第12話 彼女の弱点
少年たちが立ち去るのを見送って、少女は……突然肩を落とした。
その明らかに悄然とした姿は、見る者に哀れを誘う。
今にも床に手をついてしまいそうなほどに、落ち込んでいた。
「……やってしまった」
「お、おい嬢ちゃん?」
「ああ、すまない。心配をかけてしまったか? いや、大丈夫、私は大丈夫だ」
明らかに大丈夫ではない様子に、グラントが心配そうに声をかける。
しかしこういうイベントで速攻助けに入るとか、このおっさんもなかなかに主人公な性格をしているな。
普通なら俺が割り込むべき場面だったんだろうけど、一瞬
「どう見ても大丈夫じゃねーだろ。どうしたってんだい? ああ、俺はグラント・モーリスってんだ。こっちは弟子のシノーラ・コーエン。俺の弟子だ。」
「シノーラです。あと弟子を強調しなくていいから」
「いいじゃん、それくらいよぉ」
情けない顔でこっちを見るな。そんなに弟子が欲しかったのか?
「私はセラスィール・ハーヴェイだ。セラスと呼んでくれ。グラントの名は傭兵ギルドでも耳にするよ」
「そいつぁ光栄だな。で、なんだ、さっきの騒動は?」
「実は恥ずかしながら、私は剣が苦手でな……」
そういう彼女の腰には、やや長めの剣が吊るされている。
やや幅広でがっしりした造りの、見るからに実戦に向いた剣。これを彼女の細腕で扱うのかと思うと、不安になるくらいの武骨さだった。
それに彼女の言葉にも、奇妙なところを覚えた。
先ほど的確に少年の急所を貫いた一撃は、彼女の技量の高さを物語っている。腰の剣も使い込まれた痕跡があり、彼女の努力の跡が俺ですら見て取れる。
だというのに、その彼女の剣が当たらないというのはおかしい。どう見ても、少年よりも一枚も二枚も上手だ。
「戦力にならないから見下されたってところか。傭兵ギルドじゃ厳しいわな」
「こればかりは私が悪いんだが、その、さっきのは少し……」
「でも、さっきの攻撃を見る限り、かなりの腕前に見えたんだけど?」
俺はその疑問を解消すべく、直接彼女に問い正してみた。
彼女はそんな俺に鋭い視線を向け、逆に質問してきた。
「さっきのが見えたのか? 近くにいなかったのに」
「ああ、首筋にズドンだろ? 鮮やかだったよ」
「本当に見えていたんだな。いや、あれくらい近かったら、さすがに当てれるんだ。私は生来目が悪くて」
「なるほど、それで」
この世界の文明レベルは古代から中世レベルとミュトスは言っていた。
問題になるのはガラスの精錬技術だ。これがあれば、眼鏡を作ることができる。
彼女の不振の原因が視力によるものならば、視力さえ矯正できれば、彼女は一流の剣士になれると思われた。
「目か、そりゃしょうがねぇなぁ。そうだ、何だったらあんたも俺の弟子にならねぇか?」
「私が?」
「猟師ギルドはお気に召さないか? 傭兵ギルドじゃ、居心地悪いだろう」
彼女に悪いところはないとはいえ、『仲間を攻撃した』という事実は残る。
それを敬遠されると、新たな仲間を作ることは難しいかもしれない。
もっとも、連中も仲間の女性に手を出そうとしたという結果が残っているため、新たな仲間に女性が入ることは無いだろう。
それどころか悪評が広がって、仕事を依頼する者もいなくなる……はずだ。
「そう……なんだが、私は剣が気に入っていて……」
渋るセラスの視線は、グラントの腰につるされた斧に向かっていた。
おそらく、彼に弟子入りすると斧を使わされると考えたのだと思われる。
「狩りに剣を使ってもいいじゃねぇか。俺が斧を使っているのは、利便性を優先しただけだ」
「剣、使ってもいいの?」
不安げにグラントを見る彼女の言葉は、珍しく歳相応に幼く聞こえた。
彼女もこの先に展開に不安を感じていたらしい。
「構わん、構わん。むしろシノーラに剣を教えてやってくれるとありがたい」
「斧、覚えさせるんじゃないんだ?」
「斧は森の中じゃ便利だけど、対人なら剣の方が便利だからな」
そこで俺は、先ほどのやり取りを思い出した。
狩りをするだけならいいが、この先も村で過ごすなら、ああいった連中とやり合うこともある。
その時使い勝手のいい剣が扱えると、身を護りやすい。
「それで、いいのなら」
チラチラとこちらを覗き見るのは、断り辛いのでやめて欲しい。
もちろん、断る気は毛頭ないのだが。
「もちろん、こっちからお願いしたいくらいだよ」
「そうか!」
パァッと表情を輝かせる彼女。その時だけは目の鋭さが消えて、愛らしい表情になる。
いや、おそらく彼女の眼付きの悪さは、おそらく視力が低いせいだ。
物がはっきり見えず、それを見ようとして目を細める。それが視線の鋭さになっていたのだろう。
「そうと決まれば、早速行こうか!」
「どこへ?」
「もちろん、俺んちの庭だ。鍛錬用の
「……飯は?」
「…………お、そうだな」
忘れてやがったな、この野郎。
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