第27話 道端での痴態
この村――セラスによるとカリエンテ村というらしい――から王都までは、徒歩で二週間もかかるらしい。
歩いてだと人は一日四十キロほどしか歩けないが、街道が雑な整備しかされていないため、その半分も行けばいいところだろうか?
そのため通常よりも遥かに時間がかかってしまうのだそうだ。
実は街道があるだけマシで、この村以外の辺境の村だと、道すらない場所も多いらしい。
そういう場合、草原や森の中の獣道など、歩きやすい場所を選んで進まないといけないので、より時間がかかるそうだ。
「それにしても、これはヒドイな」
「ある意味珍しい光景かもね」
村から逃げ出す商人たちの馬車の列に、俺は呆れた様な声を漏らす。
セラスも同意したところを見ると、こういう光景は珍しい物なのだろう。
「これだけいるんだから、どっかの馬車に便乗させてもらえないかな?」
「さすがに見ず知らずの人間を乗せるのは、怖いんじゃない?」
「それもそっか」
うっかりヒッチハイク感覚なことを言ってしまったら、セラスに即座に却下された。
この世界だと、ギルドに加入していても、人目の無い場所で襲ってきたりする輩がいるらしい。
そうして襲われた商人は、身包みを剥がれ、殺されて野に放置される。
あとで見つかったとしても、誰がやったかは分からないので、お咎めはないという寸法だ。
そう言う事例があるため、旅先で見知らぬ他人を乗せるということは、あまりないそうだ。
「とほほ、結局俺らは歩かないといけないのか」
「疲れたのか? おんぶしてやってもいいぞ」
「体格を考えなさいって。あと男のメンツも」
とはいえ、俺は舗装された道に慣れた日本人。
未舗装の街道にあっさりとスタミナを奪われ、一時間もしたら息を荒くしてふらふらしていた。
「な、なぁ、シノーラ。本当に大丈夫なのか?」
「いや、たぶん、だい、じょぶ……?」
「なぜ首を傾げる?」
「ごめん、やっぱり少し休憩を入れよう」
俺は邪魔にならないように、街道の端にへたり込み、収納から水の入った袋を取り出して口に運ぶ。
手慣れた魔法使いなら、
逆にセラスは水量が少なすぎて役に立てなかった。
「靴が合わないのかな? シノーラの靴は変だから」
「いや、これはきっと、セラスの靴よりも品質はいいぞ」
俺は今、学生服は収納にしまいこみ、ズボンとシャツだけの姿で旅をしている。
織り目の見えないほど細かな縫製は、この世界なら貴族なのかと思われるほど、高級な品らしい。
学生服の異様な造りはとにかく目立ったため、カッターシャツとズボンだけでごまかしていた。
しかもベルトを見られると面倒になりそうなので、これもシャツの裾を出して隠している。
幸い、今は寒い季節ではないようなので、腹を冷やす心配はなかった。
「でも、この世界に合わせた服や靴は必要かもなぁ」
「ん、世界?」
「いやいや、この地方」
「ああ、そういう。シノーラはときおり、変な言葉の使い方をするな」
「田舎者だからね。しかたないね」
ふぅ、と大きく息を吐き、呼吸を整える。
ここであまりへばってしまうと、ミュトスから地獄の特訓に呼び出される可能性があった。
休息は早め早めに取って、あまり疲れないようにしよう。
「そうだ、どうせ休んでいるなら、私が足を揉んでやろう」
「はぃ?」
「安心しろ。昔はよく父の足を揉んでやったし、慣れたものだ」
「いや、こんな道端ですることじゃないでしょ」
「靴を脱いで足の裏を揉み解すだけで、だいぶ違うんだぞ。ほら早く脱げ」
「女の子が『脱げ』なんて命令しちゃいけません!」
そう言って逃げ出そうとした俺だが、疲労した足が見事にストライキを起こしていた。
立ち上がることに失敗して尻もちをつき、そのまま反転して這いずって逃げようと試みる。
しかしそれは、セラスにとって絶好の体勢となっていた。
あっさりと俺の右足を掴み上げ、足を絡めるようにして腰を押さえつけて抑え込まれる。
「お、おい……いたたたっ!?」
セラスが足の裏をグリグリと刺激するたびに、膝まで響くような鈍痛が伝わってくる。
これは紛う事無き足つぼマッサージだ。痛みがあるということは、それだけ疲労が溜まっているという証拠なのだろうが、正直道行く人の視線がさらに痛い。
傍から見れば、道端でじゃれ合う兄妹に見えてもおかしくはない。
その仲睦まじい様子に、皆笑顔で通り過ぎていく。言うなれば、晒し物だ。
「やめ、やめなさいって、セラス! いや降参、降参するから!? いてて」
「なんだゴリゴリじゃないか。こんなになるまで我慢して、しかたない奴だなぁ」
「しかたないのはお前だぁ!」
しかし通り過ぎていく人の表情はだんだんと赤面したものになっていき、顔を逸らすようにして馬車を急がせて進んでいくようになっていく。
なんでと少し疑問に思ったが、今の状況を考えると、当然なのかもしれない。
セラスは今、俺と足を絡め、腰を押さえつけるようにして、道端の草むらに寝転んでいる。
言うなれば俺とセラスの股間は非常に近い位置にあり、草むらでそれが明確に見えない見学者にとっては、ナニがナニしているようにしか見えないに違いない。
「ちょ、やめ、セラス、もうダメだって……!」
「ム、ここが特に固いな。もっと強くいくか。シノーラはもっと身体の力を抜け。すぐ気持ちよくなるから」
「そういう誤解を招きかねないセリフも禁止ィ!?」
とはいえ、俺の持っている戦闘に役立ちそうなスキルは動体視力と頑強くらい。
すでに捕まった状態で、頑丈なだけの俺が、幼い頃から剣の修行を積んできたセラスにかなうはずがなかった。
俺は無様な声を散々上げさせられ、逆になぜかツヤツヤした顔をしているセラスから、ようやく解放されたのだった。
「うう、酷い目に合った……酷い目で見られてた……」
セラスから解放された時、結構な時間が経過していた。一時間はその場で転がっていたことになる。
しかしセラスのマッサージは確かに効果があったらしく、足の疲れは完全に消え去ってた。
それでも通りがかった者たちから呆れたような視線を向けられ、中には唾まで吐いて通り過ぎた者もいる。
それらの精神的ダメージで、俺のここはすでにズタボロだった。
「どうしてそんなに泣いているんだ? ひょっとして泣くほど気持ちよかったのか?」
「そのポジティブな考え方、嫌いじゃないけど反省して!」
全く反省の素振りが見えないセラスに……いや、何が悪かったかも理解してない彼女に、俺は思わず絶叫する。
そんな俺の態度に、彼女はますます傾けた首を深く傾けた。身体ごと傾くくらいに。
「まーいいや。それより、今日はどこまで進む予定なんだ?」
セラスから聞いた話では、馬車で一日ほど進んだ先に、簡易の宿泊施設があるらしい。
簡単に言うと、井戸と小屋が設置されているだけ場所だ。
宿も無ければ店も無いただの宿泊小屋だが、夜露を凌げ、水を確保できるというだけでも旅人にはありがたい。
それにかまどなどもあるので、炊事の手間が大幅に削減される。
しかしそこは馬車で一日。つまり六十キロほど先になる。
徒歩の俺たちにとっては、まだまだ先の話で、否応なく途中で野宿する羽目になる。
「そうだな。宿泊小屋の半分くらいは進みたいんだが、大丈夫か?」
「ちょっと厳しいけど、まぁ問題はないよ」
足元が悪く、あまり速度は出ないが一日歩けば半分くらいは踏破できるだろう。
そう考えて胸を叩いた俺だが、その時一瞬にして視界が黒く染まっていったのだった。
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