第9話 商業ギルドでの商談
男だけになると、やはり話題に上がるのが女性の話。
特に先ほどのアデリーンの話は、俺も意図せず乗っかってしまい、商業ギルドまでの道中はその話ばかりになってしまった。
商業ギルドというのは、この世界で商人たちの情報や物流を取り仕切っている組織で、ギルドという存在する中では、かなり力を持った組織らしい。
金の流れをいち早く知り、必要な物資を儲けの出る場所まで運ぶ物流も制御していると言っていい。
それだけでなく、信頼できる傭兵の情報や、腕のいい猟師の情報なども、このギルドで取り扱っているらしい。
この世界において、金・情報・物を制御する国家を超えかねない怪物。それが商業ギルドだ。
グラントの案内で商業ギルドに向かうと、そこにはかなり大きな建物が存在した。
猟師ギルドも相当大きいと思っていたが、ここはそれ以上の大きさだ。
「で、でかいですね」
「この村は開拓村にしては規模が大きいからな。村を護るための兵士まで派遣されてるくらいだ」
「へぇ? それってすでに町の規模なんじゃないです?」
「まぁな。偉い人にとっては、それだけの価値がこの村にはあるんだろうよ。俺にはさっぱり分からんが」
そういえば、森の中にある村にしては村を囲む柵や掘りもかなりの大きさがあった。
規模からいえば、町と言ってもおかしくない大きさだ。だというのに、周囲はほとんど開拓されておらず、森は森のまま存在している。
村の規模と周辺の開拓度に齟齬がある気がしてならない。
「もっとも、しょせんはゲーム知識しかないんだけどな」
実際の開拓村の状況に関する知識なんて、俺にはない。これは開発シミュレーションゲームからの推測でしかなかった。
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。それよりこっちでいいんですか?」
俺はごまかすように、商業ギルド内のカウンターの方を指差す。
そこでは猟師や傭兵たちが獲物を買い取ってもらおうと、列を成していた。
「いや、そっちは一般向けの買取カウンターだ。お前さんの場合は物が高額になるから、直接こっちに行った方がいいだろうな」
グラントが指差したのは、少し小綺麗な別のカウンター。その隣には小部屋や階段が設置されており、どうやら商人たちがそこに並んでいるらしい。
「こっちは?」
「商談用のカウンターだ。高額な品なんかはこっちに持ち込むと、買取担当の商人が見てくれる」
「あっちでの買取の違いは?」
「あっちはそこの要望依頼の持ち込みだな。商人が毛皮が欲しいとか、牙が欲しいって書いてそこに張り出してあるんだ」
「……なるほど、冒険者ギルドの依頼票みたいなものか」
グラントは物怖じせず商人たちが並ぶ列に割り込み、緊急で商談に来た旨をカウンターに告げた。
相手も最初は怪訝な顔をしていたが、サベージボアの素材買取と聞いて、慌てて階段脇にある商談室へ案内してくれる。
俺はその間、何もするでもなく、ただついて回っただけだった。
商談室で待つこと数分。大して待つこともなく、商業ギルドの担当が部屋にやってきた。
「お待たせしました、サベージボアの素材の買い取りとお聞きしましたが?」
入ってきた商人は意外とすらっとしていて、某有名RPGの小太り商人よりも、デキるエリートサラリーマンという風情の男だった。
そんな彼が手ずからお茶を淹れ、こちらへカップを差し出してくる。
「今日はよろしくお願いします。俺はグラント・モーリス、彼の付き添いです」
「俺、いや僕はシノーラ・コーエンと申します!」
「はい、よろしくお願いします。私は本件の担当することになりましたエリン・ディオンです。それで商品は?」
「ええ、こちらに」
グラントの目配せで、俺はテーブルの上にインベントリーの機能で解体されたばかりの毛皮と牙を取り出す。
肉は血が滴って、テーブルや床を汚しかねないので、口頭だけにしておく。
「これは……噂通り素晴らしい品質ですね。まるで中身だけくりぬかれたかのように傷が無い……」
「ええ、特殊な解体法を用いましたので、傷は少ないはずです。家の秘密なので、詳細はお教えできませんが」
俺は商人を牽制するために、先にこう告げておいた。
これで彼は、さらなる追求を躊躇うはずだ。こういう解体法はかなり貴重で、傷のない解体ができる俺を不快にさせたら、今後の商談にも支障が出る……と思わせることが目的だ。
事実彼は、少し思案する顔をしてから、こちらに金額を提示した。
「なるほど。ではこちらも負けていられませんね。この毛皮なら装飾や服飾には向いていないでしょう。ですが頑丈さは折り紙付き。だとすると二十、いや二十二万ラピスでいかがでしょう?」
ラピスというのは、この世界の通貨の単位らしい。
銅貨一枚が一ラピス。百ラピスで銀貨一枚に。更に銀貨が百枚の一万ラピスで金貨一枚となる。
間に十ラピス相当の大銅貨、千ラピス相当の大銀貨なんてのも存在する。つまり十枚単位で効果が大きくなったり貴重な素材になると思えばいい。
ちなみにグラントの情報では、この村の宿に泊まるなら三百ラピスほどかかるらしい。
素泊まりなので、日本円の価値に直すと一ラピス十円くらいになるだろうか。
「え……?」
俺は提示された価格に、一瞬疑問を抱いた。
前もってグラントが見立てた価格は十五万ほどと聞いていた。それよりも遥かに高額な価格を、この商人は提示してきたからだ。
だがそんな俺の反応を不服と取ったのか、商人はさらに値上げを提示する。
「お気に召しませんか。では二十五万。これは、こちらで提示できる最大限の誠意とお考え下さい」
「い、いや、そうではなく」
二十五万……日本円に直すと二百五十万円ほどの価値。
それをあっさりとこの毛皮に付ける商人に、俺は戦慄すら覚えた。
十五歳の高校生の身では、一万円ですら高額だというのに。
「そうではなく? では不満ではないのですね。お譲りしていただいてかまわないでしょうか?」
「え、ええ」
外面は平然と。だが背中に何か嫌な汗を流しながら、俺は小さく頷いた。
正直十万を超える金なんて、一般的学生の俺は触れたこともない。
カラカラに渇いてきた喉を潤すため、出されたお茶を口に運ぶ。
「では、次はこの牙ですが、一つ三十万ラピスで」
「ブッフォ!?」
「ど、どうしました!?」
「いや、お茶が気管に……」
待って、さっきの価格ですら嫌な汗をかいているのに、それ以上だと?
だが商人はこれも俺の不満の表れと取ったらしく、さらに値を吊り上げる。
「ふむ、ではこちらは三十二万でいかがです? こちらは最初から適性を提示したつもりでしたが、今後の期待も込めてということで」
「いえ、不満だったわけじゃないんです!」
「そうなんですか? いや、ですが商人が一度提示した額を下げるわけにも行きませんか」
「ああ、その……申し訳ない」
「いえいえ、謝罪していただくほどではありませんよ。なんとなくあなたは、これからも良いお付き合いができそうですので」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
商人はにこやかに視線をこちらに向けてくれる。
おかげで俺の緊張も少しは解けた。
「では牙が二本あるので合計六十四万、毛皮と合わせまして、総額で八十九万ですね」
「ゲフッ!?」
「あと肉ですが――」
「いえ、肉は自分で食べますので!」
「そうなのですか?」
ここまでの価格だけで、俺の汗は止まらなくなっている。
これ以上は心臓に悪い。あまり心臓に負担がかかると、心臓を鍛えるためとか言ってまたミュトスに呼び出されてしまう。
「では、八十九万ラピスで交渉成立ですね。こちらの明細にサインをお願いします。その間に代金の手配をしますので」
「は、はひ」
俺はもう緊張で呂律がろくに回っていない。
ただ促されるままにサインをしたので、明細の確認すらできていない。
しかしグラントもいるのに、詐欺を働いたりはしないだろう。
とりあえず、思いもよらず大金が手に入った。肉という食料もある。
あとは宿さえ見つければ、この村でしばらく生活することができるはずだ。
その辺の斡旋はグラントに頼めば教えてくれるに違いない。
「……はい、確認しました。問題はありませんね」
「ええ――」
「ではこちらをお納めください」
別の職人がノックしてから部屋に入ってきて、ずっしりと重そうな革袋を商人に手渡す。
それをこちらの前にずいっと押し出してから、席を立つ。
「では、私はこれで。今後も良い商売を期待していますね」
その言葉に、俺も慌てて席を立ち、一礼する。
グラントも同じく席を立ったが、こちらは未だ鷹揚とした態度のままだ。
この辺が年の功というのだろうか?
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