第33話 死闘(12)

 グリードガルドの限定固有魔法は風と雨と雷を操るものである。

 攻撃性能は間違いなく高いが防御には不向きの能力だ。

 風で受け流すといったことは可能だろうが攻撃を正面から受け止めることはできないはずだ。

 ゆえにこちらの勝利の鍵はエルレイの突撃槍となる。

 グリードガルドの能力では突撃槍の攻撃を完全に防ぐことは難しい。


「やつの動きを魔法で止めるしかないですね。」


「迂闊に近づいたら黒焦げだな。一発入れたほうが勝ちなんだが……」


 俺の役割はエルレイが槍を当てるための隙を作ることだ。


「俺がグリードガルドの動きを止めるのでトドメは頼みます」


 エルレイと戦闘方針を共有する。

 その隙にグリードガルドは攻撃を仕掛けてきた。

 狙われたのは俺だ。

 エルレイと一対一なら勝てると踏んで先に俺を潰しに来たのだろう。


 当然の選択だ。


 一呼吸で一気に距離を詰めてくる。

 予備動作なし、姿勢にわずかのゆらぎもない跳躍。

 俺には瞬間移動したように見えた。

 先程の、グリードガルドがエルレイの攻撃を回避した跳躍を見ていなかったら、おそらくこの一撃で俺は倒れ伏していただろう。

 だが、俺はグリードガルドの身体能力をすでに知っている。

 この驚異的な間合いの詰め方も予測済みだった。



 ガチリ。



 脳が、

 集中の極地に入る。


<過程省略停止>

<魔力神経接続>

<処理能力向上>

<認識能力向上>

<確率予測向上>


 平常時であれば余分な情報を省略することで脳の処理能力が効率化されているがその機能が切れる。

 魔力による仮想機能である魔力導線を神経と接続することで直接魔力による燃料補給を可能とする。

 可能性を見逃さず、最善の選択肢を選び取る。

 反動が大きいのであまり使いたくないが出し惜しみしている余裕はない。

 時間の流れがゆっくりになったように感じる。


 大丈夫だ。


 グリードガルドの攻撃にも余裕を持って対応できる。

 目の前にいるグリードガルドが突きを繰り出そうしているのが見えた。


『地裂』


 魔法で土の柱を作り出して攻撃を受け流す。

 かなり硬い土の柱だが、グリードガルドの拳は軽々と粉砕する。

 やつの突きはただの物理的なダメージを狙ったものではない。

 突きと一緒に電撃を放ってこちらの防壁を貫通してダメージを与えるものだろう。


 だからこそただの防御魔法ではなく『地裂』を使って防いだ。

 土は雷を通さない。

 しかし『地裂』の魔法は魔力効率が悪いので防御のために連発していると厳しいかもしれない。

 戦闘中に魔力変換を使うことはできない。


 グリードガルドの突きが不発に終わり、体勢が少し崩れたところをエルレイの突撃槍による攻撃が連続で襲う。

 その槍の一突きがグリードガルドの胴体に大穴を開けるほどの威力があるから、グリードガルドはまともに受けず、後ろに飛び退いて回避する。


 着地をするときに生まれた硬直を俺は見逃さなかった。


『激槍』


 発生の速い『激槍』で追撃をしていく。

 この程度の魔法で仕留められるとも思っていないが、グリードガルドが横に転がって軽々と回避した。

 予測できていたこととはいえ、こうもあっさり回避されると腹が立つ。


 グリードガルドの限定固有魔法で辺り一帯には雨が降り続いている。

 剥き出しの土に水たまりができつつあった。


 雨?


 俺が気がついたのとグリードガルドが手を地面についたのは同時だった。


『魔防』

『浮遊』


 自分とエルレイに防御魔法と『浮遊』の魔法をかける。

 地面をつたわってグリードガルドの雷撃が来る。

 雨は広範囲に降り続いていたので目が届く範囲の地面は全て濡れている。


 水は雷を通す。


 逃げ場は空中にしかなかった。

 地面全体が焼け焦げ、周囲の木が煙を上げる。

 攻撃の範囲の広さから空中に回避したのは正解だと俺は思った。

 だが、グリードガルドは俺が空中に回避することを見越していたのだ。


 グリードガルドは全身を覆っていた雷を全て右手に集中しているのが見えた。

 一点に集中したことで輝きが強まる。

 そして、空中には逃げ場がない。



『魔防』を追加でかけて攻撃を耐える可能性にかけるか?

『飛行』でさらに飛んで回避するか?



 無理だ間に合わない。

 エルレイを『空撃』で地面に向かって吹き飛ばす。






 はっきり見えた。


 構える。


 拳を突き出す。


 グリードガルドは右手に集中させた雷を突きとともに放出した。


 シンプルにして強力な攻撃。


 ゆえに回避不能。




 ああ、死んだな。


 俺は死を覚悟した。


 走馬灯は見えなかった。


 真っ白な光が近づいてくるのだけがやけにゆっくり見えた。


 頭では死を受け入れつつあったが、視界の端で先に地面に着地していたエルレイが突きを放ったのが見えた。


 防御魔法をエルレイがいる側に集中する。


 エルレイの全力の『激槍』が俺を襲った。




 防御魔法を貫通して全身に衝撃が走る。

「……!!!」

 声にならない己の叫びで思考をかき消される。

 もはや自分が声を発しているのかともわからない。

 視界は激痛で激しく明滅した。


 受け身が取れず、回転しながら地面に叩きつけられる。


 まだ生きてる。


 わかったのはそれだけだった。


 真っ赤に染まった視界の中でグリードガルドとエルレイが攻撃の応酬を行っているのが見えた。


『治癒』


 完全に治るまでには時間がかかる。

 それでも痛みを無視して行動できるところまでは回復できた。

 両腕は前腕から先が切り落とされ、叩きつけられて全身の骨が折れている。

 視界が赤いのは頭部から出血しているせいだ。

 立ち上がるために、『氷結』で仮の手を作る。

 皮膚と直接触れている部分が凍りつくがこの程度の痛みは今更なんでもない。


「大丈夫か?」


 グリードガルドをふっ飛ばして距離を取ったエルレイが俺の近くまで来る。


「……助かりました。あの攻撃がなかったら死ぬところだった」


「加減できなくてすまん」


「死ぬよりはまし、という感じですね……」


「あいつ強いな。俺には勝てるビジョンが見えない」


 七聖であるエルレイをしてここまで言わせるグリードガルドはただものではない。


「守りを捨てて攻撃に集中するしかないですね。守ることを考えていたらやつには勝てない」

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