第14話 魔法習得訓練

「まず、魔法と俺たちが使う体術では、使うもとになるエネルギーが違うんだ」


 グラントは庭に立ったまま、魔法に関する講義を始めた。

 正面に立つ俺とセラスは、それを神妙な顔で聞く。

 特にセラスは鋭い目つきのままだ。


「セラスも収納しか魔法使えないの?」

「うん。私は剣も魔法も、覚えが悪くって」

「それなのに傭兵になろうと思ったんだ?」

「昔から憧れてたから。剣も近所の道場を覗いて……ゴホン」


 そこで彼女は、慌てたように咳をしてごまかす。

 そりゃ、こっそり覗いて剣術を学んでいたというのは、外聞が悪い。

 とはいえ、見ていただけで剣術スキルを習得したのだとすれば、それはそれで凄いことだ。

 彼女にはよほど剣の才能があったと見える。


 もっとも、目の悪い彼女が覗けるほど近付けるとなると、道場の人間も分かって覗かせていたと思われる。

 可愛い少女に熱い視線を向けられたのなら、修行に熱も入るだろう。


「見ただけで剣術を学んだってのも凄いね。見取り稽古ってやつかな」

「そんな……結局私は、攻撃も当たらない半端者にしかならなかったし」

「いやいや、それは視力が原因であって……」

「お前ら、まじめに俺の講義を聞けよ」


 魔法関連の話題で雑談に盛り上がっていた俺たちを、グラントがたしなめる。

 こればっかりは俺たちが悪いので、揃って頭を下げると、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

 互いに顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。

 その瞬間、俺の意識はまたしても暗転した。




「篠浦さん、ロリコンはいけないと思います」


 目を開くと同時に、もう慣れたミュトスの顔が飛び込んでくる。

 その頬は少し膨らみ、険しいしわが刻み込まれた眉間は、立腹を表現していた。

 おそらく彼女は、俺がセラスと仲良く談笑していたことに腹を立てているのだろう。

 それはともかく、俺としても彼女には言いたいことがある。


「ミュトス、呼び過ぎ」


 この世界に来てまだ一日と少し。二日すら経っていない。

 だというのに、こうして呼び出されるのは、もう二度目だ。


 最初のサベージボアは理解できるが、今回は命の危険のない状況からの召喚である。

 この頻度で呼ばれていたら、俺の精神が参ってしまう。

 たとえこの空間で精神が壊れなくとも、元の世界に戻れば普通に疲労するのだから。


「いえ、今回は魔法の特訓と同時に、篠浦さんに言いたいことがあったので特別です」


 特別、と聞いてまず思い浮かんだのがセラスとの関係だった。

 彼女の雰囲気は女性らしさが乏しく、僕も友人か妹のように気安く接することができていた。

 それがミュトスからすれば、気安過ぎると感じたのかもしれない。


「だから、セラスとは何でもないんだって。言うなれば弟子仲間みたいな関係で」

「そのわりには彼女、屈託のない笑顔を浮かべてましたね?」


 ジトッとした視線は、その趣味の方々なら『ご褒美』と喜ぶことができただろう。

 特にミュトスの顔にはセラスやグラントに有った威圧感はほとんどなく、不機嫌顔ですら彼女の魅力を引き立ててしまっていた。

 子猫のような愛らしさを持つその表情の変化を楽しんでもよかったのだが、この空間で待っているのは地獄の特訓である。

 特にスキルを習得するまでは出られないという条件が、過酷さを加速させていた。


「それで、今回は命の危険もないのに、何で呼び出されたんだよ?」

「さっきも言いましたが、魔法の特訓ですよ。直接的な命の危険はありませんが、危機に瀕した時に急に魔法が使えますってなったら、周囲の人にも不審に思われるでしょ?」

「そりゃそうだけど」


 ミュトスの言うことももっともで、傍から見れば、俺は急に魔法やスキルを習得したように見える。

 それは実力を隠していたとも判断されかねない。

 もし致命的なミスで仲間を失ったりした後で、そんな現象を目撃されたら、どう思われるかは想像に難くない。

 特に魔法は便利な物が多く、それを隠していたと思われると、手を抜いていたと判断されても文句は言えないはずだ。


「言いたいことは分かるけど、もっとこう、効率的な訓練ってないかな?」

「いきなり手抜きをご所望ですか?」

「いや、手抜きってわけじゃなくてさ。ここで長い時間過ごしていると、戻った時の違和感が凄いんだよ」


 サベージボアに追われていた時ですら、状況を思い出すまで少しかかっていた。

 今回は周囲にいる相手がグラントとセラスだけに、そんな微妙な間を作りたくなかった。


「フム、では今回は手っ取り早い習得を行いましょう」

「そんなのがあるのか! あるなら前もそっちでやってくれよぅ」

「いえ、脳への負担が結構大きいので、私も遠慮してました。でも篠浦さんがそこまで仰るなら!」

「あ、やっぱやめとく」

「篠浦さんがそこまで仰るなら!」

「だからやめるって!」

「仰るならっ!!」


 わくわくした視線を隠そうともしないミュトスに、俺は悪寒が背筋を走るのを感じていた。

 このドS女神は俺が苦しむ姿を見るのを楽しみにしている節がある。

 しかもそれに性的興奮を覚えている可能性が高い。現に彼女の頬は、すでに赤く染まりつつある。

 というか、鼻息がすでに荒い。


「大丈夫ですよ、今回は本当に一瞬で済みますから」

「そこまで言うなら……」


 俺は真剣にそう言ってくるミュトスの言葉に、あまり深く考えずにそう答えたのだた。




 そんな俺の判断を、早くも後悔していた。

 今、俺は雲の床の上に座り、その背中にはミュトスがぴっとりとしがみついていた。

 その柔らかく温かい感触に、心臓が気持ち悪いくらいに暴れ回る。


「な、なんでこんなに密着するのかな?」

「今回は身体全体に魔力経路を転写するので、接触面積が大きい方がいいんですよ」


 魔力はオーラのように、身体の内部を駆け巡っているわけではない。

 体内に滞留している魔力を一定の流れ、すなわち経路パスに沿って移動させ、体外に放出して初めて魔法となる。

 そのパスが大きければ大きいほど、魔力放出量が多くなり、効果が増強される。

 どんな魔法を使うにしても、このパスが閉ざされている状態では、魔法を放出することができない。

 収納魔法が簡単に使用できるのは、収納空間が体内に設定されている魔法だかららしい。


「本来ならば、このパスは自力で開発して開く必要があるのですが、今回は時間短縮ということで私のパスを転写することにしました」

「それは分かる」

「なので、私のパスを全身に転写するため、接触面はより広く確保しておく必要があるのです」

「そうなのか? それだけなのか?」


 これが彼女の好意によるものだと思ってしまうのは、俺の自意識過剰だろうか。

 彼女は神を名乗る存在で、万人に向けて博愛を向ける存在でもある。

 だから俺一人だけ特別にこういう対応を取ってくれていると己惚れるのは、危険だ。

 もっとも、何度も顔を合わせる存在というのは俺だけなので、そういう点では特別扱いされていると思いたい。


「も、もちろんそれだけですよ? やましいところはこれっぽっちもありません」


 そう言えば、彼女は俺がセラスに好奇の視線を向けたことを、ここに送られた後で真っ先にそれを注意していた。

 神聖な存在故に、潔癖な性格をしているのかもしれない。

 とはいえ、背中に当たる控えめだが極上の柔らかさを持つなにかとか、首元にかかる温かくくすぐったい吐息とか、僅かにかかる彼女の髪から香る芳しい香りとか、まるで劣情を刺激しまくるかのような感覚に耐えるのは辛い。

 ただでさえそんな状況なのに、彼女の足は太もも剥き出しにして、俺の腰に巻き付いていた。

 いわゆる『だいしゅきホールド』の構えである。背中からだが。正面から出ないのが凄く惜しい。


「その、この足はなんとかならない?」

「言わないでください、私も恥ずかしいんですから。でも少しばかり暴れると思われるので、こうしてしっかりと固定する必要があるんです」

「なんで暴れるんだよ?」

「そりゃ激痛……いえ、なんでも」

「待って、今なんて言った!?」

「それじゃ行きますよー、えぃ!」


 俺の言葉など一切の聞く耳を持たず、ミュトスは容赦なく『転写』を開始したのだった。

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