第24話 死闘(3)

「そこらへんのことは置いておいて、二人に頼みたいことがある」


 雑談でルイアンの緊張が多少解けたようなので本題に入ろう。


「なんでしょう?」


 エーデルロンドにはすでに話してあるが、この反応を見るにルイアンには伝えていなかったようだった。


「今ハーフレイルに向かっているが、その後すぐに魔族が目撃されたアイルゴニスト北方に向かうことになる。二人には従軍魔法使いとして現地で防衛に協力してほしい」


「魔族!?」


 ルイアンが目を白黒させている。

 表情がくるくる変わって面白い子なんだが、何の覚悟もなく連れてこられてしまったようなので可哀想になってしまう。


「そうだ。魔族との交戦が予想されるのでエーデルロンドとルイアンは魔法による兵の援護をしてもらう」


「ま、魔族……私は従軍ってしたことないんですけど……!!」


「今回が初陣か。頑張ってくれ」


「でも、死ぬかもしれないんですよね……!?」


「そうだな。魔族と戦う事になった場合は命の保証はできない。ただ、今回はその可能性は低いが」


「どういうことですか?」


 エーデルロンドが不思議そうな顔をして俺に尋ねる。


「今回魔族と戦うのは俺だ。一応、兵は招集するがあくまで防衛を目的としている」


俺の言葉を聞いたルイアンは驚きの声を上げる。


「そんな……魔族と一人で戦うなんて!」


エーデルロンドも渋い顔をしていた。

ルイアンと同じ考えのようだ。


「……仮にレイン様が敗北して亡くなられた場合、我が国は大きな打撃を受けることになりますが……それとも勝算があるのですか?」


「勝算はないこともないが五分五分だな。魔族と戦って必ず勝てるという保証はない。まだ生き残っているような魔族を楽に倒せるとは思えないからな」


 まだ残っているような魔族は過去に軍を動かしても倒せなかったような大物や非常に狡猾で頭のいい魔族だ。

 その強さは魔王と遜色ない者が多いし、魔王を超える強さを持っている可能性もある。


「わざわざ俺が出向いて魔族を倒すというのには理由がいくつかある。一つは魔族がすでに誰かと交戦している可能性が高いからだ」


「なぜ陛下はそのように思うのですか?」


 エーデルロンドは首を傾げる。

 魔族の行動の予測については実戦経験が豊富な俺とエーデルロンドには大きな差があるようだ。


「魔族が目撃者を生かして帰したからだな。普通の魔族なら目撃者を生かして帰さない。逃した場合、自身の能力や位置が漏れるリスクがあることを理解しているからだ。そんな雑なやつが未だに生き残っていられるはずがない」


「なるほど……確かにそうですね……それで陛下は先程目撃者が生存していたことに注目していらっしゃったんですね?」


 エーデルロンドは俺の予測に納得した様子で深く頷いている。


「そうだ。つまり、その魔族は目撃者を追いかけて殺す余裕がなかった可能性が高い。しかもハーフレイルから我が国に侵入した可能性があるとするならば、追ってくる何者かから逃走してきたのではないか、というのが俺の考えだ」


「その可能性は高いと思います。でも、その魔族を追っている者とは勇者の一人ということでしょうか?」


「おそらくそうだろうな。ハーフレイルが軍を動かしているという話は聞いていない。それで誰がその魔族を追っているのかというのをこれからハーフレイルの女王様に聞きに行くわけだ」


「その勇者様と陛下で魔族と戦うと?」


「ああ。魔族が逃げるということはよほど強いやつだろう。そいつと組んで戦えば勝算はあるはずだ。その魔族はすでにある程度消耗しているはずだし、そうなるとわざわざ兵を無駄に死なせる必要もないだろう」


 一人で魔族と戦っていた頃は万全な状態の魔族とやり合わねばならなかった。

 その頃の戦いに比べたら、今回は楽な部類だろう。

 しかも、力量がトップクラスの勇者がすでに戦闘中であるならば、二人で戦えば勝算はある。


「そういうわけで今回は基本的に魔族との戦闘は俺が担当だ。二人には魔族が街や人を標的にした場合の防衛をやってもらう。エーデルロンドは従軍の経験があるんだったな?」


「はい。私は幾度か参加したことがあります」


「ならルイアンは詳しいことはエーデルロンドに聞いてくれ。『剛壁』と『魔防』は使えるんだよな?」


「はい!両方ともばっちり使えます!」


 エーデルロンドがわざわざ連れてきたということは戦闘においても十分やれるということなのだろう。

 一見すると弟子を無理に戦場へ引きずり出したように見えるが、自分がフォローできる状況で初陣を踏ませてやろうという師匠としての優しさなのかもしれない。

 魔法使いである限り、戦わねばならないことはいくらでもある。


「なら頼もしいな。遺書は書いたか?」


「遺書ですか?」


「そうだ。魔族と戦うとなると生きて帰ってこれる可能性のほうが少ないからな」


 ルイアンが青ざめた顔をしている。

 そういえば俺も忙しくて、王になってからの遺書はまだ書いていなかったことを思い出したのだった。

 馬車の中で筆記具を使って書いてしまうことにした。


 これまでも何度か遺言は書いたことがあった。

 一人で魔族狩りをやっていたときはいつ死んでもおかしくなかったのでそんなものは書かなかったが、他国の軍と共同で戦ったときなどは書くことが要求された。


 俺が死んだ場合にはどうしたらよいか、アイルゴニストの運営に関する指示をいくつか書いておく。

 あとはいつもと同じように、死体が回収できたならリクリエト村にあるソフィーの墓の横に葬ってくれと書く。


 勇者が魔族と戦って負けた場合、死体が回収できることはほとんどない。

 死ぬにしても形を留めて死にたいものだな。


 自分の遺言を書いてから顔を上げると、ルイアンがしくしくと涙を流していることに気がつく。

 エーデルロンドは完全に無視して放っておくつもりのようだった。

 さすがに可哀想だったので俺が慰めることにする。


「ルイアンはまだ若いのに生きるか死ぬかという状況に放り込まれて辛いだろうな。だが、力を持ったものは誰かを守るために戦わないといけないときがある。そのことをわかってほしい」


 わかったのかわかってないのかわからないが、涙と鼻水を流しながらルイアンは頷いていた。

 可愛い顔が台無しだな。

 ルイアンにハンカチを渡してやる。

 お礼めいたことを口にしたようだったが何と言ったのかは聞き取れなかった。


 あとはエーデルロンドがなんとかするだろう。

 気持ちを切り替える。

 ルイアンも含めて兵を無駄に死なせないために俺は戦おう。

 ハーフレイルに着くまでの少しの時間を魔族との戦いに向けて思いを巡らせる。

 その間、ずっと鼻をすする音が響いていたのだった。





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