第27話 死闘(6)

「その魔族の限定固有魔法については分かっているのか?」


 ハーフレイルの女王に尋ねる。


「詳しいことはわかっていません。ただ見えない刃のようなもので何十人もを一気に切り裂いたという報告は上がっています。これまで魔族討伐経験がある指揮官は別格の強さと評価していました」


「なるほどな……こちらが聞いている話とも一致する部分がある。おそらく同じ魔族だろう。エルレイが取り逃がすほどの魔族ということは魔王と同格か、魔王以上の強さを持つ可能性もある」


「ハーフレイル側としては七聖最強と名高いエルレイ殿に任せれば問題ないだろうという認識だったので……アイルゴニスト側に逃げ出すなどということは想定しておりませんでした」


 ハーフレイルに過失はないと言いたいのだろう。

 テーブルの上に置かれた女王の手が震えているのが見えた。

 俺がハーフレイルに責任を取れ、と言い出すのではないかと怯えているのかもしれない。


「ハーフレイルがわざと魔族をアイルゴニストに追い出したということでないのであれば……」


「そ、そんなことはしておりません!元々今回の魔族はハーフレイルの北西側に出現し、我々の兵と戦闘を行ったのもそのあたりです!アイルゴニストに侵入したのもエルレイ殿にお任せしてからのことですので……」


 女王は顔面蒼白になりながら必死に弁明をしている。

 恐れられるのは当然だが、何もここまで怖がる必要はないんじゃないかと思うが……

 失態の責任を取らせて女王を処刑し、ハーフレイルを乗っ取るとでも思われているのかもしれない。

 アイルゴニストで似たようなことをしているからその可能性を女王が考えるのも無理はないだろう。

 ……前王は隠居させただけで処刑はしていないが。


「確かに今回の件はハーフレイル側の責任ではないだろうな」


 女王が安心して胸を撫で下ろす。


「ただし、またアイルゴニストに不利益が生じるようなことがあれば……そのときはわかっているな?」


「は、はい……!ハーフレイルはアイルゴニストと今後も良い関係を築いていきたいと考えております」


 流石に怖がらせすぎたかもしれない。

 俺がやっていることは圧倒的な武力による脅迫だ。

 こうなることを恐れて前アイルゴニスト王は俺を亡き者にしようとしたのだろうが、ある意味正しい行動だったと言える。

 命を狙われる身としてはそんなことは言っていられないが。

 ただ恨みを買ってばかりではのちのち面倒なことになるかもしれない。


 常に世の中は罰と褒賞で成り立っている。

 アイルゴニストに対して戦争をしかけたことについてはすでに罰を与えた。

 ただ罰を与えるだけでは芸がないので、アイルゴニストに協力すれば褒美が貰えると思わせて自発的に隷属したくなるように仕向けたいところだ。


「そうだな。アイルゴニストとハーフレイルは協力し合うことでより発展できるだろう。今回はいろいろ情報を貰ったので女王にお礼の品を贈りたい」


「お礼の品とは……?」


 また女王がびくびくと怯えている。

 お礼と言いながら酷いことをするとでも思っているのかもしれない。

 そういえば初めてハーフレイルに来たときに女王の目の前で無礼な将軍の首を刎ねたのだった。

 今更思い出したがあれはやりすぎだったかもしれない。

 その将軍の首はすぐに元通りにくっつけたので一命は取り留めたはずだが、魔法で吹き飛ばす程度にしておいたほうがよかったな。


「これだ……」


 ポケットの中から小さな木箱を取り出して渡す。

 エリーテが余ってた木材を組み合わせて作った簡易的な木の箱なのでとても他国の王に贈るような代物ではない。

 受け取った女王も不思議そうな顔をして眺めている。

 だが真に価値があるのは箱の中身である。


「開けてみろ」


 女王が訝しげな顔をしながら箱の蓋を開けると眩しいほどの光が溢れ出す。


「これは一体……?」


「新しくアイルゴニストの特産品として開発した光明石だ」


 女王が不思議そうな顔をしながら光明石を爪で突いている。


「これだけの光を放っているのに全然熱を感じませんが……?」


「光明石は『光明』の魔法を石に封じ込めたものだ。光は出すが熱は出さないから普通の明かりとは違って触れても火傷する心配がない」


「魔法を石に封じ込めた、と……?」


「そうだ。詳しい作り方は言えないが、同時に魔法を五つ発動しなければいけないので周辺国に同じ物を作れる者はいないだろう。しかも魔法ならなんでも封じ込めることができる。『燃焼』を封じ込めた半永久的に燃え続ける燃焼石や、『洗浄』を封じ込めた汚物を浄化することができる洗浄石とか。生活に役立つ魔法を封じ込めたら非常に便利だと思わないか?魔法使いでなくても真夏に雪を降らせることだってできるようになるわけだ。今後これを他国に売ることでアイルゴニストは莫大な富を築く」


「そ、そんなものを作ることが本当に可能なのですか? 魔法は魔法使いが発動しなければその効力を発揮できないと聞き及んでいましたが……」


「魔法を封じ込めた品はときどき出回るがそのほとんどが子供騙しのおもちゃにすぎない。そんなおもちゃとは違って、俺の作る品は実際に発動される魔法と同じ効果を発揮する。しかし、問題がある」


「……問題とは?」


「アイルゴニストでこの魔道具を作れるのは俺しかいないということだ。つまり、生産に時間がかかるからなかなか市場に出回らないだろう。だが、ハーフレイルがアイルゴニストと共に歩むという姿勢を見せるのであれば優先的に売ってやってもいい」


「なるほど……もちろんハーフレイルはアイルゴニストと協調してやっていくつもりです。それに貴族はこぞって魔法を封じ込めたこの石を欲しがるでしょうから……」


「勘違いしているようだな。これは貴族に限らず平民でも買えるような値段にするつもりだ」


「これほどの物をですか!? 私がこれまで見たことある品は平民が一生の間に稼ぐ金額より高い値段を付けられたものばかりでしたが……」


「貴族ばかり得をしても面白くないからな。それにこれを作るのにかかる費用は石の加工費と俺の労力だけだからな。安くしても十分に利益は出せる」


「なるほど……レイン様は平民の生活の基盤から支配してしまおうというお考えなのですか?」


「…………そこに気がつくとはさすがだな。生活基盤を抑えてしまえばアイルゴニストに逆らうようならお前の国には売らないという脅しにも使える」


 そんなこと全然考えていなかった。

 俺はこの女王いきなり何を言い出すんだと思ってしまってかなり焦っていた。

 確かに女王の言う通りだ。

 アイルゴニストの特産物が無くなったら生活できなくなるとなれば、国と国との間の交渉事で有利にすすめることができる。

 俺が思惑を見抜かれて焦っていると勘違いした女王はやや得意げな様子だ。

 ハーフレイルの女王も伊達ではないということなのだろう。


 俺は勇者になる前はただの農民だったから、かつての自分と同じ立場にいる人たちの生活が楽になったらいいと思っていただけなのだが……

 まあうまく誤魔化せたし、問題はないだろう。


「とりあえず、こんな魔法の道具――魔道具があったらいいという希望があったらまとめておいてくれ。安全性に問題がない限りは希望に沿った魔道具を作ろう」


「わかりました。よろしくお願いします」


「話は以上だ。魔族の討伐に行かなくてはいけないのでこれで失礼する」


 メイドにかけていた魔法を解いてやり、俺はバルコニーから飛び降りる。

 魔族と戦っている勇者の情報を得ることができたし、魔道具をハーフレイルに売り込む交渉もうまくまとまったので本来の目的以上に大きな成果を挙げられた。

 しかし、俺が魔族との戦いで死んだら今の会話も全部無駄になる。


 思考を戦闘モードに切り替える。

 エルレイが仕留めきれないほどの魔族となると、魔王の側近の生き残りかもしれない。

 魔王の側近の中には魔王を超えるほどの強さを持つものがいたと聞く。

 そうなるとエルレイと二人がかりで戦っても倒せるかどうか怪しい。


 俺とエルレイで倒せなかったら人類滅亡の危機だろう。

 そのときはリュクセイオンとルクリウスになんとかしてもらうしかない。

 俺は憂鬱な気分になりながら空に浮かんだ馬車に戻るのだった。




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