第8話 猟師ギルド登録
アデリーンに促され、書類に必要事項を書き込んでいく。
と言っても、記入する場所は名前と年齢、それに性別くらいで、他は空欄でもオーケーという話だった。
文字も言葉も、ミュトスから貰った言語理解の能力のおかげで、まるで日本語を書くかのようにさらさらと書ける。
これに関しては、気を回してくれたミュトスに感謝せねばならない。
おかげで彼女のフルネームが、ネームプレートからアデリーン・ヘイズだと分かった。
「あれ? この得意分野って何です?」
「ん? ああ、それね。狩りをするのにどんな狩り方が得意かとか、どんな獲物を狩るのが得意かとかそういうの。新人なら特に記入しなくてもいいわよ」
書類を指差して、指摘してくれるアデリーンだが、その服がかなり無防備な状態だ。
こちらの世界の人間は、ミュトスを含め少し緩めな服を着ているようで、アデリーンもトーガとまで行かないがかなりゆったりした服を着ていた。
そんな彼女が前のめりになって書類の記入を指示してくるのだから、谷間とかどうしても目に入る。
こちとら思春期真っただ中の十六歳。少し年上のお姉さんのそんな場所を見せつけられて、興奮しないわけがない。
しかし興奮すれども、度胸はない。
張り付いてしまう視線を、バレたらどうなるかという羞恥心で強引に引き剥がし、書類に視線を落としていた。
そんな俺の横で、グラントだけは状況を把握しているのか、ニヤニヤとこちらを眺めている。
「はい、記入完了ね。これであなたは猟師ギルドの仮構成員になったから。こっちが身分証よ」
「ありがとうございます……って、仮?」
そう言うとアデリーンは俺に紋章を彫り込んだ木札を手渡してくる。
ここに俺の名前を書き込むことで、俺の身分を猟師ギルドが保証してくれる証となる……はずだった。
「ええ。よく知らない人間をすぐさま保証するわけにはいかないでしょ? 悪いけど三か月は仮登録という形を取らせてもらって、
「ああ、そういうことなんだ」
「これはどこのギルドも同じ方針だから、うちだけ厳しいとかじゃないのよ。そこんとこ、勘違いしないでね」
「いえ、当然だと思いますよ」
日本の会社だって仮採用期間というモノが存在する。見ず知らずの人間をあっさり組織に組み込むのは、さすがに怖いというのもあるはずだ。
ならばこの処置は当然のもので、これに異論を唱えるのは俺のわがままだろう。
「猟師ギルドの規則なんかはこっちの冊子に書いてあるから、後で読んでおいてね」
「はい。紙とか、あるんですね」
「そうね。この近辺は紙に適した木が豊富だから、これも一種の特産品なの。おかげで危険な魔獣が沸いても逃げることもできなくって。シノーラさんがサベージボアを倒してくれて、助かりました」
「いや、あれは猪の自爆みたいなものでしたから」
「それでもきっかけを作ったのはあなたでしょ。それに生き延びたのも。誇っていいことだと思いますよ」
にっこりと満面の笑みを浮かべるアデリーンに、俺は顔に血が昇るのを感じた。
もし彼女がクラスメイトで、日常的にこの笑顔を向けられていたら、勘違いしたかもしれない。
そんな妄想を、軽く頭を振って追い払い、俺たちは席を立った。
もう少し彼女と談笑していたい気もしたのだが……凄くしたのだが、この後の予定が詰まっている。
「それじゃ、俺たちは商業ギルドへ顔を出してくるわ」
「グラントさん、愛想よくしてくださいね? あなたが顔を出すと新人が怯えるって、エリンさんが愚痴ってましたよ」
「エリンの野郎……後で覚えてろ」
「その顔ですよ、その顔!」
「生まれつきだよ!」
軽口を叩き合うのは、長年の付き合い故だろう。その関係が少しばかり羨ましい。
俺はグラントに置いて行かれないように、足早に席を立った。
「ほら、無駄話はここまでだ。行くぞ、シノーラ」
「あ、待ってください。えっとこれ……」
「はい、この紐に通して首から下げておくと、持ち運びが楽になるわよ」
「ありがとうございます」
アデリーンさんから首から吊るす紐を受け取り、それを仮登録証に空いていた穴に通そうとする。
このためだろうか、仮登録証の木札には小さな穴が空けられていた。
しかし慌てていたせいか、なかなか紐を通すことができなかった。
「ほら、貸して。やってあげる」
「すみません。どうも不器用で……」
こちらに身を乗り出して手を差し出す彼女。その上半身がこちらに乗り出してきて、否応なく谷間に視線が誘引される。
顔を赤くして仮登録証を手渡すと、その視線に気が付いたのか軽く笑顔を返してくる。
こんな服装だし、男の多い猟師ギルドだから、そう言う視線にも慣れているのだろうか。
紐を通した仮登録証をこちらに差し出してきたので、僕はそれを受け取り、首にかける。
「それじゃ俺も行ってきます。アデリーンさん、今後もよろしく」
「ええ、こちらこそ。活躍を期待していますね」
花が咲き誇るような笑顔を浮かべる彼女は、やはり魅力的だった。
できるならあんな彼女が欲しかったな、と心の底から思ってしまう。
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