第34話 死闘(13)

 自分にかけていた防御魔法は全て解く。


 最悪、相打ちでもいい。

 やつだけは倒す。


 そうでなければ人間側にかつてないほど甚大な被害が出る。

 混乱の中にあるアイルゴニストは容易く滅ぼされるだろうし、他の国であっても無事では済まない。

 普通の魔族であれば数で打破することも可能だが、グリードガルドほどの強者では無理だろう。

 防御魔法を重ねがけしても雷で突破され、兵たちは一方的に虐殺される。

 魔族との戦いに挑む兵が死ぬのは仕方がないことだが、それだけでは済みそうにない。


 下手をすれば人間は文字通り絶滅に追い込まれるかもしれない。


 残りの七聖であるリュクセイオンとルクリウスが魔族と戦っているところは見たことがないため実力は未知数だが、俺とエルレイの二人がかりで勝てない相手を倒せるかはかなり怪しい。

 身体能力と限定固有魔法の両方を極限まで鍛え上げたグリードガルドはあまりに強すぎるからだ。


 身体が震える。

 今、この瞬間ほど自分が人類を背負っているという意識を持ったことはなかった。

 魔王を倒すことだけを考えていた頃は自分のことで精一杯で人類のことなんて考えたことがなかった。


 魔王を倒すという目的を果たし、その後全てを投げ捨てた。

 一度立ち止まってから再び歩き出した今になって俺は自分が人類の大きな戦力であることに気がついた。

 この二年の間、俺に匹敵するほどの勇者は現れていないらしい。

 魔王が倒れ、魔族の数が大きく減ったことで勇者の数もほとんど増えていない。


 今の俺は勇者からアイルゴニスト国王になり、視野は多少広くなった。

 自分のことだけを考えているわけにはいかない立場だ。

 たとえ簒奪者と呼ばれようとも、国に対して、民に対して責任がある。


 王の責任。

 王が自らの持てる能力を最大限活用し、民に対して幸福を与える責任だ。


 かつての俺は魔王の『疫病』によって大切な人たちを失った。

 罪なき人の命をあっさりと奪っていく魔王の魔法を呪い、自分の無力さに涙を流した。


 人は脆く、弱い。


 些細なことによって簡単に命は失われていく。

 それでも、魔族を倒せば魔族によって殺される人は減る。

 そのために俺は勇者になったのだ。


 かつては勇者として戦った。


 今は王として戦う。


 どちらも本質は同じところにある。

 人々の命を奪う魔族を倒し、幸福をもたらすことだ。


 魔族に大切な人を奪われない世界。

 それが俺の目指す世界。





 だから俺は魔族を殺す。





 あの日の決意を思い出す。

 かつて俺の中に渦巻いていた魔族への憎しみ、怒り、殺意が戻ってきた。


 殺す。

 殺す。

 殺す。


 血管が破裂しそうなほど血流が速くなる。

 筋肉に緊張が走ってミシリと音を立てる。

 それでも。

 どれだけ自分の中を殺意で満たしても、必ず言葉にできない寂しさが俺の中にあった。



『氷結』

『刻呪』

『停止』

『浮遊』



『刻呪』を込めた氷の結晶を俺の周囲に浮かべる。

 全部で六個。

 太陽の魔力紋章が刻まれた氷の塊が今の俺の武器だった。

 円を描くようにゆっくりと俺の周囲を回っている。


「ふん。陛下の紋章か……さきほどの攻撃を受けて氷の防御を増やしたようだが、それでも俺の雷を受けるには足らんだろう」


「お前の攻撃はすべて見切ったからこれで十分だ」


 グリードガルドは俺が守りを厚くしたと考えたのだろう。

 俺は『刻呪』を防御魔法のためにしか使っていないからグリードガルドがそう考えるのは無理もない。

 それこそが俺の狙いだった。


 自分に『加速』をかける。

 重ねてもう一度『加速』をかける。

 魔法で無理やりブーストしないとこの身体ではグリードガルドとの戦闘についていけないだろう。


 一気に間合いを詰め、グリードガルドの至近距離から『空断』を放つ。

 それをグリードガルドは右手に纏った風で弾き、そのまま横薙ぎに風の斬撃を飛ばしてきた。

 俺は地面に倒れ込んで斬撃を回避し、地面に氷の腕を思いっきり叩きつける。


 氷の腕に痛覚は無いから痛みはない。

 叩きつけた腕で『地裂』を放つがグリードガルドは後ろ向きに回転して避ける。

 再び俺は空いた間合いを詰め、両腕から『豪炎』を放った。


 それはグリードガルドの水の盾で弾かれ、返しに雷を纏った脚による蹴りが来る。

 蹴りを躱した俺はグリードガルドの下に潜り込み、軸足を『空断』で刈り取ろうとした。

 蹴りに体重を載せてしまい、避けられないことを悟ったグリードガルドは脚から風の斬撃を地面に向かって放つことで飛び上がり、空中を回転しながら回避をする。


 グリードガルドはいざとなると空中に回避をする癖がある。


 これまでの攻防でその傾向があるのは分かっていたが今の動きで確信が持てた。


 次で仕留める。

 再び俺は間合いを詰めた。


 今度はグリードガルドも俺が間合いを詰めてくることを読んでいた。

 腰を入れ、お手本のように拳を真っ直ぐ突き出す。

 そして、突きの延長線をまっすぐ進む雷撃で迎撃してくる。

 圧倒的速さの雷撃を回避することは難しいが、突きの延長上に来ることが分かっているのであれば拳を見ることで回避ができる。

 俺は前向きに地面を一回転がって雷撃を回避し、そのまま回転の反動を生かして立ち上がると『切山』を放った。

 受け止めたり、中途半端な回避であればこのまま『切山』でグリードガルドを真っ二つにできる。


 だが、やつも『切山』の威力は理解したようだった。

 ぎりぎりまで『切山』を引きつけてから空中に飛び上がって回避をした。


 全て想像通り。

 ここまでの攻防はこの瞬間のためにあった。



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