第7話 はじめての人里
俺はグラントの案内で、近くにあるという村に向かって歩いていた。
そんな俺を、グラントは妙な物を見るような視線を向けてくる。
「シノーラ、その服変わってんな。編み目とかほとんど見えねえ」
「あー、そうですね。服にはかなり奮発したから」
普通の学生服も、この世界の縫製技術からすると、かなりの上等品に見えるのだろう。
そう判断して、俺はそんな風に言い訳してみた。
グラントもそれを真に受け、あっさりと納得する。
「荷物……は収納の中か? 身軽に見えるが、武器くらいは持っとけよ?」
「ハハハ、故郷は平和なとこだったから、武装する習慣がないんです」
「そんなだからサベージボアに追っかけられんじゃねぇの? まぁ、あれはあっても対処できるような魔獣じゃないけどな」
と、始終こんな調子で軽口を叩き続けていた。
一応俺はグラントがかなり年上に見えるので敬語を使っている。彼の方はそんな俺に頓着せず、野放図な言葉使いのままだ。
だが、威圧的というわけではなく、その語り口はむしろ軽妙と言っていい。
おかげで俺も退屈せずに済んでいる。しかし会話の内容から、こちらを訝しむ様子は見て取れた。
「いやいや、旅の途中で短剣くらいは持ってたんですよ? 追っかけられて落としてしまいまして」
「あー、そういうことはあるかもなぁ」
グラントは『回収しに行くか?』なんて聞いてくるのだから、人の好い男なのだと推測できる。
だがさすがに落としてもいない短剣を探しに連れ回すのは、さすがに酷だ。
「いや、安物だったからいいです。代わりのモノとか手に入りますか?」
「そりゃ小さいっても村なんだから、刃物くらいはあるさ」
「あ、でもお金とか持ってないんですけど……えっと一緒に落としてしまって」
「そういう貴重品は収納にしまっとけよ。そうだな、サベージボアは結構高値で売れるから、それを処分すればいいさ」
「そうだったんですね。えっと、取り分は半分でいいですか?」
俺はゲーム感覚でそんなことを言ってみたら、グラントはさらに変な顔をしてみせた。
「お前、お人好しにもほどがあるぞ?」
「え?」
「俺は何もしてねぇだろう? そのサベージボアはお前さんのモノだ。分け前を貰うわけにはいかねぇよ」
「あー、確かに。でも村まで案内してもらってますし」
「そんなモンついでだ、ついで」
前言撤回。グラントはいい男だ、外見以外。だが今の俺にとって、人里まで連れて行ってくれることは、千金の価値がある。
タダというのは、こちらの気が引ける。
俺もなぜかここで意地になってしまい、すったもんだの交渉の末、売却価格の一割を彼に渡すことで交渉が成立した。
その騒動の間に、彼の言う『村』が見えてきたのは、余談である。
その村は森の中を切り拓いて作られた村で、しかししっかりと森の外への街道も整備されており、村の中へは川が流れ込んでいることもあって、水も豊かそうだった。
村は全体が強固な柵で囲まれており、魔獣への備えとなっていた。
柵の前には堀も掘られていて、意外と厳重な防備を誇っている。
「なんか、しっかりした守りですね?」
「ああ。そりゃあ、この近辺にはサベージボアが住みついてたからな。守りはしっかりしねぇと、あっという間に滅ぼされちまう。運良くくたばってくれて、ありがたい話だぜ」
「そんなに危険な獣だったんですね」
「まぁな。それよりシノーラは身分証とか持ってるか?」
「身分証……ないですね。田舎の出ですから」
「ここより辺境ってどんなところだよ? まぁいい。ならどっかのギルドで作ってもらおうか」
ギルド、と聞いて俺は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
ライトノベルなどでは定番の存在。やっぱり冒険者とかいるのだろうか? その気持ちを素直にグラントに伝えてみたら、またしても変な顔をされてしまった。
「冒険者? それ、何の仕事するんだ?」
「え、何の仕事って……そりゃ、魔物を倒したり、薬草を採取したり?」
「それって俺たち猟師ギルドの仕事だし、それで対応できないなら傭兵団の出番だ。薬草の採取は薬剤ギルドの管轄かな。ああ、錬金ギルドもやってるかも」
「冒険者、無いんですか……」
「身分証は身元を確認するためのモンだぞ。冒険者なんて曖昧な職業には、発行できねぇだろ」
「仰る通りで」
ゲームでは定番の冒険者だが、この世界では存在しないようだった。
ともあれ、俺はグラントが身元引受人になってくれたので、問題なく村へと入ることができた。
「そんなわけでサベージボアを売るために、こいつを村に入れてやってくれ。俺が保証するから」
「サベージボアを倒したのか!?」
「いや倒したってか、こいつを追っかけてった挙句、崖から落ちて背骨を折っちまったらしい。どっちにせよありがたいがな」
「ああ、奴がいなくなってくれりゃ、安心して森に入れるってもんだ。兄ちゃんには感謝しないとな!」
その際にサベージボアが死んだことを門番に伝えられ、結構な騒ぎになってしまったのは余計な話である。
どうやらあの大猪、この村に多大な迷惑をかけていたらしい。
おかげで大歓迎で村に入ることができた。
「まず、毛皮を売るなら商業ギルドか。兄ちゃんはどうする? 商業ギルドか、それとも俺と一緒に猟師ギルドに入るか?」
「え? ああ、そっか。証明書?」
「そうそう。猟師ギルドなら俺がある程度教えてやれるし、顔も利く。サベージボアの毛皮もあるから、商業ギルドで商売始めるのもいいな」
「うーん、どっちもってのは無理なのかな?」
狩りもしたいし、商売もしてみたい。ミュトスはこの世界で何をしろとは何も言っていないので、いろんなことに挑戦したいと考えていた。
なので商業と猟師、どちらのギルドにも入ることは可能かと聞いてみたが、意外と簡単に許可が出た。
「もちろん可能だ。ただ登録料は双方に払わないといけないから、長い目で見たら損するかもしれないぞ」
「なるほどぉ」
「それにギルド間でも交流はあるからな。普通は一つに入っておけば多少の融通はしてもらえる」
「それなら俺は猟師ギルドに入って、グラントさんに弟子入りした方がいいですかね?」
ここまでで多少仲が良くなって、砕けた口調で話し合えるようになっている。
俺としても、この気のいい男の世話になれる方が、後々の事も安心だ。
そんな思惑もあって口にしたのだが、グラントは弟子という言葉に過剰に反応していた。
「で、弟子? 俺に弟子だと!?」
「え、嫌なら別に――」
「とんでもない! いや、まぁそこまで言うならいいだろう。お前を弟子にしてやるのも、やぶさかではない」
「ツンデレか」
ムサいおっさんのツンデレなんて見たくもないが、扱いやすいのはいいことだ。
そんなやり取りをしつつ、俺は猟師ギルドへやってきた。まずはここで猟師ギルドに登録し、その後で商業ギルドへ毛皮や牙なんかを買い取ってもらいに行って、一連の作業は終了となる。
通りにある大きめの建物に、グラントは堂々と入っていく。どうやらここが、猟師ギルドらしい。
「おっす、アデリーンはいるかい?」
「いますよ。グラントさん、もう少し遠慮してくれない?」
そう言いながらカウンターの奥から顔を出したのは二十歳にも満たないような可愛らしい女性だった。
やはり異世界転生で受付嬢とくれば、美女、美少女だよなぁ。
「こいつを猟師ギルドに登録したいんだ。サベージボアを倒した期待の新人だぞ」
「ちょっと、やめてくださいよ! 事故で死んだのは知ってるでしょ!?」
「がはは、わりぃわりぃ。悪ノリしちまったよ。でもサベージボアが死んだのは本当だぞ」
「ええっ!? あの魔獣が死んだんですか!」
「ああ、こいつを追っかけてる間に崖から落っこちたらしい。解体はできてるらしいから、この後商業ギルドに行って買い取ってもらう」
「それで登録が必要になったんですね。わかりました、ではこちらへ」
そう言われ、俺はカウンター脇のテーブルへと案内された。
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