第34話 後始末に奔走する者たち

  ◇◆◇◆◇



 ここではない場所、ここではない時、ここではない空間。

 果てなく続く雲の大地の中空に映像を浮かべ、その結末を見届ける者たちがいた。

 両断され、磨り潰され、次元の狭間へと消えていく闇帝。

 その予想通り、かつ予想外の結末を見て、二人……いや、二柱は言葉を無くしていた。


「勝っちゃいました……」

「勝ちましたねぇ……圧勝で」


 ポツリと言葉を漏らしたのは、金髪の少女ミュトスの方が先だった。

 その声に応えるように、ヒゲ面の巨漢のゴルドーも正気を取り戻す。


「ゴルドー! あなたなんて技を伝授してるんですか! あれ、神に昇格した後で修得した技でしょう!?」

「母上こそ、なんて剣を渡したんですか! 無限に再生するはずの闇帝の傷を浄化してしまうなんて聞いてないですよ? しかもあの剣、破壊不能が付与されてるじゃないですか!」

「神様なんだから生半可な剣は贈れませんよ! ちょっと浄化能力がついてて壊れないくらい、いいじゃないですか!」

「それが我の剣技と重なると危険だと、なぜわからなかったのですかァ!?」


 そこには、世間的には美しく、慈悲深く、無限の愛を民に施す創世の女神という体裁は欠片も無かった。

 また、強く、猛々しく、厳格にして冷静沈着という武神の姿も存在しない。

 与えてしまった技術と力、そして神剣の相性が良すぎた結果、今のシノーラには神すら斬り裂ける力がある。


「あれはさすがに……ヤバいですよ?」

「どうにかして回収するしか、ありますまい」

「それはちょっと。仮にも神が授けた武器を取り上げるなんて、沽券にかかわります」

「では剣技の方を?」

「スキルの着脱を行ってはならないというのは、神の世界の不文律です。そちらもちょっと」


 破ってはいけないと言うわけではない。

 しかし、なまじ力のある存在だけに、一定の規律は必要となる。

 それらの制限がなく自由奔放に神が動き回った結果がどうなるか、地球の各地に存在する神話を見ればいいだろう。

 理不尽な神に翻弄される人の姿が、どの地域にも残されている。


「もういっそ、こちら側に取り込んでみては?」

「取り込む、ですか?」

「はい。母上もシノーラのことは気に入っている様子ですし、創世神の夫として神格を与えれば神として迎え入れることも可能でしょう」

「おおおお夫ですか!?」

「母上もいい歳……ゴホン、長く一人身が続いておりますし、ここらで妥協すれば少しは落ち着いて……ゲフンゲフン、心安らぐことかと」

「い、いろいろ言いたいことはありますが、それにはやはり彼の答えを聞く必要がありますし、そもそも私と彼はそんな関係じゃ!」

「なにを恥じらう乙女のようなことを言っているのです、このままではいつまで経ってもボッチですよ?」

「ぼ、ボッチちゃうし!?」


 言い合うミュトスたちの声には、困った感情はあっても深刻さはあまり感じない。

 不文律はあっても、世界の危機に際してなら、いくらでも破る口実にはなる。

 いざとなればどうとでもなるという油断が、ミュトスたちにはあった。


「ドSなあなたに責められて、なお好意を抱いてくれる人間なんて、二度と存在しませんよ? ボッチ脱却のチャンスです」

「ゴルドー。あなた、言っていいことと悪いことがありますよ?」


 ここにきて、初めてミュトスは真剣な怒りを面に出した。

 その威圧感に、思わずゴルドーの言葉が止まる。


「いいですか? 何度も言いますが、私はボッチじゃないんです。仕事熱心なだけなんです」

「そっちですか!?」


 威厳も何もかもをかなぐり捨てて、ゴルドーはミュトスにツッコミを入れる。

 この母は、どうしてこうも残念な性格をしているのだろうか。

 見かけは良いので、数柱の神から求婚されたこともあるらしいのだが、彼女の性癖を知ると皆足を遠ざけてしまう。

 そういう意味では、篠浦高遠という男は、神すらも超えた忍耐心を持っていると言えた。

 もっともその忍耐心は、現代日本ではあまり役立てる機会のない才能だ。


「まぁ、それはそれでいいんですけどね。奴は覚えもいいし熱意もある。異世界という新たな世界の技法に夢中になっているとも言えるが、熱心なのはいいことだ」

「マンネリ化しないように工夫する必要がありますねぇ」

「……………………」


 次の特訓はどうしようかと思案し始めたミュトスから、ゴルドーは冷や汗を流しつつ、一歩距離を取った。


「それよりシノーラのことです。どうしたものか……」

「そうですね、このままで放置はできませんし、何らかの手を打つ必要はありますね」


 ミュトスとゴルドーは腕を組んで考えこむ。


「出向くしかないですかね?」

「母上自ら?」

「元はと言えば、私の責任ですし。それに監視の目的もあります。それと無駄に誘惑する危険人物も……あ、いえ、何でも」

「ああ、そういう。まぁ、いいんじゃないですかね」


 古来より、神が人に化けて干渉するという伝説は多い。

 神の力そのままに干渉してしまうなら、それは不文律に触れてしまうが、神の力を封印して接触するのなら何の問題も無い。


「ふふ、篠浦さん、驚くでしょうね!」

「そりゃ驚くでしょう。ついでに胃に穴が開くかもしれませんが」

「その時は訓練送りにしてしまいましょう。それでは、私は準備してまいります。転生者の処理はゴルドーに任せます」

「ハァ!?」


 唐突に仕事を押し付けられたゴルドーは、驚愕に硬直する。

 剣の神、そして戦の神として名を馳せた彼としては、非常に珍しいことだ。


「ちょ、母上!?」

「うふふ、忙しくなるわねー」


 まるで跳ねるような足取りでゴルドーから離れ、姿を消すミュトス。

 消えた彼女の方に手を伸ばしながら、ゴルドーは途方に暮れたように雲に膝を着くのだった。



  ◇◆◇◆◇



 俺が倒れていた人たちを回収し終えた頃になると、気絶していた元たちも順次回復していった。

 すでに日はとっぷりと暮れ、夜空には三つの月が浮かんでいる。

 倒れた人は村の外に設営された、緊急救護施設に運び込まれ、ひとまず安静を保っている。

 救護施設と言っても、テントを雑に建てただけのような物なので、衛生的とは言い難い。

 それでも、マナを吸い上げられ、衰弱した身体を温めるくらいの役には立っていた。


「う……」

「あ、グラントさん、目が覚めました?」


 夜になり、闇の中の作業は危険ということで、俺はその救護施設の世話になっていた。

 多くの人を運び出した俺は、ここで仮眠をとる許可を与えられている。

 それはセラスも同様であり、俺たちはグラントとアデリーンの看護に付いていた。


「シノーラ?」

「ええ。ちょうど村に戻ってきたら、大変なことになってましたね」

「なんで、戻ってきたんだ?」

「少し大事なことを思い出しまして。それをグラントさんに知らせようとしたら、こんな有様でした」

「そうか、また世話になっちまったみたいだな」


 身体を起こそうとするグラントを、俺は片手で制して寝かしつける。

 身体の重心を押さえつける技術は、ゴルドーに散々叩き込まれた技の一つだ。

 なすすべもなく押さえ込まれたグラントは、自分の体調がそれほど悪いと勘違いしたのか、大人しく俺に従った。


「まだ調子が悪いんだから、寝ていないと」

「すまんな。それで伝えたい事ってなんだ?」


 俺はグラントに、闇帝の話をすると、次第に顔を引きつらせていった。


「これは俺の故郷の話なんで、確証はないんだ。でも先の地震と言い、この状況と言い、無関係とは思えない」

「大変なことになったな。わかった、俺が村長に伝えに行く」

「でも立てないだろ。無理しちゃダメだ」

「ここで無理しないと、被害が広がるだろ」


 今度は俺を押し退け、グラントは立ち上がった。

 俺もそれを妨げようとはしない。だが倒れた時にいつでも支えられるように、横で待機しておく。

 そうして村長がいるという場所にやってくると、すでに村長は村を捨てた後だった。


「……は?」

「ですから、村長は隣町に『直接』救援を求めに行きました」


 留守を預かっていた使用人は、直接という部分を強調して口にした。

 彼もおそらく、村長の逃亡をよく思っていないのだろう。

 しかし、それならそれで話が早い。代理となった彼に話を通せば、対処してもらえるだろう。

 それに俺は、グラントとアデリーンさえ無事なら、別に他の人はどうでもいいのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る