第13話 スキルの存在
グラントの家は、村の中でも柵沿いに近い位置に存在した。
家自体の規模は小さく、掘立小屋に近い。
しかし家の裏には薪置き場と生垣に囲まれた裏庭があり、そこには鎧を着せた案山子なども存在していた。
「あんまり激しい鍛錬をすると苦情が来るからよ。こんな村の端っこに小屋建ててんだ」
「一応人の目も気にするんだね」
「俺を傍若無人な男だと思うなよ?」
熊みたいな外見をしているので、なんとなくそういうイメージが先行していたのは否めない。
グラントは庭の隅に立てかけていた木の棒をいくつか取り出し、こちらに渡してくる。
「ほら、これで剣の代わりになるか?」
「ん、問題ない」
受け取ったセラスは二、三度棒を振ってから、そう答える。
その素振りの姿は、素人の俺から見ても卓越した技量を感じさせた。
素人のする素振りと違い……こう、無駄がなく、姿勢がビシッと決まっているのだ。あと風切り音も普通じゃない。
グラントもそれを感じたのか、小さく頷いた後、斧を模した木の棒を取り出す。
「よし、じゃあまずセラスの腕前を確認させてくれ。シノーラは……見るまでも無いからな」
「ほっとけ、どうせ素人だよ!」
喚く俺を無視して、グラントはセラスと対峙した。
距離が離れているのか、セラスの目がまた鋭くなっている。
木斧を構えるグラントと棒を構えるセラス。どちらも素人目には隙のない構えに思える。
あえて言えば、グラントの方がやや余裕があるだろうか?
互いに隙を窺う、膠着状態。
セラスもその状況をもどかしく思ったのか、先に動いたのは彼女の方だった。
「せえぇぇぇいっ!!」
裂帛の気合と共に一息で間合いを潰し、グラントに斬り掛かる。
正面からの大上段の一撃。彼女が膠着状態から導き出した答えは、駆け引きも何もない、真向からの力押しだった。
その一撃に対し、グラントは防御の姿勢……すら、取らなかった。
正面から斬り込んだセラスの棒は、グラントに五十センチほど届かぬ手前で振り抜かれた。
剣を振り下ろした体勢で、硬直するセラス。
グラントも先ほどと違い、なんだか生温い視線を彼女に送っていた。
「あー、うん」
「いや、これはその、あの……」
「言わんでいい。セラスの問題点は分かったから」
「うぅ……」
赤面して顔を伏せるセラス。確かに彼女の問題は、どうやら致命的な様子だった。
がっくりとうなだれたセラスから俺の方に視線を移し、グラントは木の棒を差し出してくる。
次は俺の出番ということなのだろう。
しかし俺は、日本でも剣に触れたことも無ければ、剣道を嗜んだこともない。多少、高校の授業で齧ったことがあるくらいだ。
そんな俺が、剣術でグラントから合格を取れるとは思えなかった。
「正直、全然自信がないんだけど」
「かまわないさ。これは今の時点で、お前らがどれくらい戦えるかを見る試験なんだから」
そう言われると、少しだけ気が楽だ。
元々俺が戦えないことは、すでに知られている。
俺は棒を手に取り、グラントと対峙した。
正面に立ってみると、彼の威圧感が直接こちらに伸し掛かってくる。
ひょっとするとセラスが飛び込んでいったのは、この威圧感に負けてしまったからかもしれない。
「どうした、来ないのか?」
怖じ気付いた俺を察したのか、グラントの方からそう声をかけてくる。
俺は答えることもできずに立ち尽くしていると、グラントはこちらへと踏み込んできた。
「なら、俺の方から行くぞ!」
小さく、明らかに牽制の意味を含んだ木斧の攻撃。
しかし俺は、これを明確に視認することができていた。
いや、牽制なのだから本気ではないのは分かっている。それにしても、この攻撃は遅い。
「――っ!」
訝しみながらも、俺は攻撃を躱す。グラントは躱されたのが予想外だったのか、一瞬動きを止めていた。
俺はその姿を認識し、反射的に手に持った棒を振るった。
手に持った木斧を下段に構えた、やや崩れた体勢。普通なら躱せるはずもない攻撃のはず。
しかしグラントは、この攻撃をあえて受け止める動きに出た。
「――
砦を意味する言葉。それを口にし、完全に動きを止める。
俺の攻撃はそんな彼の首筋へと、滑るように撃ち込まれていった。
しかし木の棒は彼に触れると同時に、鉄を叩いたような手応えを俺に返してくる。
あまりの衝撃に手から木の棒がすっぽ抜けてしまう。
そんな俺の首筋に、グラントの木斧が突き付けられていた。
「参りました、降参です」
「いや、こっちの方が焦ったぜ。意外とやるじゃねーか」
「最後のはなんです?」
「ん、今のか?
そう言えば、俺はスキルをいくつか持っているが、その使い方に関してはあまり知識がない。
というか、スキルというモノに関する知識が、圧倒的に不足していた。
「スキルに関して、いくつか質問しても良いですか?」
「かまわんぞ」
「さっき俺は動体視力のスキルを使用したんですけど――」
「ああ、それであの動きか。あれには驚かされた」
「さっきの
「ああそれは、常時起動型と能動起動型のスキルの違いだな。常時起動型は意識せずとも勝手に起動してるスキルだ。逆に能動起動型はさっきの
なるほど。しかし声に出さないと起動しないのは、少し恥ずかしいな。
よく聞く無詠唱とかは不可能なのだろうか?
「能動型は声に出さないと起動しないんですか?」
「ああ、スキルってのは三つの条件で発動するからな。一つは
「えっと……」
グラントの説明に、俺は首を傾げる。
「オーラってのは、いわば生命力を特定のエネルギーに変換した物の事だ。能動型のスキルってのはこれを消費して効果を発現させるんだ」
「ふむ?」
言われてみれば、いくつか心当たりがある。
俺が二番目に覚えた頑強のスキル。最初は散々ミュトスに頭を砕かれたが、そのうち体内の力を額に結集させることで岩に耐えれるようになっていた。
しかし構えとか発声はした覚えがない。
「その、俺がさっき動体視力で攻撃を見切った時、声とか出さなかったんですけど?」
「常動型のスキルはそういう必要が無いからな。視力とかそういうスキルに関しては声を出す必要がないんだ」
つまり身体の硬さが強化される頑強も、同じように声を出す必要がない常動型ということか。
「能動型の特徴は、初動に構えが必要になるところだな。さっきの
「というと、どんなもんなんです?」
「例えば武器を強振する
「強振するんなら、普通に振っちゃダメなんです?」
「ああ。例えば普通に強振した場合と、オーラで強化して振る
「らしいって?」
「ま、詳しいことは俺にも分からんのだけどな!」
「脳筋……いえなんでも!」
思わず本音が漏れた俺に向けて、グラントが胡乱な視線を向けてきた。
これはミュトスもたまにしていた視線で、この後はたいていろくなことにならない。
「まぁ、
「へ、へぇ、神様ですか、すごいですねぇ」
突然出てきたミュトスの言葉に、俺は一瞬びくりとした。そう言えば、この世界で崇められている神様だったか。
しかしそれも当然で、この世界はミュトスが作り、巨大生物や魔獣たちと戦う術として魔術やスキルを用意したのは、紛れもなくミュトスである。
ならばこれをミュトスの加護と呼ぶのは、間違いではないはずだった。
「物理的に戦う傭兵や、俺たち猟師に取っちゃ、切り札みたいなもんさ。お前も覚えたら神様に感謝しろよ?」
「そうですね、確かに。あとでお祈りにでも行きましょう」
「そうしとけ。んで、物理的に戦う俺たちと対極に、魔法を使って戦う連中もいる。これが魔法士って奴らだ。連中は
「あ、魔法使いもいるんですね」
「そりゃ、こんな辺境でも一人か二人はいるさ。オーラと違って扱いが難しいから、数はいないけどな。で、魔獣の中にも魔法を使うやつがいるのは知ってるか?」
「え、そんなのもいるんですか!」
考えてみれば、魔法がある世界で魔法が人間だけのモノなんて保証は、何一つなかった。
ならば対策も、考えておかないといけない。
「まー、その辺の強敵はここいらには滅多に出ないからよ。安心すればいいさ。それよりちょっとした魔法は生活を便利にもする。例えば収納魔法だな。お前も使えるやつ」
「ああ、あれか。便利ですもんね」
俺が使っているのはインベントリーの加護だが、ここは無理に正す必要のない場面だ。
それにこの能力のおかげで、この世界に来て、荷物の持ち運びに苦労した記憶はない。
昨日の大量の金貨だって、実際に持ってみるとかなりの重さがあったにもかかわらず、インベントリーにしまい込んだら重さを感じなかった。
サベージボアにしてもそうだ。あの死骸を持ち帰れなかったら、俺は今も文無しだったはずだ。
「あと、収納魔法の容量の都合で、獲物を持ち帰れない時もある。そういう時は必要な部位を切り取って持ち帰る。そのためにも猟師に解体の知識は必須だ」
「あれ? でもそういう部署が猟師ギルドにもありましたよね」
運び込んだ獲物を預け、解体する部署が猟師ギルドにも存在していた。
そこに直接足を運んだわけではないが、解体所と書かれた扉が猟師ギルドに存在したのを見ている。
「そりゃ、プロがやった方が綺麗に解体してくれるし、買取価格も高くなるからな。持ち帰れるならあいつらに任せた方が、結果的に儲かるんだよ」
「なるほど納得」
「もちろん他にも便利な魔法はある。水を出す魔法とか、水を浄化する魔法。あとは乾燥の魔法とかな」
「へぇ、グラントは全部使えるんですか?」
「大した効果は発揮できないけどな。お前も覚えてみるか?」
「ええ、ぜひ」
「わ、私も!」
そんな俺たちの会話にセラスも割り込んできた。
どうやら彼女も、収納以外の魔法が使えないらしい。
そんなわけで、少しばかり心許無いグラントの魔法講座が始まったのだった。
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