第30話 神々との特訓

 剣を持って対峙したゴルドーは、さすが剣神を名乗るだけはある威圧感を放っていた。

 戦いとは無縁の生活を送ってきた俺は、その威圧感にあっさりと呑まれ、身動きが取れなくなってしまう。


「ふむ、素質はあるが場数が足りぬか。この程度で呑まれてしまうとはな」

「くっ――」


 そもそもこの世界に来てまだ三日、実戦も沼トカゲとサベージボアの二度しか経験していない。

 素人同然の俺が剣神を名乗るゴルドーを前に、腰を抜かさなかっただけでも褒めて欲しいくらいだ。


「舐め――げぅ!?」


 カクカクと揺れる膝を叱咤し、反骨心だけで斬り掛かろうと剣の切っ先を揺らした瞬間、俺の身体は縦に両断されていた。

 そして次に目が覚めた時、俺の身体は元通りに戻っていた。

 服まで戻っているのが、この空間の凄いところだ。


「お、目が覚めたか。さすがに我らよりは再生速度が遅いか」

「やっぱり違いはあるんだ?」

「そりゃあな。母上には劣るが、我も神格を持つ身。人には負けていられん」

「だったら少しは手加減してくれよ」


 初心者を一刀両断とか、過酷過ぎるだろ。普通ならトラウマになるところだぞ。

 ここだと精神まで癒されるし、俺が素人過ぎて斬られた瞬間すら把握できなかったから、心の傷は浅かったが。


「そうはいかん。母上から貴様の訓練を任されたからには、生半可な強さで満足されては困る。それに事情も聞いたぞ?」

「え、いつ?」

「貴様が死んでいる間に、だ。闇帝の奴を倒すのだってな?」

「ああ、そういう流れになった」

「ならば、この程度で音を上げられては困る」

「わかってるさ、そんなこと!」


 ここで訓練を終えねば、グラントやアデリーンたちが闇帝に喰われてしまう。

 いや、訓練を終えるだけではだめだ、闇帝を確実に仕留めることができるくらい、強くならないと。

 ならばここは覚悟を決めるべき場面だ。いや、異世界に来てからは頻繁に決め捲ってる気がするが、この際棚に上げておこう。


「見てろよ、今にあんたを斬り捨ててやるからな」

「ほほぅ、いい度胸だ。なら口だけでないところを見せてみよ」


 言うが早いか、俺は立ち上がり、ゴルドーに斬り掛かる。

 今度は一瞬で切り捨てるような真似をせず、ゴルドーもこちらの斬撃に付き合ってくれた。

 これは俺の腕が上がったとかそういうわけではなく、最初の即死は互いの実力差を思い知らせるための物だったと理解できる。

 だからこそ、この打ち合いは大きな意味を持つ。

 受け止められるのは、俺の攻め方が悪いからだ。ならば工夫せねばならない。


 腕の動き、足の運び、視線の置き方。あらゆる情報を使って相手の虚を突く。

 こうして考えながら剣を振ることが、普通に素振りするよりも何倍も効果の高い修行となる。

 何度も、何回も撃ち込み、失敗して斬られ、そして死んでは甦る。


 これも考えようによっては、貴重な経験だ。

 普通の人間ならば、死は一度しか経験できない。しかしここなら、何度でも死ねる。

 身をもって自らの未熟を体験し、致命的なミスを炙り出せる。

 そのありがたさを感じながら、俺はひたすら剣を振っていた。




 どれくらい、そうして剣を振っていたのだろう。

 考えながら剣を振るという行為は、普通よりも遥かに体力を消耗させ、おそらくマラソンなどよりは遥かに早く体力が尽きてしまっていた。

 そして尽きた体力は、数分もすれば回復する。


 時間の経過が分からないこの空間で、おそらく何年も打ち合い、その最中にそれまでと違うぺチンという手応えが返ってきた。

 見ると俺の持つ剣がゴルドーの首筋に当たっている。

 ゴルドーは驚いたような顔で、俺を見ていた。


「驚いたな。人というのは本当に……」

「あ、あれ? 俺、今一本取れた?」

「ウム、まぁ、記憶にないのでは合格とは言えんが、それでも我の虚を突いたことは評価しよう」


 やや不服そうに、しかしどこか誇らしげな感情を浮かべ、そう告げてきた。


「良かろう、我の修行はこれで完了とする。あとは技だが……実戦での使用感を得るには経験を積むしかない」

「それも、あんたがやってくれるんじゃないのか?」

「我としては付き合ってやりたいが、この後の予定も詰まっているのでな。時間はいくらでもあるのだが、訓練ではやはり緊張感が足りぬ」

「ああ、それは分かる」


 サベージボアに追われた時、俺は悲鳴を上げてしまった。沼トカゲに奇襲された時も、いきなり上手くは動けなかった。

 あの時、最初に気付いた俺がもっとうまく立ち回っていたのなら、グラントが溺れることも、セラスが粘液で磔になることもなかったはずだ。

 自分のスキルを使いこなすには、やはり実戦を積んでいかねばならない。

 スキルは確かに強力な攻撃手段だが、それをどの場面で使用するのか、どれほどスムーズに発動させるのかには、やはり修練が必要になる。


「とりあえず剣の修行は一度中断する。気分転換も必要だろう。次は母上の特訓を受けてこい」

「あ、ああ」


 ミュトスの特訓と言えば、残るは耐性の取得だ。

 闇帝とやらはそばに存在する全てからマナを吸収し、生物を衰弱させるらしい。

 これに抵抗できないと、魔法すら発動できなくなるため、このドレイン耐性は是が非でも習得する必要がある。


「そんなわけで次は私の番ですよー!」


 と、そんな能天気な声を上げて、俺の背後にミュトスが現れた。

 同時にゴルドーの姿が消え、再び彼女と二人だけの状態になる。


「ドレイン耐性、だっけ?」

「はい。これが無いと、闇帝との戦いでは魔法すら使用できなくなりますからね」

「ドレインってことは、やっぱ吸われるのか?」

「もちろんです。今回はサキュバス式でイキますよ」

「なんか発音が違う気がするんだが!」

「そんなわけで早速準備です。ほら脱いで脱いで」

「なんで脱ぐ!?」


 俺の服を剥ぎ取ろうとするミュトスに抵抗しようとしたが、なぜか俺の身体はピクリとも動かなかった。

 考えてみればここはミュトスが作った空間。彼女の思い通りにならないことはない。

 そうこうしているうちに俺は上半身裸の状態にされた。


「いやん」

「もう! 変に恥ずかしがらないでくださいよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃないですか」

「いやでも、女の子に服を剥ぎ取られるとか、初めての経験だし」


 それにサキュバス式ドレインと言っていたのも気にかかる。

 サキュバスと言えばあれだ、男の夢に出てきてエッチなあれやこれやで搾り取る悪魔だったはず。


「もしミュトスがそんな風に迫ってきたりしたら、俺は容赦なく暴発する自信がある」

「なに考えてるんですか。サキュバス式と言っても、そんなことまでしませんよ!」

「なんだ、残念」

「そういう言葉は心の中だけにしてください」

「読めるんだからいいじゃない」


 この空間では、どうせミュトスに隠し事はできない。

 だから素直に口にしたのだが、案の定お説教されてしまった。


「それはともかく……ドレイン耐性の特訓を始めますよ。今から私が、あなたの魔力生成器官――いわゆる魔石から直接マナを吸い上げます。あなたはそれに抵抗してください」

「ミュトスに抵抗するとか、それだけで無理があるんじゃ?」


 この世界の創世神なのだから、ただの人間の俺が抵抗できるはずがない。

 しかし、だからこそ修行になるとも言える。

 彼女のドレインに抵抗できるなら、闇帝のドレインにだって抵抗できるだろうから。


「よし、こい!」

「いきます!」


 そう言うとミュトスは俺のみぞおち付近に口付ける。これはその近辺に魔石が存在するらしいからだ。

 唇をつけられた瞬間、身体の奥底からぞるぞると何かが吸いだされる感覚が走る。


「うっ、おっ? これ、ちょ、やば――」


 どこか性的な快感すら伴って、その何か――おそらくは魔力が強制的に吸い出されていった。

 それはどうしようもない愉悦でもあり、苦痛でもある。


「ヤバいって、ミュトス、これマジで気が狂いそう!」


 俺の懇願も彼女には届かない。

 彼女はどこか夢中になった、陶然とした表情で、魔力を啜り続けていた。


「ダメ……だ、もう……」


 限界を超えた感覚の奔流に、俺の意識は混濁していく。

 そして俺は――またしても死を経験したのだった。

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