第32話 災害と救助活動

 俺はセラスと連れ立って、カリエンテ村の手前まで駆け戻ってきた。

 そこはすでに混乱の坩堝るつぼと化していて、村から逃げ出す人たちで大混乱になっていた。

 俺は逃げ出す人の一人をひっ捕まえて、村の様子を聞き出すことにした。


「待ってください、村で一体何があったんですか?」

「放せよ、逃げないと――」

「だから、なにがあったというんです!」


 混乱する男の手を、少し力を入れて握りしめる。

 ミュトスのところで鍛え抜き、剛力スキルを得た俺の握力なら、この男の腕を握り潰すことも可能だ。


「ぎゃっ!? 分かった、分かったから放してくれ! しゃべるから!」

「逃げませんか?」

「逃げねぇって! 後ろの嬢ちゃんがすげー目でこっち見てるし」


 俺が後ろを振り返ると、セラスは眼鏡をかけているというのに、剣呑な視線を男に向けていた。

 その手は腰の剣の柄にかけられており、いつでも抜ける態勢を取っている。


「セラス、落ち着いて。俺が言うことじゃないかもしれないけど」

「む、すまない。少し苛立ってしまったようだ」

「ハァ……とにかく、あんたらも早く逃げた方がいいぞ」

「それで何が起こったんです?」


 再度俺が質問すると、男は今度はしっかりと答えてくれた。


「さっきの地震で中央広場の地面が抜けちまったんだ。広場全体が底の見えねぇ大穴になって、えらい騒ぎが起きている。他の場所も、いつ底が抜けるか分からねぇから、村は大混乱だよ」

「広場が大穴って……」


 カリエンテ村の中央広場は、森を切り拓いた村にしてはかなりの大きさがあった。

 そこ全体が大穴となると、それはもう、かなりの大きさになる。

 そして広場だけに人の往来も激しい。その場にいた人たちの安否も、分かっていないらしい。


「あそこは結構な数の屋台が並んでたからな。被害は目を覆わんばかりだろうぜ」

「助けに行かないと……ありがとうございました」


 礼を言うと、男は一目散に村から逃げ出していった。

 おそらくそこにグラントも向っているはずだ。

 あの人の良い男は困っている人を見ると、手を差し伸べずにはいられない。

 地震の時ですら救助に向かおうとしたくらいなのだから、まず間違いなく現場に駆け付けているだろう。


「グラントは多分そこだろうね」

「ああ、彼なら間違いなく向かっているだろうな」


 俺とセラスは互いに確認し合ってから、村の中へと足を踏み入れていく。

 すると目の前に、今まで以上の人の波が押し寄せてきた。


「な、なんだ?」

「おい、みんな逃げろ! なんだか分からんが、人が倒れていくぞ」

「穴に近付くな、ヤバいガスが発生してるかもしれん!」


 人が倒れていくと聞いて、俺は闇帝の復活を確信した。

 奴は周囲の魔力を吸い上げ、周辺の人を衰弱状態にしてしまう。

 この衰弱で命を落とすことはないらしいが、吸われ続ける状況で助ける者がいなければ、やがては空腹などで死に至ってしまうだろう。


「セラス、僕は多分大丈夫だから、君は倒れた人を外に運び出してくれ」

「無茶だ! 私も一緒に――」

「僕は耐性があるから、平気なんだよ。でもセラスにはないだろう? 君を助けないといけない時間で、他の人が死ぬかもしれないんだ」

「クッ……分かった。でも無茶はするなよ」

「ああ。目的はグラントさんだからね。危ないことはしないよ」


 そう答えはしたが、この約束は守れないだろう。俺はミュトスに、闇帝討伐を依頼されているのだから。

 人の流れに逆行し、村の中心部に向かっていく。

 その途中で、セラスが少し息を荒げているのが見て取れた。


「セラス、厳しい?」

「いや、まだまだ――ううん、少し厳しい。なんだか身体がだるくなってきた」


 虚勢を張ろうとしたセラスだったが、彼女を助ける手間で被害が広がるという言葉を思い出したのか、不調を素直に口にした。

 彼女が足を運べるのはこの辺りまでと判断する。


「セラスはここで少し休んでて。俺がここまで倒れた人を運んでくるから、セラスはその人たちを村の外まで運んでくれ。なんだったら、そこらの荷車を拝借してもいいから」


 本来窃盗を勧めるようなことを口にするのははばかられたが、この非常事態ならば許してもらえるだろう。

 持久力のスキルがある俺と違って、彼女は普通の人間なのだから。


「わかった。でもシノーラは本当に大丈夫なんだな?」

「耐性があるって言ったでしょ」


 セラスをその場において、俺はさらに中心へと走っていく。

 昨日はあれだけ人通りがあった村の様子が一変していた。

 通りを行く人の姿はなく、道端のあちこちで人が倒れている。

 俺はその人たちを二、三人まとめて担ぎ上げ、セラスの元へ駆け戻った。

 こんな真似ができるのも、剛力スキルのおかげだろう。


「セラス! この人たちを運んで!」

「うわっ、もう戻ったのか!?」

「まだ辛い? なら、こっちの荷車に乗せておくから、後で運んであげてね」


 俺は道端に放置されていた荷車に救助者を乗せ、再び村の中心へと目指す。

 それを二度繰り返したところで、セラスの姿が消えていた。

 地面の土に、救助者を運び出してくると書き残してあったので、村の外へ向かったのだろう。

 俺は救助者を地面に寝かせ、別の荷車を見付けてくる。その間もグラントを探していたが、彼の姿は見当たらなかった。


「さすがにまずいと考えて、村の外に向かったんならいいんだけど」


 一瞬そう考えたが、彼の性格を考えるとあまりにも可能性が低い。

 その後も何度も往復を繰り返し、大穴の周囲の救助者を運び出していく。

 救助者の中にグラントの姿は、やはり見当たらなかった。


「いない、か。しかしこの状況だと彼に会う意味はあまりないんだけど、無事だけは確認しておきたい」


 大穴と言っても、完全な円形というわけではなかった。

 穴の周囲には亀裂が走り、広場を越えて建物などに被害を及ぼしていた。

 その亀裂の向こうに、二人の人影が見えた。

 今もまだ舞い上がる土埃で、視界はあまり良くない。それでもその人影がグラントであることは分かる。

 遠目でも分かるほどに、彼のシルエットは特徴的だ。

 その彼は地面に突っ伏すように倒れており、生死が判別できない。


「グラントさん!」


 俺は亀裂越しに大声で呼びかけてみるが、グラントはピクリとも反応しなかった。

 代わりに、彼の下から白い手が這い出し、カリカリと地面を掻いている。


「誰か、下にいるのか!?」


 俺は彼の下に駆け寄るべく、亀裂に向かって駆け出す。

 しかしその俺の前方で、亀裂から何者かが這い出してきた。

 不健康そうな青白い肌。無表情な、しかし異様に整った容貌。一切の衣服をまとっていないのは、崩落の衝撃によるものか?


「っと、君は無事か? すまないが、向こうの人に用があるんだ。自力で退避できるなら、そうしてくれ!」


 俺は男にそう声をかけたが、彼は一切の反応を返さなかった。

 しかし俺としては、見知らぬ青年よりグラントの方が大事だ。

 その焦りが、青年の異常さに気付かせるのを遅らせていた。


 彼を無視して亀裂を飛び越えようと走り出したところ、突然彼が俺に向けて拳を振るってきた。

 不意を突かれはしたが、その攻撃は剣神ゴルドーよりも遥かに遅い。

 俺は余裕を持って彼から飛び退り、距離を取る。


「何のつもりか知らないけど、そこを通してくれないかな?」


 彼が敵意を持ってこちらに拳を振るってきたことは理解できた。だが今はそれどころではない。

 早くグラントの安否を確認せねば、俺も落ち着かない。

 そこで、初めて目の前の男が言葉を発した。


「グ――貴様……」


 土埃で喉をやられたのか、しゃがれた声が漏れる。

 一瞬、彼が闇帝その人ではないかと考えたが、それにしては先ほどの攻撃は鈍過ぎた。

 そんな俺の困惑を無視して、男は言葉を続ける。


「何者ダ、貴様!? ドコデソレホドノ力ヲ手ニ入レタ!?」


 先ほどの回避のことだろうか? しかしあれは、動体視力のスキルがあって初めて可能になる類のもので、大した動きではない。

 それよりグラントの方が心配だ。彼に庇われていた手の持ち主も、今では一切動きを止め、だらりと地面に腕を投げ出していた。

 ことは一刻を争うのかもしれない。


「ねぇ? そこ、通してくれないかな?」


 一刻を争うというのに、目の前の男がどういう考えなのか、邪魔をしてくる。

 それに一抹の苛立ちを覚え、俺はことさら丁寧に語り掛ける。ともすれば、怒鳴り付け、殴り飛ばしてでも押し通りたくなってしまうから。


「グ、オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 しかし男にはそんな配慮が通用しなかったのか、ことさら威嚇の声を張り上げた。

 このままだと、またミュトスの訓練が待ち受けているかもしれない。交渉術とか、その類の。

 この場面でまたあの空間に戻るとか、気まずくて仕方ない。だからこそ俺は、噛んで含めるように彼に語り掛ける。


「あまり俺を困らせないでくれるかな? さもないと……」

「グ……?」

「泣くよ? 俺が」

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