第35話 神の来訪

 村長代理の男に事情を話し、再び救護施設に戻ってきたグラントに、俺は事情を聞いてみた。

 ベッドが用意できず、藁束に毛布をかぶせた簡易ベッドに横になったグラントは、朗らかに答える。


「ああ、村の真ん中に大穴が開いちまったからよ。救助活動に向かったんだ。まさか自分がぶっ倒れちまうとは情けねぇ」

「そう、なんだ。よかった」

「運悪くアデリーンも巻き込まれていてな。偶然見つけて保護したんだが、急に力が抜けちまってよぅ」

「しかたないですよ、闇帝復活の余波を受けていたんですから」


 彼が無事という話を聞けただけでも、戻ってきた価値はあった。

 グラントもアデリーンも無事みたいだし、あとはこっそり闇帝を倒せば、万事丸く収まる。

 そのためには、セラスをどうにかして俺から離さねばならない。

 そんな思案をしていると、背後から明るい声が俺の名を呼んできた。


「篠――シノーラさん!」

「え?」


 振り返ると、救護施設の入り口に、何とミュトスの姿があった。


「ええ? なん、で?」

「来ちゃいました。えへ」

「来ちゃいましたって、来ていいの!?」

「いいんです!」


 エヘンと胸を張るミュトスだが、仮にも創世神として崇められる彼女が、人前に姿を現していい物だろうか?

 ミュトスは疑問に思った俺のそばに近付き、こっそりとささやいてくる。


「いくつかお話がありますので、余人を交えぬ場所に行きませんか?」

「あ、ああ」


 それなら雲の空間に呼び出せばいいのにと思わなくも無いが、その辺は彼女にも思惑があるのだろう。


「すまない、グラントさん。少し彼女と話があるんだ」

「ああ、行って来い行って来い。彼女が迎えに来たんなら、俺らなんてほっとけ」

「か、彼女とかじゃないですよ!」

「えへへ、そう見えちゃいますかぁ」


 頬に両手を当て、身をくねらせるミュトスと対照的に、セラスの視線が鋭くなっている。眼鏡をかけてるのに。

 なんだかこのままでいるのは非常にマズい気がする。

 だんだんと冷え込んでいく空気の冷たさを感じ取り、俺はこの場からの退散を心に決めた。


「それじゃ、私も――」

「ごめんなさい、彼と内密な話があるので、今回はご配慮してもらえませんか?」

「うっ、な、内密ってなんだ?」

「それを話せないから内密なのです」


 なぜだろう、ミュトスとセラスの間に火花が見える。

 そして互いの背中に龍とハムスターの背景も見えた気がした。

 まぁ、ミュトスとセラスでは格が違い過ぎるから、しかたない。

 俺はミュトスの背中を押して、救護施設から出る。そんな俺を追ってこない辺り、セラスも空気を読んでくれている。

 そのまま人目の無くなった村の中に彼女を案内し、話を聞くことにした。


「ここなら人目も無いだろ。それで、何の用があって来たんだ?」

「こんな人目の無い場所に連れ込むだなんて、私何をされちゃうのでしょう?」

「あんたが連れていけって言ったんだろうが!?」


 頬を染めるミュトスに、思わず俺は怒鳴り付けてしまった。

 まぁ、彼女もあの空間で散々俺と一緒にいたので、気心が知れている。


「ゴホン。それよりここに来た目的ですが、いくつかお知らせがありまして」

「お知らせ? それより、人前に姿を晒しても大丈夫なの?」

「そこは問題ありません。私の姿はもっと大人として伝わってますから、普通の絶世の美少女にしか見えないはずです」

「自分で言う!? あと絶世の美少女は普通じゃないからね」


 まぁ、実際の姿と違うものが伝わっているというのは、よくあることだ。

 地球でも一部の宗教では、神の姿は伝わっていない。

 偶像崇拝を禁止している宗教なら、特にその傾向が強い。

 そんなことを考えていると、ミュトスがぺこりと俺にお辞儀をした。


「それよりも……まずは闇帝討伐、ありがとうございました」

「ああ、いや。ん? ありがとう?」

「ええ。あなたが昼に倒した吸血鬼。あれが闇帝です」

「ほわぃ?」


 ミュトスから告げられた事実に、俺は変な言葉が漏れた。


「いや、それほど強い相手じゃなかったのに?」

「それは違います。この周辺の破壊痕を見て分かる通り、闇帝は確かに脅威となる力を持っていました」


 ミュトスが腕を振って周囲を指し示す。その先には吸血鬼の放った光弾で粉々になった建物や抉られた森が広がっている。


「篠浦さん、あなたは我々の訓練の結果、人の枠を超えた力を手にし始めています。その結果、闇帝すら圧勝できるほどに成長していたんです」

「まさか……マジで?」

「マジです。普通の人は光弾を斬り捨てるとかできませんからね?」

「そうだったのか」


 自分の手を愕然とした気分で見つめる。災害とまで呼ばれた相手を、まるで相手にすることなく斬り捨ててみせた手だ。

 そう考えると、自分という存在が恐ろしくなってきた。

 街中で核爆弾の発射スイッチを持っていると、こんな気分になるかもしれない。


「これ、返還とかできるの?」

「以前も言いましたが、取得したスキルの着脱は許可されていません。剣についても……プライド面から返還して欲しくはないですね」

「プレゼントを突っ返されたような気分になるのかな?」

「まぁ、そんなところです」


 そうすると彼女は口元で指を一本立ててみせる。


「なので、妥協案として私があなたの監視のために、ここに来たってわけです。もちろんナイショですよ?」

「転生者の管理とか、しなくていいの?」

「それはゴルドーに押し付け……いえ、親思いの彼が自ら引き受けてくれました」

「……ああ、そう」


 強引に押し付けられて涙目になっているゴルドーの姿が、透けて見えるようだ。


「ただ、問題になってはいけないので、神としての力はほとんど封じた状態になってます」

「え、じゃあトレーニングも?」

「いえ、それはそのまま。私の意志であなたを送ることができますね」

「そうなんだ?」

「あちらでは元通りの力が振るえますので、そこはご安心ください」

「良かった、じゃあこれからも世話になるよ」

「ええ、お世話させていただきます」


 にっこりと花が咲くように微笑むミュトス。

 その笑顔は夜空の三つの月とあいまって、可憐な美しさを醸し出していた。


「ところで、先ほどのセラスさんとは非常に仲がよろしいようですが、その辺りをお聞きしても?」

「へ?」

「常にそばにいらっしゃるようですし、視線にただならぬ気配を感じまして。いえ、私としても篠浦さんの交友関係に口を出すつもりはないのですけど」

「なんでそこで強調するの!?」

「不純な行為に至らぬよう、これからもしっかり目を光らせないといけませんね」

「せめてプライベートは確保したい!」


 どうやら先ほど咲いた花は、毒の花だったらしい。

 この世界の始まりから存在するはずなのに、セラスと並んで妹がもう一人増えたような気分だ。


「ハァ……まぁいいや。これからもよろしく頼むよ、ミュトス」

「不束者ですが、よろしくお願いします。シノーラさん」


 まるで三つ指でも付いて口にしそうな挨拶。

 俺はこの先もこの世界で生きていくのだから、彼女もずっとついてくるつもりなのだろう。

 それはそれで、騒々しくも賑やかな、とても楽しい毎日になるはずだ。

 そんな日常を想像し、俺は口元が緩むのを止められなかった。

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