第29話 死闘(8)
俺が地面に降り立とうとした瞬間、半月状の刃が襲いかかる。
着地してすぐに身体を丸めながら地面を転がり斬撃を躱した。
魔族の攻撃スピードは上空から見ていたときよりも速いように感じる。
「さて……」
魔族と会ったら殺し合う以外の選択肢はないが、情報が引き出せるかもしれないので話をしてみる価値はある。
俺と魔族の間に『剛壁』と『魔防』をそれぞれ五つずつ発動して、突破不能の壁を作る。
魔族と話をするとなったらこれくらいのことをしないと安心して話せない。
「あれ?もしかしてレイン?」
「エルレイさん……随分手こずってますね」
砂埃の中から姿を現したのは”魔槍”エルレイだった。
戦闘中というのにやけにのんびりした口調で話しかけてくるんだな、と少し呆れてしまう。
見た目は以前会ったときと全然変わっていない。
短く刈られた黒色の髪に優しげな目元。
俺より少し背が高く、細いのによく引き締まった身体。
そして純白の突撃槍を片手で軽々と振り回してほこりを払っている。
「あの魔族めちゃくちゃ強いから全然倒せないんだわ。これまで俺が戦った魔族の中で一番か二番ってところだな」
「それほどですか……」
魔族討伐経験が豊富なエルレイがそう言うのであれば疑う余地はない。
魔族の中でも最強と言っていいほどの強さなのだろう。
「あいつ、交渉の余地とかはないと思うけどね」
「まあ話だけでもしてみましょう。殺す前に情報が引き出せるならそれに越したことはないですから」
こうして話している間も魔族の斬撃が飛んできて防御魔法を削っている。
削られた分はすぐに張り直しているので突破される恐れはない。
それでも斬撃一発で防壁を二枚か三枚持っていかれているので、攻撃の威力だけで言ったら間違いなく最強クラスだろう。
「そこの魔族。少し話をしないか?俺は<魔王殺し>レイン。こっちは<魔槍>エルレイだ。いくら魔族とはいえ、俺たち二人の名前くらい聞いたことはあるだろう」
俺が声をかけると、それまで続いていた攻撃がピタリと止む。
「お?効いたか?」
横でエルレイが嬉しそうにつぶやく。
魔王を討った俺と魔族討伐数がトップのエルレイは魔族の恨みを買っている。
俺たちの名前を出せば必ず反応をするだろうと思ったが正解だったようだ。
俺の言葉を聞いて話をする気になったのか、少しずつ魔族がこちらに距離を詰めてきた。
「ふん。面倒な相手だと思っていたら<魔槍>のエルレイだったのか。殺しきれないわけだ」
俺が張った防御魔法の前に立つ銀髪赤眼の男。
顔を見た瞬間に心拍数が一気に上る。
俺はこの男に見覚えがあった。
「……魔王の側近だったやつだな」
「ほう、どこかで見た顔だなと思ったがあのとき殺したはずの人間がなぜまだ生きている?」
「レインはあいつと戦ったことがあるのか?」
俺はエルレイの質問には答えず、魔族の方を睨みつける。
「戦った? いやいや、それは正確な表現ではない。我々に挑んで叩きのめされたというのが正しいだろう。まあ五対一で挑む勇気はさすが勇者だなとは思ったが……しかし、あのとき弾け飛んで挽肉よりも細かくなったお前が何故まだ生きている?」
「肉片をよく確認すれば頭部がないことに気がついただろう。それを怠ったから生き延びられて魔王を倒されることになったんだから、反省したほうがいいぞ」
「ふん……あのときのガキが<魔王殺し>とは……こんなところでもたもたしているわけにはいかないが、陛下の仇とあっては見逃すことなど出来ない。ここでこのグリードガルドがお前を地獄に送ってやろう」
話は終わりのようだった。
魔族グリードガルドは俺の張った防御魔法に向かって至近距離から複数の斬撃を飛ばしてきた。
腕を振ったのは一回だったのに四発分の衝撃を受ける。
一瞬でほとんど防御は消えかけていた。
エルレイが戦闘態勢に入っていることを確認してから魔法を解く。
さすがにあの規模の防御魔法を発動しながら魔族と戦うのは難しい。
自分に魔法をかける。
『剛壁』
『魔防』
『加速』
防御魔法に加えて、『加速』をかけて移動力や回避のスピードを上げる。
これで魔族の身体能力にもついていけるはずだ。
ほかにもいくつか魔法を発動しておく。
直接的に戦闘に関わる魔法ではないが『澄視』や『解毒』などを発動し、万が一の事態に備える。
戦闘準備は整った。
だが、今回は俺一人で戦うのではなくエルレイもいる。
エルレイと協力しないでグリードガルドほどの魔族と戦ったら返り討ちに合う可能性すらある。
「どうします?」
魔族が放ってくる斬撃を躱しながら俺はエルレイに話しかける。
「どうしようかね~。俺とあいつは相性悪いんだよ。俺は近接戦闘しかできないけど、あいつはああやって風の刃を飛ばしてくるから近づけないじゃん? 俺は魔法使えないし」
「魔法が使えない? さきほどの『激槍』は?」
「あれは俺の魔法じゃなくてこいつの力だから」
そう言って槍を指す。
エルレイは突撃槍を指しながら空中で一回転して魔族の斬撃を躱し、回転し終わったタイミングで『激槍』を放つ。
確かにエルレイの魔力ではなく、突撃槍の魔力によって『激槍』が発動されたように見えた。
「これほどの威力の『激槍』を放つ武器ですか!? そんなものがあるなんて信じられない」
「あるんだよな~これが。まあ詳しい話はあとにしよう。俺が前衛でレインが後衛という感じでいいか?」
「いいですよ。ちょっと試してみたいこともありますし」
「レインはあいつと戦ったことがあるんだよな?あいつの能力は?」
「……嵐ですね」
「嵐?」
その瞬間、顔に水滴が当たる。
さっきまでは快晴だったのに、頭上には黒い雲が渦を巻いていた。
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