第24話 騎士たちの暗躍
◇◆◇◆◇
カリエンテ村の下水道。そこは村の人口に反して非常に巨大な物だった。
下水の脇には大人が二人、余裕で並んで歩けるほどの広さがある。
それはすでに、迷路と言っても過言ではない規模だった。
「こっちだ」
闇に包まれた下水道で、男の声が響く。
やがて灯火の光が見え、数人の武装した男たちが姿を現した。
ジェル討伐の依頼を受けたはずの彼らは周囲のジェルには目もくれず、一直線に下水の奥へと進んでいく。
討伐数を稼げば報酬が増えるジェルを相手にしないのは、彼らには別の目的があるからだ。
「しかしここに入るのに、わざわざジェル退治の依頼を受けないといけないとはな」
「我ら、イルドア第七騎士団の仕事とは思えんな」
「黙れ、その名を口にするな」
イルドアはこのカリエンテ村の所属する王国の名前である。
騎士団において、このイルドアの名を冠することは、王直属の騎士団である証左でもあった。
「しかしなぜこんな辺境に『アレ』があるんですかね?」
「簡単な話だ。王都まで攻め込まれぬように辺境で撃退した。その結果に過ぎん」
「こんなことなら、王都まで攻め込んでくれていれば楽だったのにねぇ」
「そうなっていれば、我らが蜂起することもなかっただろうな」
「それもそッスね」
周囲に誰もいない環境。そんな安心感からか、彼らの口は軽い。
一度はそれを窘めた男も、二度目は口にしなかった。
それは彼も油断していた証なのかもしれない。
「ここだな」
そう言って戦闘の男が足を止める。
一見すると何もない通路の行き止まり。
しかし通路の壁の下側に、何やらレリーフのような物が埋め込まれていた。
「ここッスか?」
「ああ。このレリーフの紋様は間違いない」
「あの闇帝とまで呼ばれた『モノ』が、こうまで落ちぶれるとはね」
「言うな。たとえ落ちぶれても、その力は今も変わらぬはず。それに今では我らの切り札だ」
「俺らも同じッスか。せつねー話だ」
雑談しながらも、収納からつるはしを取り出し、レリーフを打ち壊す。
するとその奥にはさらに下へと続くが存在していた。
「この奥、ッスか?」
「ああ」
男たちの声に緊張が滲む。軽薄そうな男ですら、それを隠しきれていなかった。
だが先ほど男を嗜めた別の男が、率先してその階段へと足を踏み入れる。
「行くぞ。もう後戻りはできん」
「ハッ」
その声に男たちは敬礼の姿勢を取る。どうやらその男が指揮官らしかった。
階段を進むと、その先は広い空間になっていた。
そして広間と言っていい空間の中央に、一つの棺が安置されていた。
「これが……闇帝ッスか?」
「ああ」
「一つ不思議に思うんですが、なぜ当時に連中はこれを破壊しなかったんです?」
「……できなかったのだ。大きな被害を出して奴を封印し、ここに安置するだけで限界だったらしい」
「でもその後なら、力を蓄えて雪辱戦もできたんじゃないですか?」
「この外側にある魔法陣、分かるか?」
「え?」
言われて彼らは、指揮官の足の先に巨大な魔法陣が敷かれていることに気が付いた。
「これは?」
「結界の外周だ。棺と陣、この二つによって闇帝は封印されている。どちらが欠けても封印は解けてしまう」
「なら……」
「この外周の封印が外れた瞬間、奴は周辺のマナを奴は吸い上げ始める。そしてその力は奴の再生に使用される」
「それって……周囲にマナが存在する限り。無限の再生力を持つってことじゃ?」
「そうだ。だからこの外周の封印は壊せない。そして外周の封印は内部への干渉すら無効にする」
「つまり、内部に干渉できない、と」
「だから今、奴に手を出せん。だからこの外周の封印をこうして――壊す!」
言葉と共に、指揮官は剣を封印の線の上に突き立てた。
それだけで封印を構築する魔力は阻害され、その効果を無くす。
「よし、撤退するぞ。可及的速やかに王都に帰還。混乱の発生と同時に主様と共に反旗を翻す!」
「ジェル退治はいいんですかい?」
「いらん。どうせ闇帝が復活すれば消える村だ。住民に罪は無いが、大義の前の些細な犠牲である」
「ハハッ、住民も不運な連中ですね」
「今の王権に唯々諾々と従う愚昧な連中だ。死ぬ時もまた、愚昧であるべきだろう?」
言うが早いか、誰よりも率先してその場を後にする。
部下と思しき男たちも、それを見て慌ててその場を後にした。
「復活を見届けなくていいんですかぃ!」
「構わん、そこまで悠長にしていては、我らが最初の餌食になってしまうではないか」
「ごもっともで」
暢気な言葉を吐く部下に舌打ちしながら、指揮官は下水道へと這い出していく。
そしてそのまま、村へ報告などはせず、一目散に王都へと逃げ帰ったのだった。
◇◆◇◆◇
沼トカゲの討伐報酬は五千ラピスだった。
あれだけ大変な思いをして五万円相当と考えると、少しばかり理不尽な気がしてしまう。
しかし、元々肉食系の相手ではなかったし、安全性も基本的には高い相手だった。
俺たちは完全に不意を突かれたため危機に陥っただけで、これもまた『森の中で油断すると死の危険がある』という教訓になった。
単独討伐を果たした俺が約半分の三千、残りをセラスとグラントが半々で分けたのだが、正直それぞれが遠慮してしまう事態になったのは面白かった。
俺は前日に大金を得たため、ここでさらに半額以上を得るのは気が引けてしまった。
セラスとグラントは、討伐に関してはほとんど何もしていないも同然だった。
そんなわけで、結局この配分を申し出たのだが、やはり俺としては気まずい。
「とはいえ、実際活躍したのはお前だからよ。ここは遠慮なく貰っとけ。むしろ俺が礼金を払わにゃならんほどだ」
猟師ギルド賞金を受け取り、ついでに肉を売ってから俺の泊まる部屋へと戻ってきた。
グラントの家に行かなかったのは、彼の家がもはや存在しないからである。
グラントは分かるのだが、セラスは男の部屋にホイホイ付いてくるのを注意した方がいいのだろうか?
「それより、私の目をどうやって治すんだ? 早く教えてくれ」
俺のそんな心配はどこ吹く風で、セラスは期待に満ちた目を向けてくる。
俺はそんな彼女に、沼トカゲの粘液が固まった物を取り出して見せた。
「これが周囲の光景を歪ませるのは、あの時言ったよね」
「うん」
「要はその光景を常に見れるような形に加工してやればいい」
「常に見れるって、目の前にずっと持ち続けるのは、少し辛いぞ。それに片手も塞がってしまう」
「いや、そうじゃなくて」
俺はナイフで結晶を削り、凹レンズの形に削り出した。近視ならこの形で問題ないはずだ。
樹脂状になっていたためナイフでも簡単に加工することができたので、まずは緩めの湾曲から試してみることにする。
結晶は、もともと不純物のない体内で結晶化したため、非常に澄んだ高い透明度を維持していた。
「こんなもんかな? 多少粗があるかもしれないけど、それは追々修正するとして」
「ん? おお……少しだけど、見えやすくなった気がする?」
「近視で間違いないみたいかな。じゃあ少しずつ度を調整していこう」
「度?」
「湾曲の強さの事だよ」
きらきらした目で俺の手元を覗き込むセラスと、それを微笑ましそうに眺めるグラント。
「グラントさん、言っておくけど、セラスとはなにもありませんからね?」
「なにも言ってねぇだろう」
「目が口ほどに物語ってるんですよ」
正直、セラスはかなりかわいいと思うが、俺はミュトスの美貌を見慣れている。
彼女のことは妹のようにしか思えない。
それに、今の俺はそんなロマンスに似つかわしくない。
俺は……とてもトカゲ臭かったのだ。
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