくは警戒はしておいた方がいいだろう。

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