第37話 商業ギルドの護衛

 俺たちは健康な避難民たちが集まっているテントへ、足を向けた。

 エリンたちは早々に村から避難しており、怪我などはしておらず、このテントで村を離れる算段を立てているとグラントに聞いたからだ。

 まるで遊牧民の大型テントのように巨大なテントを見て、よくこの急場にこのような物を用意できたものだと感心する。

 入り口にいる商業ギルドの護衛に要件を告げ、中へと案内された。


「エリンさん、いますか?」


 テントの中では多くのギルド員が、商品の選別を行っていた。

 村を捨てる以上、商品を持ち運ぶ必要があるが、全てを持っていけるというわけではない。

 価値の高い物、優先順位の高い物を選別し、より利益の高い物をできるだけ運びだそうと、皆が躍起になっていた。


「ん? ああ、シノーラさん。良かった、捜していたんですよ」

「凄い騒動ですね。これは村から避難……ですか?」

「ええ。地面の底が抜けるようでは、村の再建もままならないでしょうから。それで、避難の道中、あなたに護衛を依頼したいと思っていまして」

「グラントさんから聞きました。でも、なぜ俺に?」


 そこでエリンはニヤリと笑みを浮かべる。それは計算高い商人の笑みだった。


「もちろん他にも護衛の傭兵や狩人はいます。ですが彼らには……運が無い」

「運?」

「ええ。こんな騒動に巻き込まれたわけですからね。他の者よりは不運と見るべきでしょう」

「それは俺も同じじゃ?」

「あなたは災害発生当時は村を離れていたと聞きましたよ? それにサベージボアを倒した強運も持っています。こういった災害の中では、そう言う運を持つ者を同行者に組み込みたいんですよ」

「それは……独特な考えですね」

「ええ、それは自覚しています」


 だが、商人というのは縁起を担ぐという話は聞いたことがある。

 サベージボアを運良くとはいえ討伐してきた俺は、彼にとってそう言う縁起物とみなされていたらしい。

 まぁ、当時は実力も無かったので、これはまったく悔しい思いはしない。


「どうせ村を離れて王都に向かう予定でしたから、同行できるならこちらとしてもうれしいですね」

「それはよかった。それで報酬に関してのお話になるのですが……その、そちらの方々は?」

「ああ、こちらは僕の故郷からついてきたミュトスです。こちらは傭兵ギルドのセラスィール」

「これはこれは、どちらも将来が楽しみな美少女ですね。シノーラさんも隅に置けない」

「ハハハ、そういうのじゃないですから」


 まったく、グラントといい、彼といい、すぐそういう方面に話を繋げたがる。

 セラスはともかくミュトスの機嫌を損ねた場合、どんな特訓が待ち受けているのか分かったものじゃないので、ぜひやめて欲しい。

 現に今も、ミュトスは不満そうに唇を尖らせていた。その不機嫌さが、俺には少し怖い。


「報酬のご心配なら、お気になさらず。私はあくまでシノーラさんの同行者ですし、護身に魔法を多少嗜みますので」

「わ、私もシノーラが作ってくれたメガネのおかげで、攻撃を当てれるようになったから!」

「はい、メガネ? それは一体どういう物でしょう?」


 セラスの主張に、エリンは持ち前の商売の勘をいきなり働かせていた。

 セラスは自慢げに自分の顔を指差し、ドヤ顔をする。


「これだ。目の悪かった私でも、これがあれば敵をきちんと見ることができる」

「ほほぅ、目が悪くても、と? 少し見せていただいても?」

「どうぞ」


 エリンが差し出した手に、セラスは遠慮なく眼鏡を乗せる。

 それをセラスと同じように顔にかけた途端、彼はぐらりと身体を傾かせた。


「こ、これは……視界が歪む!」

「その歪みで目の悪さを矯正しているんだそうだ」

「なるほど、日頃歪んで見える視界を、わざと歪めることで正常に戻すという感じでしょうか」

「そんな感じですね。ちなみに素材は沼トカゲの粘液を固めたものを削り出しました」


 エリンは眼鏡をセラスに返し、感心したように息を漏らす。


「あの粘液に、このような使い道が……それに眼鏡という発想も素晴らしい」

「いや、これは僕の発想じゃなくて……」

「では誰が?」

「えっと、その……」


 眼鏡という発明を自分の功績にしてしまえるほど、俺の面の皮は厚くなかった。

 かといって、誰の発明家と言われれば、答える術を持たない。

 どうしたものかと視線を彷徨わせた結果、ふとミュトスと視線が合う。

 彼女は俺の思惑も知らず、『ん?』と、可愛らしく小首を傾げる。それを見て、俺は決断した。


「そう、ミュトスが!」

「うぇあ!?」


 俺は苦し紛れにミュトスに責任転嫁し、それを受けてミュトスは奇妙な声を上げていた。

 しかし彼女は創世神。眼鏡発明の責任くらい押し付けても、問題はあるまい。そういうことにしておこう。


「なるほど。魔法には多彩な知識が必要になると聞いたことがあります。その副産物というわけですか」

「ええっと、その、ええ、まぁ……」


 エリンに迫られ、否定もできないまま首肯するしかないミュトス。

 脂汗を流しながらもこちらに視線を向け、ギラッと殺意溢れる視線を向けてくる。

 その視線には明らかに『後で見てなさいよ』という怒りが見て取れた。


 しかし、これは悪い展開ではない。

 この世界では眼鏡がまだ開発されていないので、セラスのように視力で悩んでいる者も多いだろう。

 エリン経由で商業ギルドが眼鏡を取り扱うようになれば、そういった者たちにも行き渡り、視力という問題解決の一助になるかもしれない。

 俺一人が眼鏡を扱って助けられるのは俺の周囲の者だけだが、商業ギルドが扱うとなるとその範囲は非常に大きくなる。


「そうだ、エリンさん。眼鏡を商品として取り扱ってみませんか?」

「商業ギルドで、ですか?」

「ええ。眼鏡はレンズ……ここの部分ですけど、ここを調整しないと個人の視力に合った物は作れません。僕一人では対応できる数は限られています。そこで……」

「商業ギルドが取り扱うことで、そこの調整もギルドが受け負うと?」

「その方が多くの人に行き渡るでしょう?」

「確かに商業ギルド内にも目が悪い物は数名いますから、それは助かりますが……いいのですか。これはかなりの儲けを生み出しますよ?」

「構いません。エリンさん、ひいては商業ギルドには、サベージボアで大儲けさせていただきましたので」


 俺の言葉にエリンは感動したかのように、天を振り仰いだ。

 前もって俺に恩を売っておいたことを、神に感謝しているのかもしれない。

 もっともその神は、天ではなく目の前にいるのだから、ままならない。


「なるほど……ではこちらも誠意を見せないといけませんね。話を戻しますが、そちらのミュトスさんとセラスさんにも、護衛の報酬を出すように、上と掛けあってみます」

「いいんですか?」

「ミュトスさんは魔法、セラスさんは剣があるようなので、それほど問題にはならないでしょう。金額も正規の金額、一日五千ラピスでいかがでしょう?」


 エリンが提示してきた金額は、沼トカゲを討伐したのと同じ金額だった。

 さらに話を詰めた結果、道中なにも無ければ一日五千。途中で戦闘が起きれば、二千をプラス。さらに戦利品があった場合、護衛で山分けできるようになった。


「では、出発は明日からを予定していますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 にこやかにこちらに手を差し出すエリン。握手は商人にとって契約成立の証でもある。

 もちろん、後で書類をまとめることになるのだが、この時点で互いを信頼し、依頼が成立したとみなされるらしい。

 こうして俺たちはエリンとともに新たな街を目指すことになったのだった。

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