第23話 死闘(2)

 ハーフレイルに向かうために空飛ぶ馬車に乗リ込むと、すでにエーデルロンドとその弟子が乗っていた。


「お初にお目にかかります。ルイアンと申します」


「ああ、レインだ。よろしく」


 ルイアンは俺に対してやたらぺこぺこしている。

 可愛らしい女の子だな、という印象を強く受ける。

 短いスカートから伸びる脚に目が行かないように気をつけようと心に誓った。

 エーデルロンドの弟子ということだが、まだ魔導学院に通ってそうな年齢に見える。


「魔導学院に通いながらエーデルロンドについているのか?」


「いえ、魔導学院は退学しております」


「ふーん、エーデルロンドは学院をわざわざ退学させたのか」


 あえて意地悪なことを言ってみると、


「人聞きの悪いことを言うのはやめてください。彼女が退学してきたから弟子にしろって言ってきたんですよ」


「そうです……何度頼んでも断られたので……」


「もったいない……俺は学院に通ったことはないが……」


「そうなんですか? 陛下は卓越した魔法使いだとお聞きしていますが……」


「師匠はいるが学院に通ったことはないな。かつて籍を置いていたことはあるが……」


「アイルゴニストの魔導学院にですか?」


 ルイアンは目を輝かせる。

 俺が先輩になるのかと思って喜んでいるのかもしれないが、残念ながら俺はアイルゴニストの学院には行ったことがない。


「いや、アイルゴニストの学院に行ったことはない。聖地の学院だ」


「聖地の……!?」


 ルイアンは目を丸くしている。

 エーデルロンドも驚いた顔をしていた。


「とは言っても俺は正規のルートで入ったわけではないけどな……」


 聖地の魔導学院は各国に設置されている魔導学院とはシステムが異なっている。

 各国の魔導学院は魔法を使えることを示せば基本的に入学することができる。

 ただし聖地の学院は各国の魔導学院で卓越した成績を示した者が推薦を受けることによって入学を許可される。

 その基準は公表されていないが、アイルゴニストからは滅多に出ないのだろう。


「俺は師匠の推薦で入ったんだ」


 聖地の学院では通常の学院とは異なり、授業は開講されない。

 師となる魔法使いの弟子となって直接指導を受けることになる。

 逆に言えば教師たる魔法使いが弟子として取ると言えば自動的に入学は許可される。


「七聖」であるルクリウスが、施設を使用させるために手続きしたことで俺は聖地の学院に入学することになった。

 実際、聖地の学院が秘蔵する知識の数々に触れられたことは俺の魔法技能の向上に役立った。


「それでも聖地の学院に通ってたなんてすごいです!」


「あそこの図書館に通っただけなんだけどな」


 あそこの図書館の貴重な蔵書を読み漁ったことだけはためになったと間違いなく言える。

 ディーテオルヴの手記をこっそり読んだのも禁書の棚で偶然見つけたからだった。


「ルイアンも聖地の学院に行ってみたいのか?」


「いえいえ! 私には優れた魔法の才能はありませんので」


「ふーん」


「それでもルイアンは同時魔法発動数は三ですからね」


「へぇ……すごいんだな……」


「恐縮です……」


「今何歳なんだ?」


「今年十七歳になります」


「その若さでそれだけの能力があるということは将来性あるな。エーデルロンドが弟子にするだけのことはある」


 十七歳の若さで同時に三つの魔法を使いこなす者はそうそういない。

 間違いなく優秀な魔法使いと言えるだろう。


「私の後の王国主席魔法使いの地位を狙っているようですよ」


 エーデルロンドが澄ました顔でルイアンをからかう。

 普段と打って変わって楽しそうだ。


「そんな滅相もないです!! 私はまだまだ修行中の身なので……」


「まあエーデルロンドの次は無理だろうな。もうすぐ解任するから」


「え?」


 エーデルロンドが初めて聞いたという顔をして驚いている。


「いや、エーデルロンドは主席魔法使いを解任して宰相にするつもりだから」


 実際、エーデルロンドは俺の補佐を行ってくれているが、その地位は曖昧で指揮系統に問題が生じているという苦情が上がってきていた。

 全面的にサポートをしてくれているものの、本来の主席魔法使いの地位とは完全に異なる業務を行っている関係で問題となっていたのだ。

 そこで主席魔法使いの地位を解任し、新たに宰相の地位にすることを計画していた。


「そんな話は初めて聞きましたけど」


「初めて言ったからな」


 驚いているエーデルロンドの顔を見て俺は内心ほくそ笑んでいた。

 常に落ち着き払っているエーデルロンドのことをたまには驚かせてみるのもいいだろう。


「しかし、そんな急な話、大丈夫なのですか?私は貴族ですらありませんが」


「俺の決定に異を唱えるだけの度胸のあるやつがいるのか? いたらそいつを宰相にしてもいい」


「そんな人物が今のアイルゴニストにいるわけないでしょう」


「なら、問題ないだろう。影で文句を言うぐらいは許してやるさ」


 アイルゴニストの貴族は腑抜けばかりだし、まともな者が多い中立派の貴族はすでに俺のために働いている者ばかりだ。

 それ以外の文句を言うしか能のない貴族は大人しくしてくれていたらそれでいい。


「まあそういうことだからよろしくな」


「現状ですら仕事が回っていないので、人手を増やしていただかないことには難しいと思いますが……」


「それなら問題ない。主席魔法使いの地位だったら今以上に部下をつけるということはできなかったが宰相ともなれば話は別だ。十人ぐらい人を回してもいいだろう」


 エーデルロンドは最初の期待以上によくやってくれている。

 宰相になれば今まで以上に仕事もしやすくなるはず、という俺なりの気遣いでもあった。


「それは助かります!!!」


 不思議なことにルイアンが涙を流して喜んでいた。


「なんでそんなに喜んでいるんだ?」


「人手が足りなさすぎて手伝ってもらっていたんです」


 エーデルロンドが悪びれずに言う。

 ということは無給で働かせていたのか?

 ルイアンに聞いてみると、不思議そうな顔をしていた。


「お金? お金もらえるんですか?」


「おい……」


 エーデルロンドの方を睨むと涼しい顔をしている。


「社会勉強をさせてあげていたんですから。正式に仕事として依頼をしていたわけではありませんし。むしろルイアンが自主的に手伝わせてくれと言ってきたんですよ」


 と開き直っていた。

 俺はため息をついてしまった。


「今度からはちゃんと給料も出るようになるから」


 と伝えるとルイアンは大喜びをしていた。


 エーデルロンドに苦労をさせている俺が悪いとはいえ、弟子をタダ働きさせるエーデルロンドの図々しさには驚かされた。


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