第28話 死闘(7)
「どうでしたか?」
馬車に戻るとエーデルロンドが尋ねてくる。
「思ったよりもやばそうだな」
ルイアンの様子を伺うとすっかり落ち着いているように見えた。
覚悟を決めたようだ。
魔族が目撃されたアイルゴニスト北方に向けて馬車を飛ばす。
エルレイが負けるとも思わないがとにかく今は急ぎたい。
「ハーフレイルの女王に聞いたら、例の魔族を追っていたのは七聖のエルレイだったらしい」
「七聖の……」
エーデルロンドの顔が曇る。
ルイアンは分かっていないのかきょとんとした顔をしていた。
例の魔族を追っていたのが七聖だったというのはどういう意味なのかを説明する。
「七聖のエルレイは実力で言ったら勇者の中でもトップクラスだ。そんなやつが手こずるほどの魔族がハーフレイルからアイルゴニストに入ってきているというわけだ。相当なピンチだな」
状況を説明してやると、ルイアンの顔がさっと青ざめた。
緊迫した事態ということを理解してもらえたようだ。
「正直におっしゃっていただきたいのですが、陛下とエルレイ殿で戦えば勝てるのでしょうか?」
「……わからないな。勝てると言い切ることはできない」
「それならアイルゴニストの軍を招集する方がよいのでは?」
「……その選択肢も考えたが、どれほどの兵が必要になる?普通の魔族なら1万の兵もいればなんとかなるかもしれない。しかし相手は七聖が仕留めきれないほどの強さだ。10万人もいればなんとかなるのかもしれないが、今から招集するとなると時間もかかるしリスクも大きい」
「兵を集めている間にエルレイ殿が討たれると?」
「その可能性もあるだろう……今はとにかく急ぐしかない」
「……わかりました。ハーフレイルからは魔族の能力について詳細は聞き出せましたか?」
「いや全然だったな。限定固有魔法については向こうも把握はしてなかった。刃のようなもので切り裂くらしいというぐらいでこちらと同じ程度だったな。しかしこれまで魔族討伐経験のある指揮官によれば別格の強さだとか」
「……厳しい戦いになりそうですね」
「そうだな……」
エーデルロンドはため息をついていた。
その横でルイアンは青ざめたまま固まっていた。
「実際に俺はエルレイと一緒に戦ったことはないが、かなりの実力者だと聞いている。ただ、魔族の能力によっては相性もあるだろうから、そのせいなのかもしれない。俺が援護に加われば案外早く片付くかもしれないな……ッ!?」
ルイアンを励まそうと予測の中で最も楽観的なことを口にした瞬間、強力な攻撃魔法がこちらに向かって発動されたことに気がつく。
『剛壁』
『魔防』
急いで防御魔法を球状に展開する。
多重展開までは間に合わず、一重の守りになってしまったが可能な限り魔力を込めて強力な防御魔法を展開する。
大きな槍を模した魔法を受けた瞬間、大きな衝撃が発生する。
一重の守りでは突破されかねないと思って肝が冷えたが、なんとか防ぎきれたようだ。
間一髪のところで防御魔法は間に合ったが、衝撃は抑えきれず馬車は大きく振動する。
「ひぃ……!?」
「これは……!!魔族の攻撃ですか!?」
ルイアンとエーデルロンドが思わず叫ぶ。
「……いや、今のは『激槍』だったから違うな」
魔族は一部の例外を除いて、普通の人間が使うような魔法を使うことができない。
馬車に向かって放たれた魔法は俺もことがある『激槍』の魔法だった。
となると放ったのは魔族ではなく人間だろう。
馬車のドアを開けて外の様子を覗いてみる。
眼下では大きな土埃があがっている様子が見えた。
「どうやら流れ弾が当たったようだな」
今の『激槍』の魔法はエルレイによるものだろうが、当然こちらを狙ったものではない。
魔族を狙って撃ったものの外したか、弾かれて軌道が逸らされたものが偶然当たったのだろう。
『隠蔽』の魔法をかけていたのとかなり上空を飛んでいたため油断してしまっていた。
少しでも気がつくのに遅れていたら今頃3人とも死んでいたかもしれない。
防御魔法を展開していなかった理由はもう一つある。
「ここはガーデイル子爵領からはかなり離れてるんだが……?」
アイルゴニストとハーフレイルの国境に広がる闇の森ではあるが、聞いていた位置よりもかなり南だ。
ここからガーデイル子爵領まで行くとしたら普通の馬車で数日かかるほどの距離がある
エルレイと魔族は相当激しい戦闘を行っているようだから、もはやどこで戦うかなんか気にしていられないのだろう。
「ここで別れよう。エーデルロンドは『浮遊』と『飛行』が使えるよな?」
「……ええ。陛下ほどのスピードは出せませんが」
「よし。じゃあエーデルロンドはガーデイル子爵領まで行って、防衛の指揮を取ってくれ。ルイアンはその補佐をすること」
「わかりました」
「が、がんばります……」
「よし、じゃあエーデルロンドは馬車に『浮遊』『飛行』『剛壁』『魔防』をかけてくれ。ルイアンは『剛壁』『魔防』『隠蔽』だ」
二人の魔法が発動していることを確認すると俺が馬車にかけていた魔法を解く。
「それじゃあ行ってくる。まずい状況になりそうだったらエーデルロンドに『伝意』で知らせるから」
「……頑張ってください陛下……」
「ご武運を」
「……ああ」
馬車のドアを開けて外に飛び出す。
自分の身体の周囲に防御魔法を展開し、『浮遊』で宙に浮く。
エーデルロンドとルイアンが乗った馬車は俺から離れていった。
眼下では激しい戦闘が繰り広げられている。
一瞬で数合の打ち合いが発生し、それに伴って周辺の地面が抉れ、木が倒されていく。
あれほどの戦闘が街や村で行われたらどれほどの被害が出るのか分からない。
今ここで食い止めなくては。
「行くか……」
覚悟を決めると、俺は戦闘に飛び入った。
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