神トレ! ~神様トレーニング(地獄の特訓)で異世界無双~

鏑木ハルカ

第1話 その強者、無自覚につき

 特に背丈が高いわけでもなく、肉付きも薄い、まだ成人前の子供。だと言うのに、『彼』を前にして何の恐怖も抱いていないように見えた。


「グ――貴様……」


 鷹揚としたその姿に『彼』は圧倒され、畏怖の声を漏らす。

 それは本来、あり得ない出来事だ。

 この大陸……いや、この世界において、彼は圧倒的強者として君臨してきた。

 いくつもの街を焼き払い、何万もの屍を積み上げ、喰らい、蹂躙してきた。

 そしてそれを止める事のできた者は、誰一人としていない。


 そんな『彼』の前に立つ少年は、今なお何の恐怖すら抱いていなかった。

 否、眼中にすら、入っていない。


「何者ダ、貴様!? ドコデソレホドノ力ヲ手ニ入レタ!?」


 本来、今までほとんど使用した覚えのない発声器官を強引に使用し、たどたどしい声で問い掛ける。

 戦えば敗北する。それも一方的なまでに。今まで自分が蹂躙してきた者たちと同じように。

 その確信だけが、今の『彼』を支配していた。

 それだけの力量差を、彼は周囲に発散していたのだ。

 だというのに、少年に気負う気配は欠片も無い。


「……ねぇ?」


 問いかけには答えず、しかし雷のような怒号を浴びて尚怯む事無く、少年は『彼』に話しかける。

 常ならば許されぬその無礼。しかし『彼』は身動き一つとれず、その声を聞き入れていた。


「そこ、通してくれないかな?」


 姿と変わらず、まるで小鳥の囀りのような、あどけなさを残す声。

 力量を測れぬ者ならば、侮ってしまいかねないほど、幼さを残す声。

 しかし『彼』は戦慄を持って、その声を受け入れていた。


 その声に秘められた『力』の濃さに。

 自分の怒号と比較にならぬ、強者の声に。


 戦慄し、恐怖する。それは生態系の頂点に君臨してきた『彼』にとって、決して許されぬ行為だった。

 それを行ってしまった自分に、行き場のない怒りを覚える。


「グ、オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 威嚇のための絶叫。しかし少年はやはり怯みすらしない。

 それどころか、困ったと言わんばかり小首を傾げ、軽く息を吐く。


「あまり俺を困らせないでくれるかな? さもないと……」


 まるで駄々っ子に言い聞かせるかのような、優しげな声。そこに一片の虚勢も存在しない。

 心の底から、困ったと言わんばかりの声音。


「グ……?」


 そんな仕草に『彼』も思わず勢いを無くし、次の言葉を待つ。

 そんな『彼』に投げかけられたのは、予想もしない一言だった。


「泣くよ? 俺が」

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