第15話 魔力経路開通
耳元で叫ばれた『えぃ!』という可愛らし掛け声。
それと同時に俺はミュトスに強く抱きしめられた。
その抱擁の感触にどうしようもない興奮を覚えたのもつかの間、全身が瞬く間に熱くなっていく。
それはまるで骨から炎で炙られているかのような感覚で、熱さが激痛に変化するまで、さほど時間はかからなかった。
「あがっ、ががががぐがががぁぁぁああああああああ!?」
骨の髄に溶岩を流し込まれたかのような感覚に、全身が俺の意思とは無関係に跳ねあがる。
背骨がへし折れそうなほど仰け反り、背中に張り付いていたままのミュトスを下敷きにした。
しかしミュトスは俺を決して離さず、さらなる力を込めて抱き着いてくる。
その呼吸が少し荒いのは、俺の気のせいではない。
「がぐ、ぐげげげっげげげげ――」
「ああ、篠浦さんが私の腕の中で、こんなに躍動して……しかも私の魔力を受け入れて……」
ハァハァと興奮する声が、消え行く意識の中で聞こえてくる。
やがて俺とは別の痙攣を感じ、俺は意識を手放したのだった。
頬をくすぐるような感覚で、俺の意識は覚醒していく。
次に目を覚ました時、いつものようにミュトスに膝枕されていた。
少し紅潮した表情のミュトスは、俺が目を覚ますと頬を撫でていた手を放す。
「おはようございます。気分はどうですか、篠浦さん」
「あ、ああ……なんだか……身体が重……いた、いたたたた!?」
「安静にしてください。転写した魔術の経路が安定するまでは、まともに動けないはずです」
「いや、この空間なら、怪我とかすぐ治るんじゃ?」
「それは物理的な怪我に限りますよ。今回の場合、急場凌ぎであなたの身体の中を作り替えたわけですから、馴染むまで時間がかかります」
今までは俺が自分の力でスキルを覚えていたわけだが、今回はミュトスの力によるところが大きい。
それだけに俺への負担は今までの比ではなく、覚醒してからも全身の骨が砕けたかのような感覚が残っていた。
「いや実際背骨とか砕けましたからね。この世界だからこそできる無茶な修行です」
「もう少し手加減しててくれないモノかな?」
「それだと体感時間で数年はかかりますよ? 今回は『できるだけ早く』というリクエストでしたので」
「クッ、身から出た錆か」
確かに俺は、なるべく手早くと口にしていた。
だからミュトスはこんな手法を取ったのかもしれなかった。彼女に常識は通用しない。
相手は人間の姿をしているが、神という人間の理解を超えた存在であることを忘れていた俺のミスだ。
だがしかし、今回の訓練で俺は一つ疑問に思うことがあった。
「なぁ?」
「なんでしょう?」
身体を起こせない俺に対し、膝枕を続行しつつミュトスが答える。
その表情は、どこか満足げな雰囲気を漂わせていた。
「今回、俺の
「ええ、そうですね」
「それってさ。俺の特訓の結果、得たスキルってわけにはならないんじゃないか?」
今回得たパスはミュトスの物だ。
この『神様トレーニング』とやらは、この空間で俺自身が精進してスキルを得るという加護だったはず。
なら今回魔の経路を転写してもらうというのは、俺の加護の範疇を超えているのではないかと、考えていた。
「まぁ、反則ギリギリではありますけど、大丈夫ですよ。そもそも転写するだけでも命がけですし、それを乗り越えて身体に定着させたわけですから、その『努力』は否定できません」
「そういうものか?」
「そういうモノにしておきましょう」
にっこりと笑うミュトスに、俺は身体の力を抜いて身を
頭に感じる柔らかい感触と、火照った身体を撫でるそよ風の感触が心地いい。
どうせしばらくは身体が動かないらしいのだから、ミュトスには悪いがしばらくこのままでいてもらおう。
ミュトスも何を思ったのか、俺の頬を撫でてくる。その指先が冷たくてくすぐったい。
「それに私は経路を開いただけに過ぎません。ここから先で魔法を覚えるには、篠浦さん個人の努力が必要になります」
「そこは普通なんだな」
「ええ。ただ私の経路を転写しましたので、一気にドバッと魔力が出ることがあるので、注意してくださいね?」
「ハ?」
「ドビュッと出ます。ナニかが」
「言い方ァ!?」
穏やかだった会話が、唐突に不穏な方向に方向転換し始めていた。
その言葉に俺は、再び背筋が凍る思いをする。
「普通の人が大体水道の蛇口くらいの魔力放出量があるとしましょう」
「お、おう」
「今までの篠浦さんやセラスさんは、針の穴から水が漏れるくらいだったんです」
「へぇ?」
「でも私の経路を転写された篠浦さんは、ダムの放水量よりも放出量が多いと考えてください」
「おおぅい!?」
なんだそれは。それってすでに人間の魔力放出量を超えているんじゃないか?
「あ、大丈夫ですよ。保有する魔力量自体に変わりはありませんから。篠浦さんの場合、持ってる魔力を余すところなく使えるようになっただけです」
「ああ、それなら良かった」
「異世界転生者の魔力値は、元から普通よりかなり大きいのですけど」
「おぃ、今なんて言った!」
俺は跳ね起きようとしたが、全身を襲う激痛でのたうち回る羽目になった。
ミュトスはというと、俺の追及から逃れるかのように、視線を背けて口笛を吹いていた。
「おおっと、そろそろお時間のようですね! 名残惜しい限りです」
「待てコラ!」
「いやー、本当に残念ですね! 私としてはもう少しご一緒したかったのですが! これは本心ですよ?」
「クッソ、覚えてろ!?」
言うが早いか、俺の意識が薄れていく。
何度か経験したが、これは元の世界に戻る時の前兆だ。
そうして目を覚ました俺は、気が付くとグラントの庭で崩れ落ちていたのだった。
「お、おい! どうしたシノーラ、体調が悪いのか?」
「ひょっとして、怪我でもしていたのか? なんだか不穏な倒れ方をしたぞ」
「マジか! ちょっと待ってろ、いま治癒術師の先生を呼んできてやるから……いや、担いで行くか!」
現実に戻った俺は、いまだに身体の自由が利かない状態だった。
なのでその場に立つことができず、崩れ落ちてしまったのだ。
訳を知らないグラントやセラスから見れば、俺が突然倒れたように見えただろう。慌てるのも、無理はない。
「いや、大丈夫だよ。俺は急にこうして倒れちゃうことがあるんだ。しばらく休めば元に戻るから、寝かせといてくれれば」
「そ、そうなのか? なんだか身体の力が急に抜けた時特有の、危ない倒れ方をしてたんだが?」
「よく分かるね、セラス。まぁ、そんな感じなんだよ」
セラスは道場を覗き見て自己鍛錬していた。その光景の中で、一瞬で意識を飛ばされた者の姿もあったかと思われる。
だからこそ、俺の倒れ方が危険だと判断していた。
しかし俺の意識はしっかりとしていることで、少し安心したような顔をしてみせた。
この時の安堵した表情は歳相応に可愛らしかった。
「そうだ、グラントさん。この近辺に水晶とかあるかな?」
「唐突だな。水晶か……ちょっと見掛けねぇなぁ」
グラントは俺を抱き上げ、庭の案山子にもたせ掛けてくれる。
なんだろう……先ほどまでミュトスに膝枕してもらっていたというのに、今は鎧を着せた案山子にもたれている。
なんだか、心の底から落ちぶれてしまった気分になってしまう。
「そっか。まぁ無い物は仕方ないか」
透明な水晶があれば、眼鏡が作れるかもしれない。
この世界は、古代から中世に至る文化レベルらしいから、眼鏡が存在しなくてもおかしくない。
だけど物理法則などはほぼ日本と同じだったから、透明な加工できる板があれば、眼鏡を作ることは可能なはずだ。
セラスは視力さえ矯正すれば、きっとその才能を開花させることができるはずだ。
これは心のどこかに、常に気にかけておくことにしよう。
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