第36話 休息(1)

 目を覚ますと、ハイリーンの王城内にある自室だった。

 視界がぐるぐる回っており、全身の耐え難い激痛で今にも吐きそうだった。


「お目覚めですか?」


 誰かが俺に声をかけた。

 音の聞こえ方も普段とは異なり歪んで聞こえる。

 なんとか目を開けると、ベッドの横に置かれた椅子から立ち上がってシアンがこちらを覗き込むのが見えた。

 どうやら看病してくれていたらしい。


「……う……うう……」


「失礼します……」


 シアンが俺の額に手を当てる。

 ひんやりとして滑らかな手。

 俺はその手を掴もうとして手を動かしたが、俺の手は空を切った。

 両腕とも前腕が欠損しているということを思い出した。

 シアンは困ったような顔をして俺の頬を撫でた。


「おかわいそうに……治療師の方を呼んでまいりますね」


 そう言ってシアンは部屋から出て行った。

 脳がうまく働いていないし、体もほとんど動かせない。

 戦闘で受けたダメージが大きかったのもあるが、戦闘で無茶しすぎた反動も大きい。

 特に過程省略停止を使ったことによる反動だ。

 しばらくはまともに動けないだろう。

 だが、まだ生きている。


 グリードガルドは倒した。

 純粋な戦闘力で言えばやつはこれまで戦ったどの魔族よりも強かった。

 エルレイか俺のどちらかが死ぬことは覚悟して挑んだ。


 だが、俺もエルレイもまだ生きている。

 あれほどの強敵と戦ってこの程度で済んだというのは奇跡に近い。

 俺は重傷だが、エルレイはほとんど傷を受けていないはずだ。


 よかった。


 ふっと油断をしたせいか目の前が暗くなる。

 俺の意識はまた闇の中に吸い込まれていった。





「ああ、起きなくていい。そのまま寝ていろ……大丈夫か? 命に別状はないって治療師から聞いてほっとしたが……ゆっくりと休むといい」


 夢の中なのかそれとも現実なのか区別がつかない。

 なんとなくエルレイが見舞いに来ていたような気がする。

 あいつも忙しいだろうに。

 また意識が闇の中に吸い込まれる。




 誰かの話し声が聞こえる。


「………しばらく治療に専念していただくしかないですね………………ほとんどは私の方で処理して問題ないと思いますが、例の件については直接陛下にご判断をいただかないといけないでしょう……ええ……これはあくまで可能性の話ですが、最悪の場合には軍を動かすことになるかもしれません……はい? ああ、まあやろうと思えばできるでしょう。手を失ったところで魔法を使えなくなるわけでもありませんし。それでも以前とは状況が違います。あの時はあくまで勇者の一人でしたから。事実、戦争を止めるという大義があったということで魔法行使についても咎められなかったと言えるでしょう。ですが自分の身を守るためとはいえ、民に対して魔法を行使する王、ということを敵方に喧伝されると非常に困ったことになります。たたでさえ今はどちらに与するか様子を伺っている貴族が多い状況ですから。こちらの旗色が悪くなれば向こうにつくことを選ぶ貴族は大勢います。いえ……そうですね……ただ、最初に危惧していたように親国王派だった貴族と反国王派だった貴族が手を組む動きがあるという報告は受けています。もし、それが実現した場合には我が国の貴族の過半数が敵に回ると考えてもらって結構です……それにつきましては陛下の回復次第と言えますね。進軍ペースは非常に遅いですから、時間はあります。ただ、今のままだとどちらに行くのかが不明です。旧王都かハイリーンか……兵を動かしやすいのは王都ですが、ハイリーンの場合、兵を動かすのには非常に時間がかかります。なにせまだ出来たばかりで王国軍のほとんどはまだ王都に駐留しているのですから。ただ、ハイリーンを落とすとなるとレイン様と直接的に事を構えることになります。だから、今レイン様が床に臥せっているうちに旧王都を抑えてから前国王陛下の身柄を確保することで正当性を主張するのではないかと。たしかにそうですね……その割には彼らの進軍の速度は遅い……向こうには重傷という報告しか入っていないでしょうから、このまま目覚めないということや亡くなるという可能性にかけているのかもしれませんね……ええ……たしかに……こちらとしても予測していなかった事態ですから……いくらなんでも魔族との戦闘で傷を負ったいう情報が入ってからの動きがあまりにも早すぎる……もともと動かすつもりだったのかもしれませんが、それにしては決して無視できない戦力である陛下がちょうど倒れたタイミングというのが不思議でありません……いえ、考えすぎでしょうね……レイン様の王位継承については不服に思っている貴族が多かったですから、前々から機を伺っていたのでしょう……とりあえず、私は中立派の大物に取り纏めをお願いしてきます……リーリア様もあまり根を詰めず、治療師に任せるようにしてくださいね……それでは」



 エーデルロンドか?

 声は聞こえるが話している内容については今の俺の頭では理解することができない。

 ただ音が入ってきて、出ていくだけ。

 そして、また闇に飲まれる。



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