第31話 死闘(10)
怒りを露わにしながらも百戦錬磨のエルレイは戦闘においては冷静だった。
エルレイは地面を蹴ると同時に後方に向けて『激槍』を放つ。
その反動を利用して目にも留まらぬスピードでグリードガルドに突撃していく。
その程度なら俺でもできるが、エルレイが凄いのはそこからだった。
回避不能と判断し、腰を落として両腕を組み、前面に対する防御の姿勢を取ったグリードガルドを見たエルレイは、前方に宙返りをして槍を地面に叩きつけ、一気に跳ね上がる。
前面への防御を選択したグリードガルドは完全に不意を突かれて頭上から攻撃を受ける形になる。
俺は完全にエルレイの技が決まったと思った。
空中に跳ね上がったエルレイが『激槍』を放った瞬間、グリードガルドは大きく飛び上がってエルレイの攻撃を回避した。
「な……!?」
グリードガルドがやったのはエルレイと全く同じことだった。
地面を蹴る瞬間に風の斬撃を地面に向かって放ち、その反動を利用して勢いよく飛び上がる。
グリードガルドの頭上を取ったはずのエルレイが逆にグリードガルドによって上を取られる。
しかもちょうど「激槍」を放ったため、『飛行』を使えないエルレイでは空中での体勢変更が難しい。
エルレイの背中の向こうに見えるグリードガルドはニヤリと笑った。
グリードガルドは全身から金色の光を放つ。
エルレイが地面を蹴ってからここまでわずか一秒。
グリードガルドの限定固有魔法は嵐に関するものである。
豪雨を降らし、暴風を吹かせ、疾雷を轟かせる。
上を取ったグリードガルドがすることは一つだった。
(間に合う……!? この距離で……!?)
エルレイは防御魔法を張っていない。
あの状態でグリードガルドの攻撃を食らったらエルレイは間違いなく死ぬ。
(ぶっつけ本番でうまくいくか……!?)
俺が新しく手に入れた”禁忌”由来の魔法である『刻呪』。
俺はこれを戦闘に取り入れる方法を検討していた。
戦いの中で俺の手を離れても魔法を発動し続けることができれば間違いなく戦闘を有利に進めることができるからだ。
『氷結』
『放出』
『移譲』
『同化』
『魔防』
『影写』
『飛行』
これまでは回光石に魔法を封じ込めてきたが、戦闘中にいくつも回光石を持ち歩くのは不便なので自分の魔力で発生させた氷塊に魔法を封じ込める。
手のひらに浮かんだ太陽の魔力紋章を氷塊に叩きつけて『刻呪』を発動する。
『魔防』を込めた氷塊をそのままエルレイとグリードガルドの間目掛けて射出した。
グリードガルドが組んだ両手を振り下ろした瞬間、稲光が走る。
光の速度で落ちる雷はぎりぎり間に合った『魔防』を込めた氷塊が受け止める。
それでも、放たれた雷は途方もない威力であったため数秒持ちこたえたもののすぐに壊れてしまう。
氷塊が稼いだ時間を利用して『飛行』で俺はグリードガルドとエルレイの間に割って入る。
両手それぞれに『魔防』を発動し、二枚の魔法防御を張る。
僅かな時間で多重展開は難しく、これだけでも精一杯だった。
左手で張った『魔防』で二秒稼ぎ、ガラスが割れるように粉々に粉砕された瞬間、右手で張った『魔防』で雷を耐える。
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
残る右手の一枚を破られないように魔力を注ぎ込み強化する。
それでも長くは持たないだろう。
ここまで合計三枚分の魔法防御をグリードガルドが放った雷に当てたがまだその威力を殺しきれていない。
特に力を込めずに放った風の斬撃でこちらの防御魔法を三枚ほど削っていた。
となるとあの雷を止めるには五枚か六枚は必要だろう。
左手の防御魔法はすでに破られている。
……もう手はないのか?
焦る頭で必死にあらゆる可能性を検討する。
まだ左手が残っているじゃないか。
『空断』を発動。
自分の左手を切り飛ばし、『刻呪』発動の準備をする。
切り離された己の左手に『魔防』の魔法を込める。
腕の切断面に輝いている太陽の魔力紋章を叩きつけた。
右手の防御魔法が破壊された瞬間、俺の左手は『魔防』を発動した。
左手で『魔防』を発動するのではなく、わざわざ切り離したのは理由がある。
たった数秒でも貯める時間があるのとないのでは威力に違いが出るからだ。
今使える魔力を全て自分の右手に集中させる。
俺の右手が金色に輝く。
膨らもうとする魔力を押さえつけると漏れ出た電撃が針のように飛び出る。
雷を打ち破るには雷しかない。
『滅雷』
自分の使える魔法の中で最も強力な雷の魔法を放つ。
右手から電撃の矢が三つ発射され絡み合いながら迸った。
グリードガルドの雷を打ち負かすために極限状態で放たれた渾身の魔法。
やつの雷は防御魔法を破壊することで減衰させられていたため、俺の『滅雷』は容易く打ち破る。
そのままグリードガルドに届け、と思ったがその先にグリードガルドは居なかった。
身体を捻り、地面に着地をするが膝をついてしまう。
グリードガルドの姿を探すと、向こうもエルレイを仕留めるつもりで全力の雷を放ったせいかこちらを攻めることはせずに様子を伺っている。
「助かった、レイン。大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃないですね……」
魔法防御の切り替えのタイミングをミスしたおかげで右手は黒焦げになっており、左手は前腕の先を切り落としたため無くなっていた。
とりあえず魔法で止血をする。
手を生やしている余裕はなさそうだ。
魔法使いにとって手は細かい魔法の調整に必要だが、無いからと言って困るというわけでもない。
俺は手がない状態で魔法を発動するのには慣れていた。
「まさかあれを避けられるとは思わなかった……レインが居なければ俺は今頃死んでいただろう」
普通の魔族であれば先程のエルレイの攻撃で倒れていたはずだ。
そこに対応してくるあたり、グリードガルドは並の魔族とは一線を画している。
「問題ないです。俺はまだ戦えるので」
しかし、エルレイが前衛で俺が後衛というフォーメーションではおそらく太刀打ちできないだろう。
「俺も前衛で戦いましょう。二人で協力しなければどちらかが死ぬことになる」
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