第29話 三つの試練

 俺の言葉を受け、ミュトスはパンと手を叩いて、笑顔を浮かべる。


「本当ですか、助かります!」

「白々しい。そうなるように仕向けたんだろう?」

「それに関しては、本当に心苦しい限りなのです」

「それより、さっさと特訓を始めよう。俺は何を覚えればいいんだ?」


 闇帝とやらを倒すには、今の俺には力不足だ。

 こちとら、沼トカゲにすら苦戦する素人。世界を危機に陥れた敵を相手取るには実力不足も甚だしい。

 おそらく何らかの戦闘技術を取得せねばならないだろう。


「まず、魔法知識と魔力制御。これで多種の魔法を使えるようになってもらいます」

「おう、それはわりと乗り気になるな」


 古来より魔法というのは忌避の対象であると同時に、憧憬の対象でもある。

 童話でも主人公を助ける魔法使いの存在はあるし、ゲームでも剣を超える破壊力を発揮する存在が、魔法使いだ。

 その魔法を使えるようになるというのなら、多少の苦労は我慢できる。


「次に剣技ですね。今の篠浦さんはナイフをお持ちですが……ともあれ、剣で闇帝を倒せるくらいには鍛えさせてもらいます」

「お、おう。期待してる」


 剣と魔法の世界で剣を学ばないというのは、さすがに片手落ちと言える。

 そういう点では、ミュトスのこの申し出は、渡りに船だ。かなりきつそうなのが難点だが。


「最後に耐性です。闇帝は付近の魔力マナを吸い上げて自己再生します。生物がマナを根こそぎ吸い上げられてしまうと、非常に危険な状態になってしまいますので、これに耐える訓練を行います」

「わ、わかった」


 耐性と聞くと、どうしても毒耐性のために毒を盛られたことを思い出す。

 だがこれもグラントを助けるためだ思い直す。


「ではまず魔法の習得から始めましょう」

「おう、任せろ」

「といっても、今回はいろいろと時間が押してますし、魔力経路パスと同じ方式で逝こうかと思います」

「待って、今『いく』の発音がなんかニュアンスが違くなかった?」

「いえ、全然?」


 しれっと答えるミュトスは、俺を床――というか雲の上に座らせ、前回と同じく俺の背後から抱き着いた。

 剥き出しの足が腰に絡められ、その肌の艶やかさに心臓が跳ねる。


「今回転写するのは、上級と呼ばれる範囲までの魔法です。申し訳ありませんがそれ以上の魔法は、世界に与える影響が大きすぎるため、控えさせてもらいますね」

「そうなのか?」

「核爆発作る魔法とか使いたいです?」

「遠慮します」


 どっかの迷宮探索ゲームじゃあるまいし、ニューでクリアな爆発をあちこちで連発したくないわ!


「それじゃ、時間も押してるので、行きます!」

「おう!」

「えぃっ!」

「ぷぎゃっ!?」


 ミュトスの可愛らしい掛け声とともに、俺の目や耳から血が噴き出した。

 どうやら脳に過負荷がかかって、毛細血管が破裂したらしい。

 同時に俺の視界は真っ赤に染まり、意識はやがて暗く沈んでいった。




 例によって、ミュトスの膝枕で目を覚ました俺は、軽い頭痛に頭を押さえた。


「あ、目が覚めましたか?」

「ああ」


 なぜかツヤツヤした顔でミュトスがそう尋ねてくる。

 膝枕したまま、俺の頬に手をやり、優しげに撫でてきた。その手の冷たさが心地よい。


「脳に強引に魔法知識と制御法をインストールしました。あとは実戦で試していけば、慣れてくるでしょう」

「その実戦を繰り返す暇がないんだけどな」

「それに関しては、本当に申し訳なく思ってます。立てますか?」

「大丈夫だ」


 俺は少し膝枕の感触を名残惜しく思いつつも、立ち上がった。

 この空間では時間は無限にあるとはいえ、グラントに危機が迫っていると思うと、居ても立っても居られない。


「次は剣術の修行を行いたいのですが、体調は?」

「あまり良くないが、のんびりしてると逆に落ち着かないんだ。続けてくれ」

「そうですか? では……剣神ゴルドー、おいでませぇ」


 バッとミュトスが腕を振り上げると、そこにはヒゲ面で上半身裸の、厳つい男が現れていた。


「母上、お呼びとあって参上しましたが、この男は?」

「ははうえぇ!?」


 どう見てもヒゲの男の方が年上なのに、幼い少女の姿のミュトスを母上と呼ぶ。

 その違和感に、俺は思わず奇声を上げた。

 その声にミュトスは不本意そうな声を返す。


「私はこの世界の創世神ですよ? この世界の神様の母でもあるのです、当然でしょう?」

「そりゃ確かにそうだけどさぁ……母の威厳とか全然ないよなぁ」

「失敬な!」

「なるほど」


 そんな俺たちのやり取りを、剣神ゴルドーは納得したように手を打った。


「彼は母上のようやくできた伴侶なのですな。この雑で適当で大雑把で嫉妬深く、非常に面倒臭い母上にもようやく春が――ぶぎゅるっ!」


 突如としてゴルドーの頭部が弾け……そして一瞬で再生する。


「何か言いましたか?」

「いえ、お祝い申し上げます。母上」

「もう! 篠浦さんはそう言う相手じゃないんです。きちんと客人として接してください」

「そうなのですか?」

「そうだったら光栄だなぁとは思うけどね」


 正直ミュトスは、訓練の事を別にすると優しいし、可愛らしい。彼女にできるなら、これ以上幸せなことは無いだろう。

 だから俺は正直にそう口にした。もっとも相手にされるとは、あまり思えない。何せ彼女は神様だから。

 しかしミュトスはそう言う言葉をあまり受け慣れていないのか、顔を赤くして硬直していた。


「も、もう、篠浦さんってば、お上手なんですから! それよりゴルドー、あなたはこの篠浦さんに剣技を叩きこんでください。いえ、剣技以外にも戦う術を徹底的に」

「よろしいので? 神の世の原則に反しませんか?」

「彼は自分の力でスキルを覚えるので、大丈夫です。我々は少しだけ補助してあげるだけ」

「そういうのも有りなんですかね? まぁいいですけど」


 そう言うとどこからともなく剣を取り出し、俺の方へ放り投げる。

 クルクルと回転する剣の柄を、俺は的確に掴み取ってみせる。

 これも動体視力のスキルのおかげなのだが、剣神ゴルドーは感心したような声を漏らす。


「ほう? 目は良いようだな」

「おかげさまで」


 実際投げられた剣の速さなど、ミュトスの大岩の投擲に比べれば、ハエが止まるような速度だ。

 そんな得意満面の俺を見て、剣神はニヤリとサディスティックな笑みを浮かべた。


「なるほど、これは叩き甲斐のある弟子ができたようだな。母上には感謝せねば」

「いや待て。あんた俺に何させる気だ!?」

「剣の修行だと言ったろう?」


 その笑みは完全にミュトスのそれとかぶってる。間違いなくあんたたちは親子だわ。


「それじゃ私は、お茶の用意でもしてきますね。篠浦さん、頑張ってください」

「あ、ああ」


 晴れやかな笑顔でそんなことを口にするミュトスだが、あんた出そうと思えば一瞬でお茶出せるじゃん!

 いったい人目を忍んで何をするつもりなんだよ。

 そんな俺の心の声を無視して、ミュトスはどこかへと姿を消す。

 そして俺の前にはゴルドーが剣を構えて立ち塞がった。

 この後に続く展開は、言うまでもないだろう。

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