第38話 休息(3)
翌日も朝早く起きて農作業に取り掛かる。
真夏の農作業は夜明け前に起きて日が出る前にどれだけ作業できるかが勝負だった。
日が出てくると気温が上がり、じりじりと俺の首筋を焼いて体力を奪う。
額から滝のように汗が流れ、何度拭っても目に入って染みる。
あまりの暑さに耐えきれず、井戸から汲んでおいた水を煽るがとっくに温くなってしまっていたので喉の乾きは収まらなかった。
また、汗が額から滴り落ちる。
首に巻いた手ぬぐいで汗を拭う。
俺たちの畑は広い。
本来であれば大人が四人がかりで働く広さだった。
今はそこを俺とソフィーの二人で見ていた。
ソフィーにはあまり無理をさせたくないので、俺がが出来る限りの作業をする必要がある。
俺は村の大人よりも仕事が早いし、頑丈で体力があることだけが取り柄なので、なんとか畑を維持することができていた。
今日の作業は昼前に終わった。
厳しい日差しと夕方に降る雨のおかげで作物はどんどん成長する。
その一方で雑草もいつの間にか生えて伸び始める。
放置しておくと雑草に畑の栄養が取られてしまうので、見つけ次第抜かなくてはならない。
今日も朝早くから昼過ぎまで畑の雑草を抜いて回った。
この時期の農作業はかなりキツかった。
ただ、夏はほとんど終わりに近づいている。
あともうすこし辛抱すれば涼しくなってくる。
早く涼しくならないかな、とソフィーは毎日言っていた。
「今日の作業は終わりにしよう」
ソフィーに作業の終了を伝えて片付けをする。
抜いた雑草を一箇所にまとめ、農具の土を落として納屋に片付ける。
家に戻るとソフィーが簡単に用意したお昼ごはんを食べる。
パンに昨日のシチューに入っていた鳥肉と野菜を挟んだもの。
それが今日のお昼ごはんだった。
神に祈りを捧げ俺たちは食べ始める。
昨日のシチューとはまた違った味わいになっていて、俺は驚いた。
「おいしい……ふわっと鼻にぬけるこの香りはなんだろう?」
「ゲーデルおばさんに貰った香草をかけてみたの!おいしいならよかった!」
濃厚なシチューの風味に爽やかな香りが加わってさっぱりした料理に変わっていた。
ソフィーはセンスが優れているのか、誰に教わったわけでもなくおいしい料理を作る。
ソフィーのお母さんも料理は上手だったが、ソフィーはそれ以上だった。
「ソフィーの料理はどんなものでもおいしいな。俺も鼻が高いよ」
「えへへ」
ソフィーは恥じらいながらも嬉しそうに笑った。
そんなソフィーの笑顔を見ると、身体は疲れているのに満ち足りた気持ちだった。
昼食を済ませ、俺は出かける準備をする。
午後は暑くなるため作業はしない。
ソフィーには家で休んでいてもらうことにして、俺は裏の山に行くことにした。
「レインも休んだら?」
と言われたが、今日も狩りに行くつもりだった。
ソフィーにはひもじい思いをさせたくない。
農作業が終わってから山に狩りに行くのは俺の日課だった。
「ソフィーは昼寝でもしていて」
「うん、わかった」
ソフィーは俺ほど体力があるわけではない。
昼ごはんを食べ終わってからすこしうとうとしていたので、ベッドまで運んで寝かせた。
俺は家を出ると、弓と矢を持って山の中に入っていく。
午前中の農作業で大分体力を消耗しているが、山に入ってしまえば涼しいのでそこまで苦ではない。
それに俺は秘密の場所を見つけていたのでそこに行くのが楽しみになっていた。
この前、山の中ほどに小さな湖があるのを見つけたのだ、
ガウルおじさんに聞いたけど、そんなところは知らないと言っていたので他の人は知らないらしい。
確かに人間が入ったような形跡はなかった。
木をかき分け、斜面を登る。
普通の道を歩くのに比べるとかなり体力を消耗する。
息が切れそうになるので焦らず、一歩ずつしっかり踏ん張りながら登っていく。
うっかり足を滑らせたら命の保証はない。
ソフィーを悲しませるようなことになったら本末転倒なので細心の注意を払う。
「着いた……」
険しい斜面を登り続けて、ようやく目的地に辿り着く。
鬱蒼とした木々の合間に澄み渡る湖が現れた。
息が上がりへとへとになりながら、俺は湖の畔に膝を着く。
手で水をすくって喉を潤し、汗をかいていたので顔を洗う。
湧き水だからなのか、この湖の水は真夏なのにひんやりとしていて気持ちが良かった。
しばらく、ここで休んでから狩りを始めよう、と俺は考えていた。
斜面を登って疲れた身体を休ませるために一息ついて、今日も鳥が獲れたらいいなとぼんやり考える。
鳥でなくても猪や鹿が獲れたらいいが、熊となると俺に倒せるかどうか怪しいので逃げるしかないだろう。
滅多にあることではないが、狩人が熊と遭遇して傷を負ったり、死んだという話を耳にすることがある。
狩りを生業にしている狩人ですら不覚を獲れば怪我をすることになる。
熊は俺が狩るのは難しいだろう。
今日の獲物について思いを巡らせていると、自分をじっと見つめる何かの視線に気がつく。
顔を上げると湖の対岸に若い鹿がいてこちらを見ていた。
(やった!今日はついてるぞ!)
鹿にしてはやや小柄だが、昨日の鳥なんかに比べたら遥かに大きい。
しかも鹿は肉だけでなく、皮や骨にも使いみちがある。
うまく仕留められたらそれだけで大きな稼ぎとなるのだった。
俺は傍らに置いてあった弓と矢筒に手を伸ばす。
鹿は逃げる素振りを見せず、俺の方をじっと見つめ続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます