第25話 死闘(4)
女王の居城上空に到達し、俺は馬車の動きを止める。
ささっと女王に話だけ聞いて戻ってこよう。
「エーデルロンドとルイアンはここで待っていてくれ」
「わかりました」
ルイアンからは返事がなく、ただ頷くだけだった。
それでも先程よりは幾らかマシな顔をしていた。
少しは立ち直ってくれたようなので安心する。
馬車のドアを開けると強い風が吹き込む。
俺は外に飛び出てから馬車のドアを魔法で閉める。
自分には魔法をかけずそのまま重力に身を任せる。
風の音しか聞こえない。
このまま気絶したら死んでしまうのだろう、と考えると少しドキドキする。
数秒経って城の最も高い塔から見えそうな位置に到達した瞬間、自分に『隠蔽』と『浮遊』をかける。
『浮遊』によって落下スピードは打ち消され、俺は空中に浮かんでいた。
「で、女王様がどこにいるかだが……」
ハーフレイルの城は途轍もなく巨大なので人間の気配が多すぎる。
『探知』の魔法を使えばすぐに女王がいる位置を見つけられるが魔法使いには魔法発動の気配を勘付かれるだろう。
時間はかかるが魔力を広げて探すか。
魔力を手のように伸ばして探知するやり方は相手がよほどの手練じゃない限り気づかれない。
俺は自分の魔力を飴細工のように薄く薄く伸ばしていく。
位が高い人間がいるのは城の上層と決まっているので、城全体を探知するのではなく上の方の階層から順番に探知する。
しばらく魔力を伸ばして探っているとハーフレイルの女王が朝食を取っているところを見つけた。
「そこか……」
やたら広い部屋に置かれたでかい机に一人で座って食事を取っている。
ハーフレイルは城でも家具でもデカくする傾向があるのだろうか?
とりあえず部屋にバルコニーがついていたのでそこから室内に侵入することにした。
物憂げな顔をした美人が何か考え事をしながら食事を取っている。
周りに給仕をする人間が複数いるのに誰一人として口を開かず、女王が使っているスプーンが食器に触れる音しかしない。
どんなものを食べているのか見てみると、スープにパンに果物で一見すると質素にも思える。
しかし、そのどれもが厳選された食材で作られているのかもしれない。
女王の背後から臭いを嗅いでみるとスープの芳醇な香りがした。
おいしそうだな、と思ったところで俺は本来の目的を思い出す。
飯のことはどうでもいい。
大事なのは魔族の情報を聞き出すことだ。
女王の正面の椅子に腰掛けて姿を現そうか考えたが、話をするにはあまりにも遠かったので断念した。
女王が座っている椅子から少し離れたところに立って『隠蔽』を解く。
俺が急に現れたことに気がついたメイドが驚きのあまりに皿を取り落とす。
不愉快そうに眉を寄せると女王はメイドの失態を問いただすように視線を向けた。
「侵入者です!!」
おそらくそんなことを叫ぼうとしたのだろうが、騒ぎになると時間がかかるので俺が困る。メイドに『静音』の魔法をかけて音をカットしておいたので、緊張した面持ちでただ口をパクパクするだけだった。
「ごきげんよう、女王陛下」
「だれで…………レイン様……!!」
メイドが居る方向とは逆の方に立つ俺に視線を向けた瞬間、女王は一瞬で顔が青ざめる。
まさかこんなところに俺がいるとは思っていなかったのだろう。
あまりにも驚いている様子で少し気の毒になる。
「こちらに座ってもいいかな?」
「……ええ、どうぞ」
女王が座っている位置から三つほど離れた場所にある椅子を指差して座ってよいか尋ねると、絞り出すような声で女王は許可をした。
俺は椅子に座って女王に話しかける。
「約束もなく急にお尋ねしてしまって申し訳ないな。緊急事態だったものなので正規の手続きを踏んでいる時間が勿体なくてね」
「何か持って来させましょうか? 緊急事態とは?」
幾分威厳を取り戻したようでさすが生まれついての王族は違うなと感心する。
土気色だった肌にやや赤みが戻ってきていた。
「おかまいなく。緊急事態とは我が国にハーフレイルから魔族が侵入した可能性が高いということについてだ」
「……魔族、ですか?」
「そちらが持っている情報を全ていただきたいと思ってね」
「……魔族の存在が確認されて交戦中ではありますが、アイルゴニストに侵入したという話は聞いておりません」
罪状を言い渡されるのを待つ犯罪者のように緊張した面持ちで女王が答える。
これは本当だろう。
魔族がアイルゴニストに侵入したという情報を俺が得るのが早すぎただけで、ハーフレイル側が知っていたら逆に陰謀を疑うところだ。
「魔族の存在が確認されているのに、なぜ軍を動かさなかった?」
「動かしております……ただすでに多くの兵を失ったために引き上げさせたのです」
「そんな話は聞いていないが」
「それは……レイン様がいらっしゃる前のことでしたから」
「しかし、なぜ増援を出さなかった?」
「勇者の方が直接対処することになったため増援は出さないということになりました」
なるほど。
兵は出したが痛手を受けたのであとは勇者に任せますというところか。
そうなるとよほど実績がある勇者が対処に当たったということになる。
軍を完全に引き上げさせた場合、勇者が魔族の討伐に失敗すると大惨事になる可能性があるからだ。
「魔族に対処した勇者とは誰だ?」
「七聖のエルレイ様です」
「……なるほど。その話を聞いて納得した。<魔槍>のエルレイか……」
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