第32話 死闘(11)
さきほどの戦闘の様子を見ていて分かったことがある。
エルレイとグリードガルドは相性が悪いのだ。
エルレイが強いことは疑う余地がない。
先程の一撃は普通の魔族なら回避不能だろう。
エルレイは多くの魔族を屠ってきた実績に見合うだけの強さを持っている。
しかし、グリードガルドは普通の魔族ではない。
あの一瞬の跳躍で、やつの身体能力が魔族の中でもトップクラスなのがこちらに分かってしまった。
限定固有魔法ありとはいえ予備動作なしの跳躍でエルレイの攻撃を回避し、さらには反撃までやってのける者は魔族の中でもほとんどいないだろう。
やつはその卓越した身体能力を隠すために限定固有魔法による風の斬撃ばかり使っていたに違いない。
グリードガルドとエルレイの二人は身体能力ではそこまで差がないが、魔法においてはグリードガルドに軍配が上がる。
突撃槍を用いた『激槍』しか使えないエルレイに対してグリードガルドは雨と風と雷を器用に使いこなす。
最初は風の斬撃しか使っていなかった。
身体能力といい、限定固有魔法といい、やつはエルレイ相手にその能力のほとんどを秘匿したまま逃げ続けていた。
俺が加勢に来たから本気を出す気になったようだが、来なければその能力を隠したまま逃げ続けるつもりだったのか?
(一体その目的はなんだ……?アイルゴニストに逃げ込むのが目的だったのか……?)
グリードガルドの行動には理解不能な部分が多すぎる。
消耗する前にエルレイと本気で戦っていれば、かなりの確率でグリードガルドが勝っていたはずだ。
最低でも相打ちは狙えただろう。
それをせずにアイルゴニストまで逃げてきた理由が分からない。
そこまで考えたとき、思考が戦闘と関係ない方向に向き始めたことに気がつく。
それについては後で考えればいい。
俺は思考にブレーキをかけ、注意を目の前のグリードガルドに戻す。
わざわざ俺が前衛に出ることにしたのは、魔族トップクラスの実力を持つグリードガルドにエルレイの戦い方で真っ向勝負を挑むのは危険すぎるからだ。
応用力こそが魔族に勝つための最善の道であり、グリードガルドのような強い魔族であれば尚更応用力が必要だ。
それでも応用力を最大限に活かしたとしてもグリードガルドは強すぎる。
二対一でも勝てるとは言い切れない。
腕を負傷してパフォーマンスが低下している俺と攻撃を見切られているエルレイではなかなか厳しい。
だが、魔族との戦いで必ず勝てるという保証があるはずがないのだ。
俺は敗北して死体を野晒しにされる可能性を常に抱えながら今まで勝ちを拾ってきた。
今回もこれまでと一緒だ。
前に負けたとき、メインに戦っていたのは魔王でグリードガルドは風の斬撃による援護だけだったから俺にも気持ちの面で油断しているところがなかったとは言えない。
所詮魔王の側近だから魔王以上に強いということはない、とグリードガルドを侮っていた。
グリードガルドの接近戦の強さは魔王以上だ。
「さて……仕切り直しといきますか……」
『空断』を発動して右腕も前腕から切り落とす。
感覚がない炭化した右腕がついていても邪魔なだけなので取ってしまう。
「たった一撃ですでに満身創痍じゃないか?先程の魔法もへなちょこだったし、弱すぎるな。その程度で魔王殺しなんて名乗っても名前負けするだけだぞ?」
グリードガルドはこちらを睨みつけながら挑発してくる。
魔王を殺されたことをまだ根に持っているらしい。
それはそうだろう。
俺だって魔王を殺した今となっても魔族への恨みは消えていない。
「手がない相手に負けたってなると地獄で魔王に言い訳できなくなるな。何か言い訳を探しておいたほうがいいぞ」
「ふっ……言い訳はしたくはないから本気で行く。ここまで手を抜いていた非礼を詫びよう」
グリードガルドは両腕に纏っていた渦を解除する。
「『崩天嵐』のグリードガルド、参る」
グリードガルドが言い終えた瞬間、俺は雷が落ちたと思った。
しかし実際には違った。
雷はグリードガルドから天に向って伸びていた。
空気が震えているのを肌で感じる。
黄金の雷に全身を包まれているグリードガルドを見て、先程の本気という言葉に嘘偽りがないことを理解した。
「……そちらが本気で来るならこちらも本気で行くのが礼儀だろう」
俺は平常時には休眠状態になっている魔力導線を起動する。
俺の全身から漏れ出た黄色の魔力が湯気のように立ち上った。
「やれやれ、俺も奥の手を出すしかないかもな……」
隣のエルレイも鎧を外していた。
今のグリードガルドの攻撃は当たったら即死だろうから鎧をつけていても無意味だからだろう。
隙があったのにも関わらずグリードガルドは動かなかった。
こちらの準備が整うのをわざわざ待っているあたり、こちらにも言い訳をさせるつもりはないらしかった。
「七聖の一人、<魔槍>エルレイ」
「アイルゴニスト国王にして<魔王殺し>のレインがお相手しよう」
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