第20話 準備(12)

俺とエリーテは『刻呪』を用いた魔道具を作りはじめた。

 エリーテは回光石の加工担当。

 回光石の加工は難しいということだったが、回光石製のノミを使って綺麗に加工している。

 小さな身体なのに力は並の男性よりも遥かに強そうだ。

 魔法抜きで力比べをしたら俺は負けてしまうだろう。

 そんな俺は『刻呪』で魔法を封じ込める担当だ。


 エリーテが加工した回光石の塊を手に持つ。

『刻呪』を発動して、ひとまず『豪炎』を封じ込めた豪炎石を作った。


「これはずっと燃え続けるから危ないんじゃない~?」


「そうだよな……」


 たしかに悪意を持った人間の手に渡ってしまったり、管理の仕方を誤ったら大変なことになってしまう。

 代わりに対象を燃えやすくする『燃焼』の魔法によって回光石自体が薪の代わりとして使えるようになる燃焼石を作ることにした。

 燃焼石も管理に気をつける必要はあるが、空気を遮断したり水をかけて火を消すことはできたので豪炎石と比べたら安全だろう。


 家の中で燃えるものと言えば薪だけではなく、明かりもある。

 これまで明かりは主にろうそくや松明が使われていた。

 それの代わるものとして『光明』の魔法を封じ込めた光明石も作った。

 これなら煤も出ないし、火事になる恐れがないので安全に使うことができる。


 難点があるとすれば、俺以外の人には光を消すことはできないことだろうか。

 暗くしたいのであれば、布をかけたり木箱にしまう必要がある。

 豪炎石と違って光明石は布や木と接触しても燃えることはない。

 廊下のような明るいほうがよい場所では常に明かりを灯しておけるので喜ばれそうだ。


 エリーテはふざけて「城自体に『刻呪』を使って光らせたら~?」と提案してきたが、天井や壁、床まで光ったら眩しくて困りそうなので却下した。

 その代わり城壁の上に光明石をたくさん設置したら一晩中明かりが絶えなくなって便利になるだろう。


「城壁全体に光明石を配置するとしたら何個くらい必要だろうか?」


「千個くらい~?」


「そんなに必要なのか」


「松明を設置できそうな箇所はそれぐらいあると思うよ~」


 設計したエリーテが言うのだからそうなのだろう。

 俺は城壁全体におけるようにかなりの数の光明石を作った。

 それでも千個には程遠い。

 そこまで急ぐ必要もないから時間をかけて作っていけばいいだろう。

 城に限らず、街中も明るい方が安全なのでゆくゆくはハイリーンの街全体に光明石を設置する予定だ。



 燃焼石や光明石は生活を大きく変えてしまう優れた発明なのは間違いない。

 他国に売りさばくことでアイルゴニストは大きな富を得ることができるだろう。

 それでも、まだまだ改善できる部分はあるはずだ。

 そこで俺は家事のスペシャリストとでも言うべきメイドのシアンに意見を求めた。

「なあシアン。一番大変な仕事ってなんだ?」


「そうですね……やはり城のように大きな建物になりますとと掃除をするのは大変ですね。ハイリーン城に移ってくる際に抜けた者もいるのでやや人手が足りない部分もありますし……」


「掃除か……」


 掃除に役立ちそうな魔法というと『洗浄』だろうか?

『刻呪』によって『洗浄』を常に発動し続ける洗浄石を作る。


「洗浄石に棒とか付けたらいいのかな。これでホコリや汚れを綺麗にすることができる」


 洗浄石を手に持つと、燃焼石を試していたときについた煤が落ちて綺麗になる。

 汚れていたわけではないが、絨毯に使ってみたら色が変化して新品同様に綺麗になっていく。


「ああ、これはいいですね」


 シアンが嬉しそうな顔をする。


「これまでは水を使って洗えなかったようなものでも洗浄石を使えば綺麗にできるからな。あとは棒状の洗浄石を作っておこう。それを使えば床をすこし撫でただけで綺麗になるだろうし、掃除の手間も減るだろう」


 俺はときどき自分の部屋に『洗浄』の魔法をかけているが、魔法使いではない人だとわざわざ箒や雑巾を使って汚れた部屋を綺麗にする必要がある。

 城のようにいくつもの部屋があったら人の手で掃除をするのは大変だろう。

 洗浄石を使えばその時間が大幅に短縮するはずだ。


「あ、そういえばトイレの樽に入れておけばずっと『洗浄』を発動し続けるから綺麗に保てるな」


 ハイリーン城のトイレは排泄が終わると水で流して、地下にある大きな樽の中に貯める方式だ。

 樽がいっぱいになってきたらあとで処理するわけだが誰もやりたがらない仕事だし、やるとなるとかなりの人手が必要なので困っていた。

 ときどきトイレの配管を通って悪臭が昇ってくることもあるのでいずれ改善しなくてはと思っていた部分だった。


 地下にある施設に向かう。

 ハイリーン城の地下には糞尿を貯めるための巨大な樽が置かれている。

 十人の人間が手をつないでようやく一周できるほど大きな樽だ。

 こんな中に落ちたらと考えるとあまりの恐ろしさに震える。

 パイプで流れてきた排泄物を貯めておくわけだが、近づいただけで鼻が曲がりそうな酷い臭いがする。


「これはやばいな……」

 袖で鼻と口を覆う。

 それでも悪臭で頭がくらくらしてしまう。

 一応臭いが漏れ出て来ないようにしっかりと蓋は閉じてあるのだが、あまり効果はないようだ。

 洗浄石を投げ込むために片手で蓋を開ける。


 すると、もっと酷い臭いが袖の布を貫通してきて吐き気を催す。

 目を開けているのすら困難だ。

 急いで樽の中に向かって洗浄石を投げ込む。

 ぽちゃんという小さい音がしてからコン!と硬いものにぶつかった音が聞こえた。

 洗浄石は樽の底まで沈んだようだ。


 十分ほど待ってから樽の蓋を開けると先程に比べて臭いがかなりマシになっているので洗浄石による浄化は成功したようだ。

 ついでに『洗浄』によって空気の消臭ができるということを今更思い出した。

 部屋全体に強力な『洗浄』の魔法をかけると一切臭いがしなくなったので、最初からこうしておけばよかったなと後悔した。


「はあ……でも暑くなる前でよかったな……夏場だったら倒れていたかもしれない」


 命の危険すら感じる任務を達成した俺は自分の全身に『洗浄』の魔法をかけて臭いを消すのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る