第37話 休息(2)

 どこかで鐘の音が鳴っていた。



「どうしたのレイン?ぼーっとして」


「え?いやなんでもない。それよりこのシチューうまいな。ソフィーが作るものはなんでもおいしいな」



 俺はソフィーと一緒に晩ご飯を食べていた。

 俺が裏の山で鳥を仕留めたから、今日は鳥肉を入れたシチューだ。

 うちの畑で取れた根菜と牛の乳も一緒に使ったシチュー。

 今日はごちそうだな、と思って嬉しくなってしまう。

 俺はそこまで弓が上手いわけではないが、不思議と狙った獲物を仕留められることが多い。

 狩人のガウルおじさんにも褒められるし、もしかしたら才能があるのかもしれない。


 おじさんには、跡をついで狩人にならないか?と誘われていたが、どちらかというと俺はソフィーと一緒に農作業をしている方が好きだった。

 おじさんはこれまで狩りを教え込んでいた子どもが亡くなってしまったから寂しくて代わりを探しているのかもしれない。


 ガウルおじさんには子どもが二人いたが、二人とも『疫病』で亡くなっていた。

 それで同じ村の俺を跡継ぎに誘ったのだろう。

 この村の子どもの半分くらいは『疫病』でやられていた。

 リクリエト村ではその家で人が亡くなると、一年間は黒い布を家の入口に掲げる。

 ガウルおじさんの家はこの二年ほど、その布がずっとかけられたままだ。


「レインだって狩りに行くと手ぶらで帰ってきたことないし、すごいよね!」


「もっと大きい鹿とか猪を仕留められたらいいんだけどな」


「いつかきっとレインならできるよ! だってレインはすごいもん!」


 ソフィーがシチューを食べながら褒めてくれる。

 そうやっていつもソフィーが嬉しそうな顔をしてくれるから農作業の合間を縫って裏の山に行き、暗くなるまで狩りをしている。

 ソフィーがいるから俺は頑張れるのだった。

 ソフィーがいなかったらとっくの昔に駄目になっていただろう。


 シチューを食べながら、俺は狩人を生業にすることについて考えていた。

 農作業に比べて獲物を狩れるかどうかで変わってくるので今に比べると生活が不安定になるかもしれない。


 それに今はうちの畑とソフィーの家の畑をたった二人で見ている状態だ。

 朝から晩まで働いてようやく仕事をこなせている現状は大変だが、金銭的不安が少ないことは大きな利点だった。

 俺とソフィーのような子どもと大人の中間の存在が飢えずに暮らしていけるというのはありがたいことだ。


 ソフィーの両親が亡くなったときに、俺たちを村の誰かが引き取るかどうかで話し合いが行われたが結局そのまま二人で暮らすということになった。

 俺たちを引き取ると申し出た人は何人かいた。


 だが、俺とソフィーは二人で親の畑を引き継ぎたいと主張した。

 平時なら認められない可能性があったが、今は『疫病』のせいで事情が異なっていた。

 結果として二人で暮らしていけるということになったが、隣の村に住んでいる俺の母方の遠い親戚という人が俺たちの後見人になるということは決まった。

 実際にはほとんど会ったことはないため、村の人が時折様子を見に来てくれることのほうが心強かった。


 俺たちが二人で暮らすことを認められた理由の一つが、村の中に人手が足りなくて放置されている畑が多くなってきていたからだ。

 通常、前年の収穫量を基準として翌年の税も決められる。


 手が回らず放置される畑が増えると、翌年の税を納める際に困ることになる。

 今は国全体で不作が続いていて大きな問題になっているという話は辺鄙なリクリエト村にも届いていた。


 他と比べてリクリエト村は豊かな土地だから収穫量はそこまで下がっていない。

 海から吹く風のおかげか悪天候続きということもない。

 国の北の方では天候の悪化や人手不足のせいで飢饉が起きているところもあると、先月村に来た行商人が話していた。


 リクリエト村でも『疫病』で亡くなった人は多く、人手は不足しがちだった。

 そのせいで今年は収穫量が減少することが見込まれていたため大人は頭を悩ませていた。

 領主様には税を減らして貰えるようにお願いしていたが聞き入れて貰えるかどうかは分からなかった。


 そういう事情があったために、しっかり畑を維持するという条件で俺たちはこれまで通りソフィーの家で暮らすことを認められたのだった。

 俺たちはあと数年で成人だったし、リクリエト村は田舎ということもあって親が亡くなって家業を継いだものはほとんど大人と同等に扱われた。

 ここは穏やかな村ではあるが、王都のような都会とは違っていつまでも子どもでいるわけにはいかないのだ。


 俺とソフィーが一緒に暮らすことを認められた理由はもう一つある。

 通常、結婚前の男女が一緒に暮らすということは例外を除いて認められない。

 俺たちが認められたのは、大人たちの前で成人したら結婚するというを誓いを立てたからだった。


 俺にはソフィーしかいなかったし、ソフィーには俺しかいなかった。

 村の会合の前日にそのことをソフィーに打ち明けたとき、俺は人生で一番緊張していた。

 心臓は全力疾走したあとのように鼓動が速くなっていたし、顔も赤くなっていたに違いない。


「ソフィー、大事な話があるんだ」


「なに?どうしたの?」


「これからも俺たちが二人で暮らしていくというのは問題がある、かもしれない。つまり、その……結婚前の男女が一緒に住むっていうことが駄目って言われるかもしれなくて……だから、俺とソフィーは結婚の約束をしているっていうことにしたいんだけど……どうかな?」


「レインはわたしと結婚したい?」


「したい」


 即答だった。

 俺にはソフィーしかいないと思っていた。

 俺は昔からソフィーのことが大好きで、ソフィーのことしか眼中になかった。

 栗色のつややかな髪。

 透き通ったような白い肌。

 見ているだけで心が内側からじんわりと暖かくなるような笑顔。

 ただ、不安だったのはソフィーが俺と同じ気持ちじゃないかもしれない、ということだった。

 村には他にソフィーが仲良くしている男はいなかったから心配はしていなかったが、俺のことを男として見ていない可能性もあった。


「わたしもレインのこと大好き。結婚するならレインしかいないと思ってた!レインが私と同じ気持ちで嬉しいな」


 いつもと同じ笑顔。

 でも、少し目が潤んでいた。


「……」


 俺は胸がいっぱいでもう何も言えなかった。

 震える手でソフィーの身体をそのまま抱き寄せた。

 ソフィーも俺の背中に手を回してしがみついてくる。

 服越しに触れるやわらかな身体。

 触れている部分から体温が伝わってきてその温かさが体全体に広がっていく気がした。

 ただただ幸せで、泣いてしまいそうだった。


 絶対にソフィーのことを幸せにする。

 それ以来、俺はそのことだけを考えて暮らしてきた。



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