第2話 女神との出会い

 異世界転生。最近漫画やアニメ、小説、果ては映画などでも見かけることのできる設定。

 古くはファンタジーの古典から存在する、ここではないどこか別の世界へ冒険に出る話。

 チープな物からディープな物まで、古今東西、多種多様の作品が世に放たれ、受け入れられてきた設定。

 まさかそれが、自分の身に降りかかるなんて、誰が考えるだろうか?


「どこよ、ここ?」


 思わずそう呟いたところで、誰も俺を責められないだろう。

 俺、篠浦高遠しのうらこうえんは、一面が雲のような地面の上に立ち、呆然とそう呟いていた。

 真上には煌々と輝く太陽。下にはなぜか足がつく一面の雲。

 それ以外は真っ青な空の色で視界が埋め尽くされ、他に誰一人いない。


「おめでとーございまーす!」

「誰?」

「Oh、クールな反応ありがとうございます! 私は世界の管理を請け負う神です。大事なことなのでもう一度言いますね、私は神です」

「いや、二度目はいらないから」


 唐突に背後から声を掛けられ、誰何と共に振り返り、俺はそこで硬直した。

 そこにいたのは超が付くほどの美少女。年の頃は十代半ば。いや、それよりやや低いか?

 幼さの残る風貌だが、すでに完成されたと言ってもいい美貌を誇っている。

 しかし緩く波打つ輝く金髪を肩まで流し、俺の塩対応に片手で額を押さえ、仰け反った後こちらにズビシと指さす姿は、その美貌を全て台無しにしていた。


「それはともかく! 篠浦さん、あなたは異世界へ転生する権利を取得しました」

「は?」

「異世界へ転生する権利を取得しました」

「聞こえてるから」

「異世界転生できるんです、もっと喜んで」

「無茶振り!」


 そもそも俺は、高校に行く途中で駅の休憩室で座っていたはずだ。

 そこで急に眠気を催し、眠り込んだところまでは何となく覚えている。


「実はですね、清掃員が作業のミスで混ぜちゃいけない薬品を混ぜて、休憩室内を消毒したらしいんですよ」

「ほうほう、それで?」

「で、それが休憩室内にヤバい感じのガスが充満していき、入ってきたあなたは意識を失うようにポックリと」

「え、それが俺の死に様?」

「まぁ、そんなところです」


 なんてこったぃ。いや、せめて定番のトラック転生とか……主人公っぽくならなかったものだろうか。


「主人公っぽいポーズでしたよ。ボクシング漫画の」

「あした〇ジョーみたいな恰好!?」

「二度目ですがそれはともかく、あなたの魂は天文学的適性合致の結果、異世界へ送ることができます。もちろん拒否して輪廻の方の転生をすることも可能ですが?」

「異世界の方でお願いします」


 なんだその、選択肢があるようでないような選択肢は。

 輪廻転生とか記憶も何もかも消されるだろうから、選ぶ余地は一つしかない。


「あ、今更だけど、異世界ってどんな感じの異世界? イメージとしてはファンタジーな感じ希望なんだけど」

「そうですね。そちらの世界観だと古代から中世にかけての西洋に近い感じでしょうか。ようやく鉄器が普及し始めたところですね」

「なるほどぉ……魔法とかある?」

「ありますよ。魔法もスキルも、巨大怪獣も」

「最後ォ!?」


 巨大怪獣とか跋扈ばっこする世界で生きていける気がしないんですが!

 そんな俺の狼狽を見て取ったのか、少女の神さまは慌てたように手を振って否定する。


「あ、大丈夫ですよ。対抗手段もない状態だと、さすがに人類滅んじゃいますから。異世界の人は魔法やスキルで、そういった生物を倒せるんです」

「すげーな、異世界人」

「そんな世界ですから、あなたにも異世界に対応した力を与えて差し上げます」

「いわゆるチートって奴?」

「代償は多少いただきますので、それほどの力は与えられませんが。それと基本セットみたいなものも差し上げますね」

「基本セットとは?」


 セットとか異世界転生もジャンクな感じになったものだな。そんな感情は顔に出さず、俺は内容を確認する。

 もっとも神様にはその辺はお見通しのようで、『ジャンクだなんて失敬な』とかぶつぶつ言っていた。ひょっとして心が読めるのかもしれない。


「ゴホン、まず基本の一つは言語理解。向こうに行っても『言葉が分かりません』では生活もままなりません」

「そうだね」

「なので言葉と文字を理解する能力を差し上げます。ですがいくら言葉が分かると言っても騙されはします。詐欺には充分気を付けてください」

「そっか。ありがとう」


 確かに、古い異世界転移物だと言葉に苦労する作品も、結構見受けられた。

 そこをすっ飛ばせる能力を与えてもらうのなら、それは非常にありがたいことだ。


「次に収納……インベントリーの能力ですね。収納の魔法は異世界人ならほぼ修得している魔法です。大量の荷物を持ち運ぶ必要があるため、自然と発達した魔法でもあります」

「なんで?」

「そりゃ、獲物が桁外れに大きいですから」

「ああ、それで」

「篠浦さんは最初から魔法を使えるわけじゃないので、似たようなスキルを差し上げます。これでバレないように誤魔化してください」

「収納魔法をいきなり教えてもらうのはダメなの?」

「んー、一応魔法という範疇にある技能ですので、特典として教えるのは少し憚られるのです。特典として選択してもらうのならありですけど」

「そうなの? じゃあ、ありがたくいただいておくよ。ありがとう」


 地球では丸太から車輪、そして車輪を動かす動力へと文明が発展していった。

 もし魔法なんてものが実在し、収納魔法なんてものが存在するのなら、そちらが発展していってもおかしくない。

 やがては自転車のように、誰もが手軽に利用できる技術へと普及していくこともあるだろう。

 一見すると便利な魔法のように聞こえたのだが、一般市民の収納サイズは一メートル四方が平均らしい。そううまい話は存在しないか。

 代わりのインベントリーのスキルがどれほどの容量があるのかは、後で確認しておく必要はある。


「で、最後は特典能力です」

「さっき言ってたチートの特典だね?」

「ええ。危険な異世界ですので、身を守るためにいくつかの能力タレント技術スキルを差し上げようかと」

「どう違うの?」

「そうですね、スキルは後天的に覚えることも可能なものです。逆に先天的なものが才能系のタレントとなりますね」


 俺が首を傾げていると、女神はさらに言葉を重ねた。


「例えば、速く走るためのフォームなんかは後々覚えることができますが、どれだけ速く走れるようになるかは個人差があります」

「ふむふむ?」

「この場合、フォームがスキル、速く走れる上限の高さがタレントとなるわけですね」

「ほほぅ? つまりそれを俺がもらえると?」

「無償というわけにはいきませんが」

「ちなみに代償は?」

「……寿命です」

「おいィ!?」


 力を貰う代償に寿命が縮むとか、お前は神じゃない、悪魔だ!


「いやいや、早とちりしないでください! やはり力というのは代償をともなうもので、これに関しては魂の器の大きさとかそういうのが影響しちゃうんですよ」

「じゃあ、エルフとか吸血鬼とか、寿命の長そうな種族はいないの? できるならそれで」

「いることはいますが、代償は寿命全体の比率によって支払ってもらいますので、結局は短命になっていくかと」

「ふむふむ?」


 結局、強力な特典を貰えれば、寿命が縮んでしまうということか。


「いくつか聞きたいんだけど、タレントは習得速度みたいなものと考えていい?」

「そうですね、あと特殊能力なんかも入りますね。人の生には限りがありますので、タレントの有無はとても重要だと思いますよ。あと生まれつきの特殊能力とかもタレントに含まれますね」

「強力なタレントだと寿命が縮んじゃう例みたいなのを聞いていいかな?」

「えーと、確か不死身と全属性魔法適性と絶世の美貌のタレントを要求した人は、転生して三秒で寿命を迎えました」

「ダメじゃん!」

「まぁ、強過ぎるのは不可ということで」


 つまり適当な強さのスキルかタレントを選ぶことが大事ということか。しかしここは真剣に悩まないといけないところだ。

 おそらく異世界では、この選択が俺の運命を左右する。


 タレントを貰えば、その系統のスキルを効率よく覚えることができる。もしくは唯一無二の異能を得ることができる。

 しかしスキルは、時間を掛ければ覚えることができる。つまり後々習得できないタレントの方が有利か?

 問題になるのは、寿命の長さ。スキルを覚えていない状況のタレント頼りでは、できることが少なくなりかねない。

 そしてスキルを習得していくのは、結構な時間がかかるらしい。


「やはりスキルは自力習得を目指した方が効率がいいか」

「ならタレントを覚えるんですね。どの系統がいいでしょう?」

「うーん……そうだ、神様、スキルの習得を手伝ってもらえない?」

「は? 私がですか?」

「うん」


 要は修得期間の短縮ができれば、タレントを貰うのと同じ効果がある。

 ならば、腕の良いコーチを得ることができれば、最終的には習得期間の短縮が可能なはずだ。

 神様ならば、きっと良いコーチになるのではないだろうか?

 そんな下心も込めて、俺は神様にそう申し出たのだった。

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