第26話 メガネ完成(仮)
グラントは先に部屋に戻り、俺たちの紹介状を書いてくれているが、セラスは俺の部屋まで付いてきた。
彼女は俺への警戒心を一切持っていないようで、レンズを削り出している時も、全く警戒せずにその身体を寄せてくる。
彼女の服は身体にぴったりと張り付くタイプの物で、しかも肩が剥き出しになっている。
彼女がまだ幼いから変な気は起きないが、あと数年もすればその破壊力は絶大なものになっているだろう。
「あのね、セラス。女の子が夜に男の部屋に来るものじゃないよ?」
「いいじゃないか、私のレンズを作るんだろう? なら私がいないと話にならない」
「いや、そりゃそうなんだけど、レンズは別に今日作る必要もないんだし、フレームの方を作る作業をしてもいいんだから」
「それはそれで興味があるな! 私にもできるかな?」
「俺だって初めてやるんだから、上手く行く保証なんてないよ」
せいぜいの中学の頃の技術工作か、
眼鏡のような繊細な道具を作るには、あまりにも経験も知識が足りない。
しかし、この粘液が固まってできた樹脂モドキは、非常に加工がしやすい。
まるで弾性の強いプラスチックのような素材で、曲がりやすく削りやすい。
しかも透明度が高いので、レンズにも適用できる。ついでに臭いもない。
「とりあえず細いツルを作りたいんだけど……どうすっかな?」
塊から細いツルを削り出すのは、俺では正直難易度が高い。なのでまずは、他人の力を借りるとしよう。
ナイフの鞘は木製の物だったので、それを分解して二つに分ける。
刀身を収める部分に粘液を流し込み、固まるまでしばし待つ。
それを二つ用意しつつ、レンズの方の加工に戻った。
「見えにくいとか目が疲れるとかあったら、遠慮なく言って。合わないレンズを使ってると、さらに悪化するらしいから」
「少し、弱いかな?」
「ボケて見えるってこと?」
「うん」
「湾曲がまだ弱いのか。ちょっと待って」
レンズを削り、視野を調整していく。削り方が一定になっていない場所は直接指で指示してもらい、修正していった。
そうしている間に粘液が固まり、プラスチックのようになったので、鞘から取り出し、それをベースに縦に長いツルに加工していった。
そのツルをレンズの周りに固定できるように曲げて、レンズを粘液で接着し、しばし固める。
さらに小さな板をレンズの間に付けて、鼻当てを作る。
こうして眼鏡のベースになる形が完成した。
「ツルの長さを調整するからちょっと待ってね」
この粘液は、沼トカゲの貯蔵器官から取り出すと凄い勢いで乾燥していくので、接着剤の代わりになる。
しかも乾くと柔らかいプラスチックみたいになるので、利用価値が凄まじく高い。
この世界ではこれを木材の接着などに使うだけで、他は捨てているというのだからもったいない。レンズの概念もまだないようだし、材料の事を考えると食器にも使い辛い。
そう考えると、この無駄遣いも無理はないのかもしれない。
「こんな便利素材、日本でもそう見掛けないぞ」
「日本?」
「あー、俺の故郷。すごく遠いんだ」
「へぇ、私も一度行ってみたいな」
「あはは、機会があればね」
そんな機会は、二度とないと思うけど。
そうしてセラスに完成した眼鏡を装着させ、しばらく様子を見てもらった。
彼女はクリアになった視界に感激してピョンピョン跳ねたりクルクル回ったりしていたが、そのたびに眼鏡が落ちそうになって慌てて押さえている。
「まだ補強の魔法がかかっていないんで、すぐ壊れるから注意して」
「わ、分かっているとも」
自分の醜態に気付いたのか、少し頬を染めながらそんなことを言い返してくる。
俺はそんな彼女の背中を押して、部屋から追い出した。
「ほらほら。レディは夜中に男の部屋に居座るもんじゃないぞ」
「失敬な。シノーラが安全だと知っているから居座っているんだ」
「なんだと。襲うぞ、このガキ」
「きゃー♪」
わざとらしい悲鳴を上げつつ、俺の部屋から出て行くセラス。
いつものどこか堅い口調が完全に砕けて、歳相応のあどけない言葉遣いになっている。それほど『見える』ことが嬉しいのだろう。
まるで兄にじゃれつく幼い妹のような有様だ。
「まったく……」
セラスを部屋から追い出し、俺はベッドの上に身を投げ出す。
今日はミュトスといい、セラスといい、今日はスキンシップが激しかった。おかげで妙に興奮して寝付きが悪い。
俺はベッドの上でゴロゴロと転がり、寝付くまで時間を潰したのだった。
翌朝、俺は少し寝不足の状態で目を覚ました。
一階に降りると、そこは昨夜の地震を恐れて村から逃げ出そうとする商人たちで、見事にごった返していた。
「おはよう、シノーラ!」
「おう、早いな。おはよう」
上機嫌で挨拶してくるセラスと、どこかげんなりした表情のグラント。
彼らは一階のロビーで、早くも起き出していた。
「シノーラ。凄いな、眼鏡というモノは! ここがこういう光景だったと、私は初めて気が付いたぞ」
「そりゃ良かった。目が疲れたりしてないか?」
「うん、問題ない」
どうやら形だけは完成と見ていい出来のようだ。あとは補強魔法で強度を増せば、完全に完成と言っていいだろう。
そんな眼鏡の自慢を、朝から散々聞かされたらしいグラントは、早くも疲れ気味の顔をしていた。
「朝からずっとこの調子でな。もう俺は限界だ」
「失礼なことを。グラントさんはこの眼鏡の革新性が理解できていない」
「いや、それはもう分かったから。ああ、ほらシノーラ。これが紹介状だ。王都に行ってマシュー・サリヴァンって奴に渡せば、魔法を教えてもらえる……はずだ」
「ありがとうございます。何から何まで」
「良いってことよ。そんかわり、また俺が困ってたら助けてくれ」
「もちろんです!」
また、と言ったのは、昨日沼トカゲに気絶させられたことを指しているのだろう。
もちろん、社交辞令のような物で、助けられた回数で言うと、俺の方が何倍も世話になっている。
だからこれは、彼なりの気を使わせないための言い訳に過ぎない。
そんな彼に軽く手を上げてから、俺はカウンターへ向かった。
「あんたもチェックアウトするのかい?」
「ええ」
朝から商人たちが何人も出て行ったようなので、店主もぐったりした顔をしている。
正直、可哀想に思えるのは確かだが、俺としてもセラスの眼鏡を早く完成させたいと考えていた。
宿泊は実質二日だけだったので、前払いで余った分を返金してもらう。
この調子だと、今日だけで彼はかなりの額を払い戻しているだろう。
破産するということは無いだろうが、結構な損害に見えた。
セラスは元々傭兵ギルドの一員としてこの村に流れてきていたので、いつでも村を出発できる状態だ。
あとは俺の準備ができ次第、いつでも王都に向かって旅立てる。
そして俺の準備と言っても、必要な物は全て収納魔法にしまい込んでいるので、準備らしい準備は必要ない状態だった。
グラントは腰に差していたナイフを取り出し、俺に手渡してくる。
「ああ、このナイフは餞別にくれてやるよ。前のは壊れただろ? 旅に出るなら必要だろうからな」
「よかった、正直言って助かります」
「魔法覚えたら、またこの村に戻ってくるよな?」
「ええ、そのつもりですよ。この村なら、獲物に困らなさそうですし」
「そりゃ違いない。その代わりちっとばかしハードだけどな!」
ガハハと豪放磊落な笑い声をあげて、グラントは俺の背中を叩く。
正直言うと少し痛かったが、それが彼の親愛の証だと思うと、その痛みも心地よく感じていた。
「セラスは出発準備は良いかい?」
「ああ、もともと流れ者だったからな。いつでも出れる」
「それじゃ、グラントさん。お世話になりました」
「また戻ってきたらよろしく」
俺とセラスは二人並んで彼に一礼し、それから手を振って宿を出た。
グラントははっきり分からなかったが、少し涙ぐんでいたようにも見える。
彼はやはり、最後まで気のいい男だった。
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