第31話 現世への帰還と村への帰還
それから何度もドレイン耐性の訓練を行い、剣術のスキルの鍛錬を行った。
それぞれで何度も死を経験し、ようやく双方から合格を得ることができた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「言うまでも無いと思うが、貴様の実力は人の範疇を隔絶しつつある。しかし実戦の経験が無いのもまた事実だ。ゆめゆめ油断することのないように」
「分かってるよ、ゴルドー」
誠実であり、生真面目なゴルドーらしい別れの言葉。それが彼に、本当に世話になったことを実感させる。
「篠浦さんには本当にご迷惑をおかけしますが、闇帝の件、よろしくお願いします」
「ミュトスにも、世話になったね」
「ええ。いい思いをさせていただきました」
こちらはどこか艶々した肌で、ミュトスが告げてくる。
しかし、その肌の張りとは異なり、表情は晴れない。
「闇帝は強敵です。なので敵わないと思ったら、遠慮なく逃げていただいて構いませんから」
「でもそれをやると、被害が広がっちゃうんでしょ?」
「それは……まぁ」
「その被害にグラントやアデリーンが含まれているなら、俺は逃げないよ。多分だけど」
「人が好過ぎますよ、篠浦さん」
そう言うと彼女は俺に歩み寄り、頬に軽く口付けた。
今まで胸に散々されてきたのであまり興奮はしなかったが、顔ということもあって少し驚く。そう言えばこれも二度目だったか?
生物知識を得た時にも、経験した感触だった。
「女神の祝福、かな?」
「はい。それとあなたのインベントリーに武器を贈っておきました。過干渉になってはいけないのであまり大した物じゃありませんが、使ってください」
「ありがとう、ありがたくいただくよ」
「それでは……」
ミュトスの言葉と共に、例によって視界が暗転していく。
そして再び目を覚ました時、俺の目の前には怪訝な顔をしたセラスがいたのだった。
「どうかしたのか、シノーラ」
セラスから見ると、俺は突然立ち止まり、その場に立ち尽くしていたことになる。
彼女は先日、俺が急に倒れた場面も見ているので、心配になったのだろう。
「あ? ああ、いや、なんでもないよ」
「そうか? まだ体調が悪いなら、もう少し休憩してもいいんだぞ?」
「それに関しては大丈夫だよ」
ミュトスたちとの特訓で、俺のスタミナも大幅に上昇している。
あの空間で得たスキルは、主目的であった四つと他多数。ドレイン耐性に魔法知識、魔力制御、剣術各種。
その他にも威圧耐性と持久力と剛力、あとなぜか性豪なんて言うのも取得していた。
これはサキュバスベースのドレインを受け続けた結果だろう。
「それより、悪いけど一度カリエンテ村に戻ろうと思うんだ」
「え、なぜ?」
「あの村に危険が迫ってる……かもしれないって、思い出した」
「ええ!?」
これもセラスにしてみれば、寝耳に水の情報になるはずなので、驚くのも無理はない。
言葉尻をわずかに濁し、確定情報としなかったのは、ミュトスとの関係を知られたくないからである。
まさか神様に直接訓練してもらっているとは、さすがに思わないだろう。
仮に口にしていた場合、頭の方を疑われかねない。
「な、なんで? どんな危機が?」
「それは戻りながら話すよ」
昨夜の地震が闇帝復活の兆しだとすれば、残された時間はあまり多くない。
できれば村の住民を避難させて、その上で対決したいところだ。
しかし村の人間が、流れ者の俺の言葉を信じてくれるとは思えない。
そうなるとやはり、グラントの協力が必要になってくるだろう。彼の村での信頼は、短い時間だったがよく目にしていた。
足早に来た道を戻りながら、セラスに闇帝の昔話を語る。そして昨夜の地震が、その兆しではないかと伝えておいた。
それを聞いたセラスは、驚きの表情を隠せない。
「闇帝……確か二百年前に世界に大災害を起こした、ヴァンパイアロードの名前だったか」
「ヴァンパイアロード……だったんだ?」
「知らなかったのか?」
考えてみれば、ミュトスたちは闇帝を負の力の結晶とだけ口にしていた。
生物知識のスキルによると、ヴァンパイアロードも、負の力を凝縮したような存在なので、間違いではないのだろう。
「いや、闇帝って名前だけ知ってた」
「アンバランスな知識を持っているんだな」
「なにせ辺境の田舎出身だからね。情報も偏ってて」
「そのおかげで貴重な情報も残されていたのだから、田舎具合に感謝しないとな」
セラスは気楽にそんなことを言ってくるが、よく考えてみれば彼女を連れて戻るのは危険じゃないか。
できるならカリエンテ村から距離を置いてもらった方が安全であり、俺も安心できる。
「なぁ、セラス。よく考えてみれば、お前までついてくる必要はないんだぞ?」
「なにを言う。シノーラだけを行かせられないだろう? それに眼鏡を得た私は、きちんと戦力になれる」
「そんなこと言っても、相手は闇帝なんだぞ?」
剣一本でどうにかなる相手ではない。セラスは基本、村娘が剣術の才能を持って生まれてきただけの存在だ。
俺のように転生者でもなければ、特殊な訓練を受けたわけでもない。
闇帝のそばに近付けば、それだけで彼女はマナを吸われ、衰弱してしまう。
「俺はさ。生まれつき頑丈だったり耐性が高かったりするから、近付くことはできるんだ。だけどセラスはそうじゃない」
「別に闇帝と戦うわけじゃないのだから、近付く必要はないじゃないか」
「ああ、そりゃ……」
言われてみれば、セラスには俺が闇帝と戦うことを教えていない。
今こうして駆け戻っているのは、危機を伝えるためだと告げていた。
だから彼女は、戦いに巻き込まれる危機感を持っていなかった。
「でも巻き込まれる可能性はあるんだ。俺は君を妹みたいに思ってるから、できるなら安全なところにいて欲しい」
「その気持ちはありがたいけど、避難誘導なら人手は多い方がいいだろう?」
「ああ、もう」
ミュトスとの関係上、口にできないことが多すぎる。
そしてそれを告げられない以上、セラスの言うことの方が正論だ。
だから強硬に彼女を追い払うことができないでいた。
「だから――」
そこまで口にした時、唐突にズズンと地面が揺れた。
昨晩と同じような地震。村から逃げ出す商人たちの馬車馬も、この揺れに驚き、棹立ちになっていた。
それを慌ててなだめ、落ち着かせようとする御者たち。
いくつかの馬車は道から外れたり留め具が壊れたりして、立ち往生していた。
「こりゃ、急がないと……」
「シノーラ、あれ!」
周囲の状況に焦燥感を覚えた俺に、セラスが行く手を指差す。
その先にあるのは、もちろんカリエンテ村。
そしてその大きな外壁の向こうから、もうもうと土煙が立ち上がっていた。
「まさか、もう復活したのか!?」
「わからない。でも、あの土煙の量は尋常じゃない。ひょっとしたら、建物が倒壊した可能性もあるかも」
「急いで行かないと!」
昨夜の地震とさっきの地震。
二度に渡る揺れで、建物が限界にきている可能性も、確かにあった。
ならセラスの言う通り、救助の手が必要になるはずだ。
住民には、ことが落ち着くまで村から退避してもらった方が、安全だろう。
この辺りを口実に、村人を退去させることもできるかもしれない。
「しかたない。セラス、急ぐよ!」
「うん!」
俺に気合の入った声を返し、二人して村へ向かって駆け出したのだった。
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