第38話 過去の因縁
翌日になって、俺たちは商業ギルドの護衛で村を出ることになった。
それに先立ち、世話になったグラントに再び挨拶をしに向かうことにする。
テントの中に入り、彼に一声かけようとして、俺は固まった。
「あ、アイリーンさん?」
「ひゃっ!?」
そこには藁束のベッドの脇に腰掛け、グラントの口元に斬り分けたリンゴを甲斐甲斐しく運ぶ、アイリーンの姿があった。
「あー、お邪魔みたいですね。また来ます」
「待て待て待て! 何を勘違いしている。これはアレだ、助けたお礼!」
「助けたのは僕ですけど」
「その前に助けたのは俺だろう!」
顔を真っ赤にして怒鳴る熊顔のおっさんなんて、可愛くもなんともない。
彼には恩義は感じてはいるが、リア充を見せつけられては怒りしか沸いてこない。
「それじゃ、僕たちは護衛で村を出るから」
「ああ、世話になったな」
「それを言うのはこっちの方でしょ。グラントさんには世話になりっぱなしだった」
俺はアイリーンの隣まで進み出て、彼に手を差し出す。
グラントはその手を力強く握り返してきた。その力に彼への信頼を感じ取れる。
「私からも。シノーラさんがお世話になりました」
「ああ。あんたも旦那を逃がすんじゃないぞ?」
「もちろんです。すでに既定路線ですので」
「待って、そう言う冗談は怖いからヤメテ」
ミュトスもグラントと握手を交わし、それにセラスも続く。
「セラス、シノーラはどっか抜けてっからお前がしっかりするんだぞ」
「任せてくれ。相棒として、しっかり大任を果たしてみせる」
さすがにミュトスやセラスに俺ほどの力は籠められなかったのか、それぞれの手をやんわりと掴んで握手をする。
そうして俺たちはグラントと別れ、テントを出たのだった。
村外れにずらりと並んだ馬車の車列。それらすべてが商業ギルドの持ち物だった。
その数、大型の馬車五台に及ぶ。そしてそれを護衛する傭兵や猟師の数も、かなりの数だった。
現代日本では、まずお目にかかれない馬車の行列。その壮観さに俺は思わず見惚れてしまう。
「ああ、おはようございます、シノーラさん。それにミュトスさんとセラスさんも」
「おはようございます、エリンさん。少し早かったですかね?」
俺たちを目ざとく見つけたエリンが挨拶してくる。
彼は積み込みを指示しており、今もなお積み込み作業は続いていた。
ひょっとすると作業の邪魔をしてしまったのかもしれない。
「いえいえ。今は余剰の空間にできるだけ物を詰め込んでいる段階でして。いや、お恥ずかしい所を」
積み込み予定の者はすでに積み終わっており、空いた余剰空間にできるだけ物を詰め込もうとしているのが、今の作業らしかった。
しかし見るからに馬車の方が悲鳴を上げている。
「あの、言っちゃなんですけど詰め込み過ぎじゃ? 車軸とか軋んでません?」
「ん? ああ、確かに! これはいけませんね。おい、この馬車の荷物、少し減らせないか?」
「いや、今さら無理ですってぇ!」
「無理なら収納魔法の中に詰め込め。できるだけ持ち出すんだ」
「エリンさん、欲張り過ぎですよォ!?」
エリンの無茶ぶりに部下の商人たちの悲鳴が上がる。
正直俺のインベントリーならば者の中身全てを収納しても平気そうだが、試してみるか?
「あの、よかったら俺が収納しましょうか?」
「シノーラ。いくらなんでも他人に貴重な資産を収納させるのは……」
「あ、そっか」
セラスに注意されて俺もようやく気付いた。
もし他人に荷物を預け、その他人が逃げてしまったら、凄まじい損害を被ってしまう。
俺が逃げるという可能性も、彼らは考慮しなければならないのだ。
「いや、軽率でした。今のは無かったことに――」
「ああ、そう言えばシノーラさんはサベージボアを収納できたんですよね! ならこの馬車一つ分くらいはどうにかなりそうですか?」
「え、ああ、その、多分? でもいいんですか?」
「この非常時です。使えるモノは何でも使わないと」
「逞しいというか、なんというか。俺が逃げたりとか考えなかったんです?」
「もちろん、それも考慮しましたとも。ですが、そちらの女性を連れてうちの護衛たちから逃げ切るのは、少し無理があるかと考えまして」
エリンはミュトスの方を見ながら、そんなことを告げてきた。
今は動きやすい短めのスカートに、セラスと似たようなぴったりとしたシャツを着ているミュトスだが、その手足は比較にならないほど華奢で細い。
俺やセラスならともかく、ミュトスは如何にも健脚とは程遠い体型をしていた。
「ちゃっかりしてますね。わかりました、どれを収納したらいいんです?」
「こちらの馬車をお願いします」
エリンに案内されて、別の馬車の荷物を収納していく。
その馬車に三人の傭兵が近付いてきた。どうやら彼らは、積み込みの作業も任されているらしい。
三人とも若い男の傭兵で、どこかで見たような記憶がある。
「あっ」
「ん? あ、お前――」
俺が彼らを思い出すより先に、俺についてきていたセラスが声を上げた。
その声に反応するように、男たちもセラスを指差して驚きを示す。
それで思い出した。彼らはセラスの元仲間だ。
「お前がなんでこんなところにいるんだよ!」
「護衛の依頼を受けたからだ」
「ハッ、攻撃も当てられねぇお前が護衛だと?」
「今はできる。シノーラが作ってくれた眼鏡があるからな」
薄い胸を張ってドヤるセラスと、その胸を見て勝利の微笑を浮かべるミュトス。
こっそり何を張り合っているんだか。
「嘘つけ。お前の目がその程度で治るもんか!」
「なら試してみるか?」
「おう、いいぜ。お前が負けたら一晩付き合ってもらうからな」
そこまで言われ、セラスも少し気色ばんだ気配を見せたが、威勢よく了承する。
しかし、さすがにそれを黙って見ておくのはどうだろう?
「待ってくれ。まさか決闘でもするつもりか?」
「ああ、そうだ!」
「いくらなんでも女の子一人に男三人でかかるつもりか? それはさすがにみっともないぞ」
「クッ、ならお前らが助太刀すればいいだろ。そうすりゃ三対三でちょうどいい」
「セラスはともかく、ミュトスまで巻き込む気かよ」
「もちろん、負けたらセラスと一緒に一晩付き合ってもらうぜ」
強引に勝負を挑んでおきながら、この言い草。さすがに俺も少し頭に来た。
今の俺から見れば、彼らの力量など素人も同然。一人でもあしらうことは可能だ。
「なら三対三の勝ち抜き戦だ。こちらはセラスが一番手で出る。二番手は俺だ」
「いいぜ、なら俺が一番手だ」
「あの、護衛同士で決闘沙汰は困るんですけど……」
「悪い、エリンさん。さすがにここは引けない場面だ。放置しておいても道中で必ず問題になる。ここですっぱりと片を付けておいた方がいい」
「しかし――」
「なにも命のやり取りをするってわけじゃない。それに……そんな大ごとにはならないと思うよ」
「はぁ? ならお任せしますが……」
渋るエリンを説き伏せ、半ば無理やり承諾させる。
彼には悪いが、こういった輩はきっちり鼻っ柱を折っておかないと、いつまでも絡んできて調子に乗り続ける。
少しばかり意地が悪いが、ここはしっかりと上下関係を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます