第17話 次の仕事

 生垣のそばまで流された俺は、そこで哀愁を背負って立ち尽くす男の姿を見た。

 いや、誰だって家が倒壊してしまったら、こんな状態になるだろう。

 グラントは自分の家の有様を見て、呆然と立ち尽くしていた。

 これも俺が、魔法を暴発したせいだ。


「その、ゴメン。俺が魔法を暴発させて」

「いや……これは俺の責任だ。監督不行き届きってやつ」

「いやいや、それは無理があるって。その、家は俺が弁償するから」

「いいさ。昨日お前さんから貰った報酬で充分お釣りがくるから」


 昨日彼に渡した報酬は九万ラピス。日本円にして九十万相当。

 家を再建するにしては、かなり物足りない額だ。

 しかしグラントの家は土地の広さに反して掘っ立て小屋みたいな有様だったので、その額でも立て直すことはできるらしい。

 それでも家財道具なども流れてしまったので、いずれは足りなくなるはずだ。


「そ、それじゃ、俺に修行してくれる月謝としていくらか……」

「えっ!?」


 俺が妥協案を提案した時に驚きの声をあげたのが、セラスである。

 そう言えば、俺が月謝を払うということは、彼女も払わなければならなくなる。


「いやその、私は今、少しばかり懐具合が……ほら、仲間とも別れたばかりだし」

「ごめん、これも俺が浅はかだった。えっと、それじゃ――」

「いや、本当にいいから。どうせいつ倒壊してもおかしくないくらいのボロ小屋だったし、立て直そうと思っていたところだ」

「でも……」

「本当に気にするな。それに子供に心配されるほど、貧乏はしてねーよ」


 グラントの話では、実際引っ越すことも考えていたらしいので、それほど問題はなかったらしい。

 服や寝具、生活用品が実質の損害らしいが、それも先日の報酬で賄える範囲だそうだ。

 実際、グラントの服は大雑把な麻の服ばかりだったので、それほど金銭は掛からないらしい。


「そこまで言うなら……でも本当に悪かった」

「ま、甘く見てた俺のミスだな。お前さんのマナはそこらの魔術師以上って分かって、良かったじゃないか」

「そりゃ、うれしいけど」


 それも転生者の特徴やら、ミュトスの特訓などがあってのことで、俺自身の力じゃないから、何やら面映ゆい。


「だがそれはそれで危険なことだぞ。言うまでもないことだが、過ぎた力は人の目に付きやすい。権力者に利用される可能性がグンと増える。お前さんの収納――おっと、あの魔法と同じだ」

「あ、そうか」


 よく見る漫画や小説、アニメなんかでも、主人公を権力者が取り込もうとする展開は見かける。

 今の俺が主人公だとは到底思えないが、そう言う展開に巻き込まれる可能性は充分にあった。

 ならば今、俺がやらねばならないことは一つだ。


「どうかこのことは内密に」


 俺は鮮やかな速度で土下座をし、グラントとセラスに懇願した。

 自分でも惚れ惚れする様な土下座っぷりだ。


「何を言う! 私が人の秘密を軽々しく口にするような人間にでも見えるか?」

「セラスはわりと心配してないよ。むしろグラントさんが……」

「なんでだよ! 俺だってそんな真似はしねぇって!」

「いやぁ、酒とか飲まされたら、結構ポロッと漏らしそうで」


 グラントは人がいいだけに付き合いも広い。飲みに誘われることも多そうだった。

 そんな性格だから、酒で気分が良くなった時が逆に心配になる。

 案の定、グラントは俺から視線を外し、口笛を吹いてごまかしにかかっていた。


「グラントさん……」

「いやいや、本当に言わねぇって。約束する!」

「ホントですか?」

「マジでマジで。それより次は実地で講義と行こうぜ。猟師ギルドで依頼を見に行こう」

「ホント頼みますよ」

「安心しろって」


 決まり悪そうに頭を掻くグラントを信用して、俺たちは猟師ギルドへ向かうこととなった。

 家に関してはどうしようもないので、しばらくはグラントも宿暮らしをすることになる。

 貴重品などは、グラントの収納魔法では容量が足りないため、俺が代わりに収納することになった。


 そうして宿に引っ越す準備を終えた後、俺たちはギルドへ向かった。

 その途中で、妙に違和感を覚える傭兵の一段とすれ違う。


「ん?」

「どうかしたか、シノーラ?」


 一見すると、どこにでもいそうな傭兵たち。だが何かが傭兵ギルドにいた傭兵たちと違うと訴えかけてくる。


「さっきの傭兵たち、どこか違いませんでしたか?」

「そうかな? 私には普通に見えたんだけど」

「なんかこう……妙に統一感があるというか?」

「そういえば全員が剣装備だな。でも珍しいことじゃない」


 セラスは俺の意見に否定的だったが、グラントはすれ違った傭兵たちを振り返り、『ああ』と納得したような声を上げた。


「グラントさん?」

「ありゃ、傭兵じゃないな。多分この国の騎士だ」

「え?」

「あんなにお行儀よく隊列を組んで歩く傭兵なんていねぇよ。それに剣のこしらえが、みんな同じだ」


 言われてみれば、傭兵モドキたちは二列に並んで通りを歩いていた。

 その歩調は規則正しく、まるでパレードでも見てるような感じだ。

 腰にいた剣も柄の拵えが同じで、それが俺の目には違和感に映っていた。


「騎士がなぜ、傭兵に化けてこんな辺境に?」

「まぁ、極秘に何かを調べに来るなんてのは、結構よくある話さ」

「そうなんです?」


 俺はその疑問を口にしたが、グラントに応えられるはずもなかった。

 そしてそれは、セラスも同じである。

 彼女はこの村の近くにある町出身で、家の手伝いすら放り出して剣術道場を覗き見てたくらいの、熱心な剣術バカだったらしい。


「ああ。それに偉いさんの考えることは、俺たちじゃよく分からねぇって」

「そりゃそうですけど……」

「シノーラ、国のやることに首を突っ込んでたら、命がいくつあっても足りないぞ?」

「分かってますよ」


 君子危うきに近寄らず。穏便に過ごすためには、不穏な連中には近付かないことが肝心だ。

 ましてや俺は、下手に近付いたら地獄の特訓をやらされる羽目になるのだから。


 そんな会話をしつつギルドに到着すると、俺たちはアデリーンに挨拶しながら、依頼票を張り出している掲示板へと向かった。

 この村では紙は特産品となっていて、入手しやすくはあるが、貴重であることには変わりない。

 そこで木の板に依頼を書き、釘を打ち付けた掲示板に引っ掛ける方法が採られていた。


「何かいい依頼、有ります?」

「もちろん。実はここに来る前にめぼしい依頼があることは気付いてたんだ」

「凄い、グラントほどの猟師になると、そう言うのも分かるんだ!」

「まぁな。何だったら当ててみ?」


 セラスは尊敬に満ちた目でグラントを見つめる。もっともその視線は細く、鋭いままだったが。

 俺はそんなセラスを置いといて、グラントが何を考えているのか予測した。

 昨日まではほぼ同行していたので、彼の持っている知識は俺と大差ない。


「うん、さっぱり分からん」

「シノーラはもうちょっと頑張れよ」

「いやでも、俺田舎者だし」

「そう言うと思ったよ。ほら、昨日ジェル退治がどうとかセラスの元仲間が言っていただろ?」

「あ、ああ。その節は本当に申し訳なく……」

「いや、それはいいんだ。ジェルってのは知ってるか?」

「もちろんだ」


 セラスの説明によると、ジェルはスライムが穏和に進化した種で、人や動物の排泄物や汚れなどを食らって繁殖するらしい。

 なので人間はこれを飼い慣らし、下水処理に利用していると、彼女は説明してくれた。


「この村でもジェルを下水処理に使ってるのかな?」

「もちろんだ。衛生を保つ上では必須な魔獣だからな」

「なら、なんでジェルを退治するなんて依頼が来てるんだろう?」


 ジェルは、いうなれば益獣だ。これを狩ることは、人にとって不利益にしかならない。

 なのに依頼が来ていることは、不自然だった。


「そりゃお前、無限に増え続けられたらこっちが困るからだよ。人の生活に水は必須だ。使った水は流さにゃならん。その水を垂れ流せば、土地が汚れちまう。だからジェルで浄化してから流す」

「ふむふむ」

「だがジェルを浄化に使えば増え続ける。だから適当なところで間引きするのが、この依頼ってわけさ」

「そういうことか」


 俺はグラントが言いたいことを理解し、大きく頷く。

 しかしそれはそれで、微妙に可哀想な話だと感じていた。

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