第16話 特訓の成果

 一時間ほど案山子にもたれていただろうか。

 その間もグラントに講義を続けてもらい、俺は魔法の基礎を学ぶことができていた。

 どうもこの世界には身体中を駆け巡る生命力を基点とした命力オーラと、体内で生み出され蓄積されていく魔力マナが存在するらしい。

 オーラを使用することで体術スキルや身体強化、マナを使用することで魔法が使用できるようになる。


 ただしマナは体内に蓄積されていく性質上、一度体外に放出しないと魔法として使用できない。

 そこで必要になってくるのが、マナを放出する経路パスである。

 俺はミュトスにより、このパスを最大まで拡大された状況になったため、本来魔法を学ぶための期間が大幅に短縮されるそうだ。


「まぁ、パスが開いていたとしても、それを制御する力がないと魔法にならねぇんだけどよ」

「知識は大事ってことですね」

「それでも放出量が大きい方がいいのは変わらないんだけどな。魔術師の連中になると、パスのデカさも桁外れだ」

「ちなみにグラントさんと比較すると、どれくらい違うんです?」

「そうだな、俺がこのコップから流れ出るくらいの量だとしたら……」


 グラントは井戸の端に置かれていた、洗面用だろう木のコップを手に取り、桶で水を汲み上げてからそれに水を注ぐ。

 そしてコップをひっくり返し、中の水を地面へと流す。


「連中の放出量はこれくらいだな」


 そして今度は、桶そのものをひっくり返し、中の水をぶちまけてみせた。

 つまり、グラントがコップ一つ分の放出量で、魔術師を名乗る連中は桶一つ分くらいという例えだ。

 そう言えばミュトスは、俺の放出量はどれくらいと言っていたかな?

 確か……俺やセラスは針の穴くらいの放出量だったとか。それがダムの放出量並になったとか言っていた。


「ダメじゃん!」


 俺は今の自分の放出量を思い出し、思わず頭を抱えようとした。腕はまだ動かなかったが。

 だがグラントはそんな俺の嘆きを、魔術師と比較してのものだと勘違いしたらしい。


「まぁ、そう悲観するな。俺でもこの程度の魔法は使うことができるんだ」


 そう言うとグラントは乾燥ドライという魔法を使用した。

 すると地面にぶちまけられた水が、瞬く間に乾いていく。


「これは……すごい」

「こいつは小さい魔力でも効果が大きい、いわゆる生活用の魔法の一つさ」


 その効果を見て、セラスは驚愕の声を上げる。

 彼女も俺と同じく、収納以外の魔法が使えないらしい。


「俺が使えるのはこれに、創水アクアクリエイト浄化ピューリファイ着火ティンダーくらいのもんだ」

「それ、私でも使えるのですか?」

「俺でも大丈夫なんだから、平気なんじゃないか? ちなみにこんな使い方もできる」


 そう言うとグラントは自分の服に地面の土をこすり付け、わざと汚した。

 次に創水アクアクリエイトの魔法で頭から水をかぶり、浄化ピューリファイの魔法を使用する。

 すると服の泥汚れが、瞬く間に消えていった。

 最後に乾燥ドライの魔法を使用して、元の通りになってしまった。


「ちょっとした洗濯みたいなもんだろ? 浄化ピューリファイの魔法は水の中の不純物を消しちまうから、それを利用して濡れた服の中の水分に含まれた汚れを消しちまうんだ」

「便利知識ですね。森の中だと特に便利そうだ」


 森に囲まれたこの村では、どこに行くにも森の中を歩かねばならない。

 そして森の中を歩くと、否応なく汚れが付きまとう。

 靴やズボンの裾の汚れだけでなく、木々に触れた服や草の汁に至るまで、千差万別の汚れだ。

 それを水で洗濯するのは、結構な苦労になるはず。

 しかしこの魔法があれば、洗濯は瞬く間に終わってしまう。

 独身の男にとっては、垂涎の魔法と言えるだろう。


「ってわけで、まずは安全な創水アクアクリエイトの魔法から使ってみようか」

「いきなりですか!」

「習うより慣れろって言うだろ」


 ニカッと悪意なく笑うグラント。

 そんな彼に毒気を抜かれて、俺とセラスは押し切られるように魔法を使うことになった。


「まずは魔力を放出する感覚を覚えることだな。創水アクアクリエイトなら他に被害が出る心配はない。思いっきりやっていいぞ」

「そ、そうなのか?」

「お前さんは見かけと違って、どうも引っ込み思案なところがあるらしいな」


 恐る恐る手を差し出して魔法を使用しようするセラスに、そんな指摘をしていた。

 確かにその傾向はあるように、俺も思える。

 彼女は素直だが無口で、そんな性格が影響したのか、対人関係においてやや臆病な部分が見受けられた。


「外に出た魔力は、こんな感じに誘導するんだ」


 グラントは地面に何やら図形を描き、それをセラスに見せている。

 どうやら体内に出た魔力をその図形のように誘導することで、魔法が発現するみたいだ。

 最後に起動言語を口にすれば、魔法が発動される。


「――創水アクアクリエイト


 かなり力んだ口調でセラスが唱えると、手のひらの先からチョロチョロと水が零れ落ちた。

 その量はグラントより遥かに少ないが、確実に魔法が成功していた証でもある。


「で、できた?」

「まぁ、そこいらの主婦でも使ってる魔法だからな。この辺の魔法ならわりと簡単だろ」

「で、でも私は今まで――」

「剣も『見て覚えた』らしいし、あんた、自分から教えを乞うの、苦手だろ?」

「うっ!?」

「我流じゃあ、剣はともかく、魔法は厳しいだろ」

「そうだったのか……」


 グラントが教えたことは基本的に大したことではない。

 だがパスを意識してマナを放出する方法とか、放出した魔力を図形状に誘導する方法などは、見ているだけでは覚えられなかっただろう。

 そういう点では、この男は教師に向いているかもしれない。


「しばらくはその魔法でマナを放出する感覚を覚えるんだ」

「はい、師匠!」

「し、師匠……やはり、いい……」

「お巡りさん、この人です!」


 セラスに師匠と呼ばれ、陶然とした表情をしたグラントは、正直言って気持ち悪い。

 俺が思わずそう叫んだとしても、非難はされまい。


「お巡りさんが誰か知らんが、人聞きの悪いこと言うな!」

「いや、つい」

「ついじゃねぇよ。ほら、次はお前の番だ」

「ウス、がんばります」


 言われた通り、俺は体内の意識を向けてマナを手のひらへと誘導する。

 マナは全身を駆け巡るオーラと違い、みぞおちの辺りに常に留まっている。

 これは、この世界の人間には、ここに魔力を生み出す器官が備わっているかららしい。

 この世界に転生した俺にも、その器官は存在する。というか、ミュトスが追加したみたいだ。


「う……」


 しかし俺はそこから魔力を汲み出す作業に四苦八苦していた。

 簡単に言うと、魔力を少しずつ引っ張り出そうとすると、ズルッと全部抜け出ていく感覚を覚えていた。

 マナは目に見えないため、それがセラスやグラントと比べてどれくらい多いのか、判断がつかない。

 細かな制御ができない以上、ここは無理に少量の魔力にこだわる必要は無いかもしれない。

 そこで出せるだけの魔力を手のひらの先に引っ張り出し、グラントから教えてもらった図形の通りに成型していく。

 しっかりと形が整ったのを感じ取ってから、俺は起動言語を口にした。


「――創水アクアクリエイト


 すると手のひらの先から、大量の水が出現していた。


「フォッ?」

「な、なんだ、こりゃあ!?」

「え、ええ!? ええええええ!」


 奇妙な声が漏れた俺と、訳が分からず狼狽するグラントとセラス。

 生み出された大量の水は無制御に流れ始め、俺たちを押し流した。

 そして……グラントの家も流されたのだった。

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