第36話 新たな依頼

 闇帝の脅威が去ったとは言え、俺はそれを他の人間に告げるわけにはいかなかった。

 なぜなら、それを告げた瞬間、『誰が闇帝を倒したのか?』という疑問が次に浮かぶからだ。

 そしてそれを問い詰められた時に、答える回答を俺は持っていない。


「黙っとくしか、無いよなぁ」

「そうですねぇ。こればっかりは私もどうにもできません」


 避難所への帰路、俺はミュトスとその後の対応について話しながら帰っていた。

 結局のところ、闇帝復活については、広場の大穴があるので説得力があるが、倒したというのは何の証拠もないため、黙っておこうということになった。


「死体も塵になっちまったし、黙ってても問題ないよな?」

「何も残らなかったわけではないですけどね」


 そう言って指先に黒い球体をつまみ出したミュトスを見て、俺は驚愕する。


「それ、どこから取り出した?」

「あらヤダ。シノーラさん、あなたに空間収納を下賜できる私が、自分で持ってないはずないじゃないですか?」

「そりゃそうだけど……じゃあ、それはなんなんだ?」


 ミュトスの指につままれた、直径五センチほどの黒い球体は、まるで空間に穴でも開いているかのような漆黒をしており、月の光すら吸い込んでいるかのように見えた。

 それだけでなく、妙に気持ちの悪くなる気配を放っていて、正直そばに居たくない。


「これですか? これは言うなれば、闇帝の魔石に当たりますね。いわば負の力の結晶体です」

「それって、放っとくとやばいやつなんじゃないか?」

「ええ。放っておくと次の闇帝の核になります。だからこうして回収しているわけですけど」


 事も無げに告げてくるミュトスだが、放っておくと闇帝になる核とか、正直言って怖くて仕方ない。

 いや、意外とあっさり撃退できたが、次も同じようにできるとは限らない以上、警戒はして起きたい。


「そんなモノ、ポイッてしちゃいなさい!」

「ダメですよ、私がこうして管理しているから復活しないんですから!」

「それ、どうにかできないのかよ?」

「とりあえず後でゴルドーのところに送って、しかるべき処置をしてもらいます。それまでは我慢してください」

「できるだけ、空間収納から出さないようにな?」

「もちろんです」


 とりあえず面倒な処理を押し付けられたゴルドー師匠の冥福を祈りつつ、俺たちは避難所に戻ってきた。

 まずはセラスと合流するべく、グラントの収容されたテントに向かう。


「ただいま。話は終わったよ」

「おかえり」


 待ちかねていたようにセラスが少し険のある声を返し、俺の元に駆け寄って鼻を鳴らして臭いを嗅いでくる。


「な、なんだよ!?」

「いや、何事も無かったようだ」

「なんの臭いを嗅いだんだ!?」

「それを女性の口から言わせる気か?」

「……………………」


 おそらくは『何らかの行為』の残滓を嗅ぎ取ろうとしたのだろうが、あいにく俺とミュトスの間にそんな感情が成立するはずもない。

 好意的に接してくれるとは言え、相手は世界を管理する神様である。一転生者の俺と、釣り合うはずも無かった。


「それで、何の話だったんだ?」

「いや、その……」


 闇帝討伐に関しては、如何にセラスやグラントと言えども口にできない。

 すでに討伐されたなどと言えない以上、ここはごまかすしかなかった。


「えっと、ミュトスも一緒に旅をすることになってな?」

「ム、一緒に来るつもりなのか? その軽装で?」

「大丈夫ですよ。私はその場でアイテムを作ることが……ああ、いえ。収納魔法にたくさん入ってますから」

「そうなのか? だったらその緩めの服は何とかした方がいい。服の隙間から虫とかヘビとか入ってくるぞ」

「ええっ、それはちょっと気持ち悪いですね……着替えてきます」


 ミュトスはそう言うと、そそくさとテントから出て行った。どこで着替えるつもりなのか分からないが、まぁ彼女なら心配することは無いだろう。

 それにちょっかいを出してくる人間がいたとしても、問題なくあしらえるはずだ。

 場合によったら、その人間を『なかったこと』にしてしまえるかもしれない。

 そんなことを考えると、身体にブルリと震えが走る。それを振り払うように、俺は頭を振ってごまかす。

 そこへグラントから、意外な言葉が発せられた。


「三人仲睦まじいところ申し訳ないが、エリンから連絡があったぞ」

「エリンさんから?」


 商業ギルドでお世話になった商人さんだ。サベージボアをかなりの値段出して買い取ってくれた恩もある。


「ああ。どうやらこの村は廃棄になると思われるから、近くの町までの商業ギルド員を避難させるらしい。それで護衛を探しているんだと」

「それで俺に? 実力とか分からないでしょうに」


 あの時の俺は、ゴルドーから修業を受ける前で、戦うことはできなかった。

 しかし今の俺なら、そこいらの山賊くらいなら追い払えるはずだ。

 そう言う面では、彼の目利きは正しいと言えるかもしれない。俺が当時のままだったら、過剰評価になるのだが。


「詳しい話は聞いてないけどな。俺もこんなざまじゃなかったら、受けてやりたいところだが……」

「かなり衰弱してるから、まだ移動は無理でしょ」

「まぁ、エリンの見立て通り、この村はいったん捨てることになるだろうな」

「なんというか……残念です」

「しかたないさ。闇帝の巣の真上だってんだから、誰が住みたいって思うよ?」

「そりゃそうだ」


 闇帝の件がなくとも、底が抜けるような地盤の場所に村を再建しようとは思わないだろう。


「もう遅いけど、まだ待っててくれてるかな?」

「むしろ遅いから大丈夫だろ。この森の中じゃ、どこへも行けねぇ」

「そっか。じゃあちょっと行ってくる」

「ああ」

「あ、私も同席していいですか?」


 そこへ、ひょっこりと戻ってきたミュトスが割り込んできた。

 彼女が仕事の依頼に同行してどうするのか? と一瞬首を傾げそうになったが、彼女の思惑は俺の想像を超えている。

 なにせ創造神。思うところはいろいろあるのだろう。


「わかった。じゃあ、ミュトスは一緒に――」

「わ、私も行くぞ!」

「え、セラスも?」

「私もシノーラの相棒なんだから、同行する権利はあるはずだ」

「あら、いつ相棒になったんでしょう?」

「なっ!?」


 慌てて参加を表明したセラスに、ジトッとしたミュトスの視線が飛ぶ。

 ミュトスは基本的に穏和な性格なのに、セラスに対してだけは妙にキツい印象がある。


「二人とも、仲良くしてね?」

「もちろんです! 私たち、仲良しですよ?」

「そ、そうだな。うん、仲は良いぞ」


 慌てて肩を組む二人を見て、俺は深々と溜め息を吐いたのだった。

 ちなみにグラントは爆笑していた。

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