第30話 死闘(9)
魔法は大きく分けると二種類ある。
一つは人間が使う魔法である「汎用魔法」だ。
普段俺たちが魔法と呼んでいるものがこの「汎用魔法」である。
「汎用魔法」は人間にしか使うことができず、魔族は使うことができない。
人間であれば修行をして「汎用魔法」を習得できる可能性がある。
ただ「汎用魔法」の中には複合魔法と呼ばれる魔法が存在する。
複合魔法は基本魔法を同時に発動することによって初めて発動することが可能になるため、複合魔法の発動条件となる同時魔法発動数を満たしていない魔法使いでは複合魔法を発動することができない。
たとえば『刻呪』は同時に五つの魔法を発動することが求められるが、エーデルロンドのように同時魔法発動数が四つである場合には基本的に『刻呪』を発動することができない。
同時魔法発動数が一つという者が魔法使いの大多数を占めているが、それらの者は基本魔法しか発動することができず、複合魔法を発動することができない。
基本魔法を発動できるだけでも魔法使いとして仕事はできるが、高位の魔法使いに求められるような強力な魔法を発動することはできないため従軍魔法使いになって防御魔法を発動することが主な仕事となる。
魔法は組み合わせる魔法の数が増えれば増えるほど、より高度で強い魔法となっていく。
同時に魔法を発動できることの強みは複合魔法に限らない。
魔法使いが一対一で戦うことになった場合、『豪炎』の魔法を一度に一発しか撃てない魔法使いと一度に四発撃てる魔法使いではどちらが戦いにおいて有利かというところからもわかるだろう。
そのため魔法使いにとっては同時魔法発動数が非常に重要になる。
体内の魔力量も戦いにおいては重要な要素になるが、魔法使い同士の戦いになると長引くことは少ないため同時魔法発動数の方が重視されることが多い。
これら「汎用魔法」は文字通り、汎用性こそが大きなアドバンテージである。
基本魔法に加え、複合魔法まで習得した魔法使いは応用力によって戦いを有利に進めることができる。
二つある魔法のうち、もう一つの「限定固有魔法」は「汎用魔法」とは真逆である。
「限定固有魔法」を使えるのは魔族のみで人間には使えない。
我々勇者が魔族の能力と言った場合、この「限定固有魔法」を指す。
一人の魔族が使える「限定固有魔法」は基本的に一つだけである。
基本的に魔族はそれぞれ違う能力を持っており、「限定固有魔法」はその本人特有の能力である。
俺がこれまで遭遇した魔族は「手を触れた物の時間を操作する能力」や「人間を魔族にして支配下に置く能力」を持っていた。
「限定固有魔法」は基本的に一種類しか習得できない代わりに人間が習得できる「汎用魔法」よりも非常に高度だ。
基本魔法しか使えないような魔法使いではとても太刀打ちできない。
そして魔族は高い身体能力を持っている。
魔族が「限定固有魔法」を使用せずに身体能力のみで戦ったとしても、普通の人間の兵士のみで構成された一万人の軍勢と戦った場合には余裕で魔族が勝つだろう。
無尽蔵の体力に強靭な身体、優れた戦闘センスを持っているため魔族は全員が一流の戦士だ。
人間と魔族が真正面から戦ったら基本的に魔族が勝つ。
基本的なスペックでは魔族のほうが圧倒的に人間よりも優れているからだ。
そこの差を埋めるのが「汎用魔法」である。
基本的なスペックで劣る人間は魔族に対してその応用力の高さで勝負をする。
勇者と呼ばれる者はだいたいが優秀な魔法使いである。
様々な複合魔法を習得し、さらにはオリジナルの複合魔法を開発することによって自由自在な戦闘を実現する。
相手の不意を打ち、予想外の攻撃を加え、未知の方法で仕留める。
そうすることでしか人間が魔族に勝つ術はない。
人間なのに真正面から魔族に挑んで勝てる者はエルレイぐらいだろう。
一人の魔族が持つ「限定固有魔法」は一種類だから、能力の情報を持っていればそれだけ勝算は上がる。
相手の能力を知っていれば対応策も見つかるからだ。
そして今、目の前で両腕に黒い渦を纏っているグリードガルドの能力を俺は知っていた。
「あいつの能力は嵐を起こす能力ですね。暴風を放ち、竜巻を起こし、雷を落とす。普通の魔族よりも攻撃の範囲が広いので避けるのが難しいです。しかも雨を降らせてこちらの体力を削り、視界を悪くしてきます……もしかして……」
「どうかしたか?」
「いや、ここ最近おかしいくらいに晴れていたんですよね。もう何年も天気の悪い日ばかりだったのに……まさかグリードガルド能力で雨を降らせていた……?」
俺は自分で辿り着いた答えの内容にショックを受けてしまう。
ハーフレイルやアイルゴニストなど大陸西部の国における食糧不足の原因の一つに天候不順があった。
ここ何年も天気の悪さのせいで作物が取れずに飢饉が起きていたのだ。
「そんなはずがないだろう……?そんなこと言ったらあいつの能力は大陸の大部分を覆い尽くすほどの能力というわけか?」
エルレイは俺の考えに異を唱える。
だが俺は自分の閃きの正しさを確信していた。
ここしばらくの間すっきり晴れていたのはエルレイがグリードガルドの追跡を始めたことで「限定固有魔法」を解除せざるを得なかったのでは?
「お前の限定固有魔法でアイルゴニストや他の国の天気を悪化させていたのか?」
「今更気がついたのか。陛下ほどではないが私の能力によって飢饉が発生し、多くの人間を殺すことができた。真正面から人間を殺そうとしても阻まれるのであれば、じわじわと数を減らした方が賢いからな。全ての人間は自らの命をもってその罪を償わねばならない」
俺がその魔族の言葉に反論しようとしたとき、エルレイが先に口を開く。
「死ねば許してくれるなんて魔族様はやさしいな。俺はてめぇのやったことを死んでも許しはしねぇよ」
普段のやさしげな雰囲気は完全に鳴りを潜め、青筋を立てるエルレイがそこにはいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます