第19話 準備(11)

「なんで出来ないんだ?」


 手記に書かれている順番通りに魔法を発動していく。

『刻呪』を刻む対象はエリーテが持ってきていた回光石だ。


 まずは体内の魔力を『放出』によって出す。

 手のひらから出た白っぽい魔力の塊はふわふわと空中に浮かぶ。

『放出』は魔力を直接相手にぶつけて攻撃する魔法だ。

 魔力に対する守りを破壊するために使われることが多い。


 次に『移譲』によって対象に魔力を注ぎ込む。

 魔法を発動して、漂う魔力の塊を回光石の中に注入する。


 そして『同化』によって自分と回光石を一体化させる。

『同化』の魔法は一般的に使われることはなく、儀式で使われることが多い魔法だ。

 複数人で一つの魔法を発動するというのが最もよく知られた使用方法だろう。

 自分の右手の人差し指から出ている糸のような魔力で回光石とつながっているのを感じる。俺の魔力は黄色っぽいが、回光石から立ち上っている魔力は白っぽいので湯気みたいに見える。

 ここまでは成功しているはずだ。


 次は『刻呪』で発動させたい魔法だ。

 今回は『豪炎』を発動させる。

 左の手のひらから小さい『豪炎』の塊を出す。

 そして『影写』によって自分の魔力紋章を回光石に刻む。


 手記の通りにここまでやってみたが、太陽の魔力紋章を刻んだ回光石は一切反応がない。


「なんでだ?」


「『豪炎』の魔法を回光石にぶつけるんじゃない~?」


 エリーテのアイデアを試してみるが、やはりうまく行かない。

 おそらく、なにかが間違っているのだろう。

 ディーテオルヴの手記の記述は概略しか載っていない。

 もしかしたら他のページにより詳細な説明があるのかもしれないが、そんなあるかないか分からないものを探してはいられな。

 あるいは手記自体が偽物という可能性もあるにはあるが……

「俺のやり方が間違っているんじゃないかという気がする……」


『放出』

『移譲』

『同化』

『豪炎』

『影写』


 複合魔法『刻呪』はこれら五つの魔法から成り立っている。

 わざわざこの五つの魔法を使うのには何か意味があるはずだ。

 俺は『刻呪』で使用する五つの魔法について検証を始めた。


『放出』は魔力を体外に出すため。

『移譲』は魔力を回光石に注ぎ込むため。

『同化』は回光石と魔法の使用者が一体化するため。

『豪炎』は発動させたい魔法であればなんでもいいから今は関係ない。

『影写』は魔力紋章を刻むため。


 一つずつ魔法を検証していると俺の中で疑問が生まれた。


「なんで『放出』で体外に魔力を出してから『移譲』するんだ?」


「どういうこと~?」


「『放出』が無駄なプロセスということだ。回光石に魔力を注ぐことが目的なら『移譲』だけでいい」 


 対象に触れて『移譲』を使うことで、自分の魔力を直接注ぐことができる。

 わざわざ魔力を『放出』してから『移譲』する意味ってなんだ?

 試しに『移譲』を使って魔力を回光石に注ぎ込むがうまくいかない。





『放出』の魔法をもう一度発動してみる。

 白っぽい魔力の塊が再び出現する。

 それを地面に向かって放つと、少し地面を抉って消えた。


 わざわざ『放出』を発動するということに何か意味があるということだ。

 しかし何が違う?

 違うのは色くらいだが。

 その瞬間、俺は答えを閃いた。


「わかったぞ!『放出』を発動するのは自分の魔力から変換するためだ!」


 もう一度『放出』を発動する。

『放出』によって体外に出た魔力は俺の魔力とは違って白っぽい。

 ただ魔力を体外に出したときは自分の魔力のままだが、『放出』の魔法というプロセスを挟むことで俺の魔力ではない純粋な魔力となる。


 それを『移譲』で回光石に注ぎ込む。

 これによって、俺とは無関係な魔力を持った回光石が出来上がる。


 この回光石を『同化』によって自分の魔力と繋げる。

 そして俺が決定的に間違っていたのはこの先の部分だ。


「さっきは『豪炎』を俺の魔力で発動したけど、そうなるとわざわざ『放出』によって純粋な魔力に変換する意味がない。『放出』を使うプロセスがあるのは、回光石自体の魔力を使って『豪炎』を発動するためだったんだ」


 右手の指先から伸びる魔力の繋がりを感じる。

 俺は『同化』の効果により、回光石の魔力を用いて『豪炎』を発動する。

 予想通り土の上に置かれた回光石が燃え上がる。


 そのまま『影写』を発動して太陽の魔力紋章を刻み込むと、回光石との繋がりを断っても回光石は内包された魔力を使ってそのまま燃え続けていた。


「やった!!できたぞっ!!」


「すごい!!まさか本当にできちゃうなんて~!!」


 俺は疲れ切ってしまったのと達成感から思わず座り込んでしまった。

 苦戦したが『放出』の魔法という本来であれば無駄としか思えないプロセスの意味に気がつくことで発動に成功することができた。

 もしかしたら発動者とは異なる魔力を持っているモノに魔力紋章を刻むことが『刻呪』の必要条件になっているのかもしれない。


 試行錯誤を繰り返してなんとか複合魔法『刻呪』を習得することができた。

 これでハイリーンの薪問題を解決することができる。

 それどころか国全体の生活を底上げすることも可能になるだろう。


「エリーテのおかげだな」


「いや~レイン様の力がなければできなかったから、協力してもらえてよかったよ~。でもこれだけすごい発見なのになんでこのページは破かれちゃったのかな~?」


「おそらく、この魔法が広まったら困ると思ったやつがいたんだろうな」


『刻呪』によって誰もが魔法を使えるようになってしまったら、魔法使いの地位が脅かされると考えた者がいたのだろう。

 破り取られはしたものの消失せずに残っていたおかげでこうして俺が『刻呪』を習得することができた。

 残してくれた人には感謝してもしきれない。



 こうして複合魔法『刻呪』を習得した俺はハイリーンの生活改善に取り組み始めた。



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