第11話 傭兵の少女
翌朝、俺は快適な気分で目を覚ました。
多少硬いが清潔なベッドと毛布。安全な寝床。これこそ文明の恩恵と言えるだろう。
猪の死骸の上で夜を明かすのは、決して文明的とは言えない。
「ふぁ……今日はグラントに猟の基本を習う日か」
なんだかこの異世界に来てから、なにかを習ってばかりの気がする。
異世界転生って、もう少しのんびりとしたモノじゃなかったか?
と言っても、この命の軽い世界では知識や技術が無ければ、それこそ即死する。
気分を切り替えて、朝食を取るために宿を出る。
腹ごしらえしたら、グラントの家に行かねばならない。
「あ……俺、あいつの家知らねーじゃん」
間抜けな話だが、何をするかの約束はしても、どこでやるかは知らなかった。
まぁ、約束が流れても、それはそれで俺には都合がいい。
何か新しいことをするということは、ミュトスが介入してくる危険も上がるということだ。
罠猟を学ぶつもりだったが、そのためにあの驚異のシゴキを受けたくはない。
そんな気楽な気分で村の中を散策する。
朝食を外でと言っても、俺は村について詳しくはない。
どこか食堂が開いていればいいのだが、朝の早い時間とあって、どこも開いていなかった。
「ああ、いたいた。おいシノーラ、こっちだ」
「え、グラントさん? どうして」
「宿に行ったら飯食いに出たっつーからよ。追いかけてきたんだ」
大きな村とはいえ、柵で覆われている以上、行ける場所は限られている。
それでグラントは俺がいるであろう場所を予測することができたらしい。
「こっちは商人たちが飯を食う小ざっぱりした食堂が多いんだが、飯に関しちゃ傭兵たちがいる区画のが美味いぜ」
「そうなんだ?」
「そりゃそうさ。マズい飯出したら暴れやがるからな、あいつら」
「どんだけ無法者なんですか、傭兵って」
「ハハハ、さすがに言い過ぎだったか? だが気が荒いのは事実だよ」
そう言いつつも、俺を先導して歩きだす。
俺も黙ってその後に続いた。彼のおかげで朝食にあり付けそうなのだから、断る選択肢はない。
俺は食堂に案内されると思っていたのだが、グラントに案内されたのは傭兵ギルドだった。
「なんで傭兵ギルド?」
「ここのロビーにゃ、食堂も併設されていてな。そこの食事が安くて美味くて量が多い」
「部外者が勝手に入っちゃっていいんです?」
「これもギルドの儲けになるんだから、かまやしねぇって黙認されてるよ」
そう断言して、ズカズカとギルドの中に入っていく。
その様子は慣れたもので、
俺も彼の後を恐る恐るついて行く。昨日から、この位置が定位置になりつつあるな。
「なんだ、グラントじゃないか。傭兵ギルドになんのようだ?」
「なんもねーよ、飯食いに来ただけ」
「またかよ。たまには仕事受けてけ」
「そのうちになぁ」
ギルド職員はグラントを見かけると、気軽に声をかけていた。
だが『依頼をしていけ』ではなく、『依頼を受けていけ』ということは、傭兵としても活動していると言ことだろうか?
「グラントさんは傭兵ギルドにも加入してるんです?」
「いや、猟師ギルドと傭兵ギルドは微妙な間柄でな。どちらも戦力を貸し出して討伐をするって側面がある。なもんで、一緒に仕事することも多くてな」
「へぇ」
「お前も腕が上がれば、傭兵ギルドと仕事することもあるだろうさ」
「そこまで凄腕になるとは思えませんけどね」
俺は荒事には近寄らず、平穏無事な生活を望むのだ。
平和な日本人が傭兵になるなんて、よほど特殊な生活をしていない限りは、やっていける気がしない。
「ああ、なんだぁ? 下水のジェル退治とかあるのかよ!」
そこへ飛び込んできた荒々しい声。見るとカウンターで四人組の傭兵が依頼票を見て声を荒げていた。
「いくら新人でも、そんな仕事回すなよな」
「いや、だがこれも、村の運営には大事な仕事だぞ」
「そんなもんは猟師の連中に任せとけよ」
四人組は男三人に女一人の組み合わせ。
男三人は十五から十代後半というところだろうか。だが彼らの中で一際人目を引いたのは、唯一の女性だった。
いや女性というよりは少女と言った方が正しいだろう。
明らかに十代前半。ミュトスよりもさらに若く、十二、三という年頃に見えた。
整った顔立ちに白銀の長い髪を首の後ろでまとめただけの髪型。
しかしなにより目を引いたのはその視線。
「うわぁ」
俺はその視線を受けて、思わず声を漏らしてしまった。
それほどに彼女の視線は鋭く、険しかった。
もはや半眼と言っていいくらいに細められた目。そこから漏れだす威圧感は、他の少年たちの比ではなかった。
おそらく腰の剣がなくとも、彼女の目を見れば傭兵と悟ることができるだろう。
「マシュー、それくらいにして。猟師の人にも失礼よ」
「あ? うるせぇよ、セラス。新入りが口を出すな」
少女はこちらに目をやり、少年を
リーダーと思しき男は、そのやり取りで一気に険悪な雰囲気になる。
他の二人も、どうやらリーダーと同じ意見らしかった。
「ちょっとばかり外見がいいから仲間にしてやったってのに、剣は当てられねぇわ、野営もろくにできねぇわでお荷物なんだよ、お前」
「なにを――」
「さすがに俺らも我慢の限界なんだよ。これ以上はなんかサービスでもしてもらいてぇくらいだ」
そう言うと少年は、少女の胸倉を掴み上げた。
少女はこの世界では珍しく、みぞおちまでの短いぴったりとしたシャツを着ているので、胸を引っ張られるとかなり際どい所までずり上がってしまう。
もう少しで見えるというところで、少女の目がさらに鋭くなり、一瞬手が動く。
それは動体視力と急所攻撃のスキルを持つ俺だから見えた動きだ。
現にグラントも何が起きたのか、理解できていなかった。
胸を掴んだ少年は直後に泡を吹いて気絶し、その場に崩れるように倒れ伏した。
「な、なんだ!?」
「マシュー、どうした!」
「レディの胸に軽々しく触れるな」
「んだとぉ!」
何が起きたのかは分からないが、少女――セラスが何かしたというのは理解したのだろう。
実際俺から見ても、彼女の攻撃は鮮やかの一言だった。
胸倉を掴むために近付いた少年に、右手の親指で首の側面を一撃で突き刺したのだ。
その一撃で瞬間的に首への血流が止められ、気絶したという寸法だ。
マシューという少年も、何をされたのか理解できなかっただろう。
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
それでも彼女が何かしたとは感じ取ったのか、ついには剣を抜いた少年たち。
それと同時に、いつの間にかグラントも動いていた。
少年のそばまで音もたてずに歩み寄り、剣を握った拳をその上から掴み取る。
万力のような握力に抑えられ、少年たちは身動き取れない状態にになっていた。
「その辺にしとけ。ギルド内の刃傷沙汰はタブーだぞ。これ以上やれば、お前らは奴隷落ちだ」
「くっ」
「おっさん、放せよ!」
「放してもいいが、とっとと出て行くか?」
「なにを――いててててて!」
体格も筋力量も、明らかに違い過ぎる。グラントがその気になれば、少年の拳を握り潰すことも可能だろう。
それを少年も察したのか、まるで人形のように首を振る。
「ならお仲間を連れてとっとと出てけ」
グラントの言葉に少年たちは、マシューという少年を抱えて、泡を食ったようにギルドから逃げ出したのだった。
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