第28話 騒動の真相

 視界が元に戻ると、目の前には限界まで膨れっ面をしたミュトスが仁王立ちしていた。

 どこか涙目になっているように見えるのは、気のせいだろうか?


「え、ミュトス? なんで?」


 そもそも、ここに呼び出されるのは俺が危機に陥った時か、修行などで技術が必要になった時だ。

 今回は俺が疲労していたこともあるが、それはセラスのマッサージで解消されている。

 たっぷりと休憩を取り、旅を再開した矢先にここに呼び出されたので、原因に心当たりがない。


「篠浦さん、公衆の面前でふしだらな真似をするのは、いかがなものでしょうか?」

「いや、あれは違うから」


 ミュトスにまで勘違いされるとか、酷いとしか言いようがない。

 それに彼女は俺の様子を監視しているのだから、何があったかは正確に把握しているはずだ。

 となると、これは彼女の冗談と考えるべきか。


「そんなことより、何で呼び出したんだ?」

「そんなこと? そんなことと言いましたかっ!」

「え、いや、マジギレ?」

「当たり前ですよ。もちろん『産めよ増やせよ地に満ちよ』という言葉もありますが、それも節度を守っての範囲です。道端で女の子とキャッキャウフフだなんて、うらやま――いえ、けしからん!」

「いや最後はなんだよ。それより本当に何で呼び出されたんだ?」

「うう、やはり話さないといけませんか?」

「当たり前だ」


 ここに呼ばれるということは、基本的には例外中の例外だ。

 俺が何度もここに来れるのも、加護の神様トレーニングのおかげでもある。

 その目的が無いのに呼び出されたということは、緊急の用があったということに違いない。


「ここにいる間は世界での時間が停止しているので、先ほどはのんびりと話していましたが、実は深刻な問題が発生しまして」

「問題? そう言えば前に来た時も、そんなことを言ってたね」

「はい。まず一つは篠浦さんに関することなのですが……」


 俺に関することと聞いて、身体が硬直する。

 俺はこの世界に転生したが、元のままの身体というわけではない。

 この世界の生物にはにはマナを生成する器官が存在するため、俺にもそれが追加されていた。

 しかも神様トレーニングによって、ミュトスの魔力経路パスが移植されている。

 もしこの辺りの器官に不具合が出ていたらと思うと、背筋から気持ちの悪い汗が沁み出してくる。


「実は篠浦さんをこの世界に転生させた時、特殊なタレントが付与されてしまいまして」

才能タレントの付与だって?」


 寿命を代償にえられる才能。それがタレントだ。

 それが俺個人の意思を無視して付与されるとか、聞いていない。


「寿命に関しては、ご心配に及びません。むしろマイナス効果なので増えているくらいです」

「いや、安心できないって! マイナス効果って何?」


 ミュトスは俺から視線を逸らし、頬を掻く。あからさまに都合が悪いことをごまかそうという表情。


「えっと、そのぉ……実は悪運というタレントがついてまして。あなたという存在が完成されてしまった以上、外すのは少し難しい状況なんです」


 そう言えば、スキルやタレントの払い戻しも許可されなかったか。

 付与するのと違い、外すことは何かと制約があるのかもしれない。


「それ、どういう才能なの?」

「はい。何かとトラブルに巻き込まれやすい体質になってしまうんです。ほら、異世界転移してまだ三日でこの騒動ですし」

「三日……そうか、たった三日でサベージボアやら沼トカゲと戦ったんだよなぁ」


 この世界に来たのが三日前の夜。実質二日半しか経っていない。

 その間で起こったことと言えば、サベージボアに追い掛け回され、グラントの家を壊し、沼トカゲに奇襲され、地震にでくわした。

 このトラブル続きの出来事は、運が悪いと言われても仕方ない。


「じゃあ、昨夜の地震もひょっとして俺のせい?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えます」

「どういうこと?」


 ここでミュトスは言葉を切り、少し表情を改めた。

 珍しく真剣な、険しい表情。


「あの世界には、いろいろな力が満ちています。良い力も、悪い力も。ある時、その中で悪い力が寄り集まり、結晶と化し、それを核として一つの存在が生まれました」

「悪い力……だけ?」

「ええ。『それ』は後に闇帝と呼ばれるようになり、破壊と虐殺の限りを繰り返しました。その行為はさらに負の感情を生み出し、自分の力をさらに強化していったんです」

「そんなことが……」

「闇帝は長い戦いの末、封印を施されたのですが、先日その封印が解かれまして。あの地震はその影響に拠るものです」

「大変じゃないか!」

「ええ、大変なんです。そしてそのタイミングで転生しちゃった篠浦さんは、さすがだなぁって」

「それ、悪運のせいでしょ。俺のせいじゃないし!」

「はい、私のせいです。申し訳ありません」


 しょぼんと肩を落とすミュトスに、俺はそれ以上追及することはできなくなった。

 その姿があまりにも可哀想に見えたから。


「私は一応神ですので、個人的な要求にいちいち答えることはありません。篠浦さんは例外ですが」

「一人一人の要求に応えていたら、切りが無いしなぁ」

「ですが闇帝は自然発生的に出現した、いわば災害。これを放置することは、人類や文明に大きな爪痕を残すことになります」

「ふむふむ」

「なので本来ならば、私が干渉しても問題ない場面ではあります」

「そりゃよかった」


 ミュトスはこの世界の創世神らしいから、彼女が干渉すれば、一瞬で問題は解決するだろう。


「問題があるとすれば、この封印の解除を人が行ったということですね」

「はぃ?」

「自然発生した災害なら、私も心置きなく干渉できるのですが、人が行った結果となると、これが微妙になってくるわけですよ」

「えーと……災害を大雨に例えると、自然の大雨と思ったら実は降雨を呼ぶミサイルを打ち上げた結果だった。犯人は自然じゃなくて人間だから手が出せない的な?」

「分かりにくいですが、まぁそんな感じです」


 人為的だから、ミュトスの干渉が微妙な状況になっていたのか。

 前回の召喚時に問題があると言っていたのは、このことだったのか。


「それで、ですね。申し訳ありませんが、篠浦さんにこの一件の対処をお願いしたいのですが」

「拒否します!」

「えー!?」

「当たり前だろ、俺は日本で育った一般市民! 戦いとか殺し合いとか魔王討伐みたいなことは、ゲームの中でしかできないの!」

「そんなこと言わずに! 特別な訓練もして差し上げますから!」

「もっといらんわ!?」


 いつもの訓練でも悲惨な目に遭っているのに、さらに特別とか、考えるだけで恐ろしい。


「しかしそうなると……あのカリエンテ村はかなりの被害を受けてしまうのですが……」

「なんだって!?」

「いや、私としても本当は自身で干渉したいんです。篠浦さんには、危険なことは避けてもらいたいですし、悪運なんてタレントが引っ付いちゃったお詫びもありますから」

「待て、あの村が巻き込まれるのか?」

「ええ。あの村の設備が妙に豪華なのは、あの村自体が、封印の監視という役割を担っていたからなんです」

「そのわりに、グラントは事情を知らないようだったけど?」

「もう二百年以上前の話ですから。民間の人だと知らない人も多いと思います」


 二百年前というと、日本だと一八二〇年代。大塩平八郎の乱が一八三七年だと考えると、想像以上に昔の話だと分かる。

 筆記道具もおぼつかないこの世界なら、記録が残っていなくても無理はない。


「それはいいとして、その闇帝とやらが復活した場合、グラントさんの安否は……」

「かなり厳しい物になると言わざるを得ませんね」

「なんでそんな平然と――!」


 そこで俺は激昂し、そして思いとどまった。

 目の前にいるのは世界を管理する神。俺のような転生者ならともかく、一個人の生死にこだわってはいられないはずだ。世界の管理を受け持つミュトスに、これを責めるのは酷というモノだろう。

 そこまで考え、俺は覚悟を決めた。


「分かったよ。その依頼、受けてやる」


 半ばやけくそのような心境で、俺はミュトスにそう告げたのだった。

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