第22話 死闘(1)

 鳥のさえずりで目覚めた俺は部屋のカーテンを開ける。

 ここのところ晴天の日が続いていて、今日も雲ひとつなく晴れ渡っている。

 天気がいいと気分もよくなるな、と思っていたが部屋に入ってきたエーデルロンドの言葉でそんな気分のよさはどこかへ行ってしまった。


「陛下、魔族による襲撃の情報が入りました」


「……本当か」


「はい。我が国の北方ですね。ハーフレイルとの国境近くの森です」


「着替えてすぐ行く」


 王都からハイリーンに移ってきたエーデルロンドの執務室に急いで向かう。

 俺の頭の中にはいろいろな考えが渦巻く。

 ここ最近のアイルゴニストで魔族が出たという話は聞いていない。

 ハーフレイルとの国境ということはハーフレイル側から入ってきたのだろうか?


「待たせたな」


「いえ、それではさっそく説明の方をさせていただきます」


「頼む」


「情報はハーフレイルとの国境近くに領地を持つガーデイル子爵からです」


 エーデルロンドが壁に貼られた地図上で位置を示す。

 アイルゴニストのほぼ最北端だ。


「魔族と遭遇したのか?」


「ええ。ハーフレイルの再侵攻などに警戒して夜間の見回りを兵に行っていたようです。国境にある闇の森ですね。昨日の深夜に魔族を発見し、戦闘になったようです」


「戦闘って……」


 人間数名の集団と魔族が戦ったところで勝てるはずもない。

 それどころか全員殺されて終わりだろう。


「ええ。兵士五名の班で見回りを行っていたようですが、五名のうち四名が死亡し、うち一名はなんとか逃げ延びたものの重傷ということでした」


「よく逃げられたな」


「怖気づいてすぐ逃げたようです。一撃は入れられてしまったようですが魔族は追ってこなかったとか」


「臆病さで命を拾ったというわけか」


 戦いになったときに逃げ出すというのは兵士として失格ではあるが、魔族との戦いでは正しい。

 少数の人間が魔族と戦ったところで勝てるはずはないのだ。

 むしろ、逃げて情報を持ち帰ったことのほうがこちらとしてはありがたい。

 その兵士が生き残っていなければこちらに情報が入らず、対応が後手に回ることになっていただろう。


「しかし、気になるな……」


「どこがでしょうか?」


 訝しげに俺を見るエーデルロンド。

 こちらを見ながら顎に手を当てて軽く首を傾げる。

 そんな仕草をして嫌味に感じないのはエーデルロンドくらいだろう。


「その兵士が逃げ切れたことだ。馬に乗っていようが魔族の足で追いつけないはずがない」


「たしかにそうですね……報告書には特に何も書かれていませんが……」


 エーデルロンドがパラパラと紙をめくって見落としがないか確かめる。


「その見回りに魔法使いはいたのか?」


「いえ。居なかったようですね」


「そうか……」


 なんらかの魔法を使ったのであれば、魔族から逃げ切ることも不可能ではない。

『加速』や『飛行』で逃走の補助を行ったか、あるいは『幻影』の魔法などで目をくらますことで多少確率は上がる。

 強い魔族はそれすら突破してくるので、並の魔法使いでは太刀打ちできないことの方が多いが。

 今回は魔法使いがいなかったということなのでどうして兵士の一人が逃げ延びたのかわからない。

 偶然魔族に遭遇した普通の人間が生き延びるというのは滅多にあることではない。

 大抵は死体の山が後から発見されて魔族出現の情報が入ることになる。


「なんでその兵が逃げ切れたのかわからないな。偶然逃げられるほど魔族は甘くもない」


「なにか理由があるのでしょうか?」


「兵というより魔族側に理由がありそうだな……追っているほどの余裕がなかったのかもしれない。手負いの魔族か……?」


「魔族側の情報は特にありませんね……視認した瞬間に刃のようなもので切られたと」


「刃、か……」


 魔族が使うのは自身の身体と能力だけだ。

 刃のようなものを作り出すタイプなのかもしれない。


「その子爵が何らかの狙いがあって情報を出し惜しみする可能性はありそうか?」


「それはないでしょう。人間同士のいざこざならともかく、魔族との戦いでそんなことをしたら真っ先に自分の命が危なくなりますから」


 エーデルロンドの言う通りだ。

 近場に魔族が現れて対処出来ない場合、のんきに策を弄していたら死ぬことになる。


「そうだよな……となるとそれ以上の情報を入手することは難しいだろう……」


「難しいでしょうね。初動でこれだけ分かったのは幸運とも言えますが。一応ガーデイル子爵領の近隣の貴族たちには出兵の命令を出してあります」


「役に立たずとも守りは必要だからな……しかし、必要なのは情報だな。ハーフレイルから来たのであれば、向こうは何か知っているかもしれない」


「それは確かにそうですが……これから行くのですか?」


 エーデルロンドは面会の約束がない、と言いたいのだろう。

 しかし今は緊急事態だ。


「そんなこと気にしている場合じゃないからな。それに俺と向こうの女王は友達だし。エーデルロンドも一緒に行くぞ。」


「……なぜ私が?」


「エーデルロンドにはガーデイル子爵のところで防衛に参加してもらう。優秀な魔法使いが一人でもいたほうがいいからな。ガーデイル子爵の方へはハーフレイルに行った後、直接向かう」


「はぁ……わかりました。私の補佐として弟子のルイアンを連れて行ってもいいですか?彼女も優秀な魔法使いなので」


「いいぞ」


 こうして俺とエーデルロンドとその弟子のルイアンの三人でハーフレイルに向かうことになった。

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