第16話 準備(8)

「燃料がない……」

 俺は薪が積まれているスペースを見てこっそりため息をついた。





 ハイリーン城が完成してから数日が経った。

 王都から使用人たちが到着し、ハイリーン城での暮らしが始まりつつあった。

 馬車で運びきれなかった使用人たちの家財は、俺が王都から『飛行』で運んできたため一応生活はできるようになってきている。


 それでも不足しているものは多い。


 王都からハイリーンまで商人が来て店を開いてくれることにはなっているが、それもすぐというわけにはいかない。

 足りないものに関しては使用人と一緒に『飛行』で王都まで買いに行くことが多かった。


 今回同行するのはリーリア付きのメイドであるシアンだ。

 シアンはリーリアの世話をするついでに俺の身の回りの世話もやってくれている。

 最初は自分の身の回りの世話ぐらい自分で出来ると突っぱねていた。

 しかし朝から晩まで魔法を使った作業をしたり、書類仕事に追われて時間がないため、今では完全にシアンに甘えてしまっていた。


 シアンと一緒に王都まで買い出しに行くのは三回目だ。

 移動中は特段やることもないため、いろいろ話をしてみるとシアンの人柄を俺は気に入った。

 寡黙だが頭の回転が速く、こちらの意図を素早く読み取って適切な答えを返してくる。

 前王がリーリアの専属にするだけのことはあるなと感じた。

 そんなシアンと話をするのは疲れている俺にとって数少ない癒やしの一つだった。

 リーリアについてや城内の使用人達の様子などいろいろ聞くことができて有意義なので助かる部分もある。

 どんな些細なことでも情報は多く持っているに越したことはないのだ。


「陛下、お茶をどうぞ」


「ありがとう、シアン」


 シアンの淹れるお茶は非常に美味しい。

 リクリエト村に住んでいたときはお茶など飲まなかったが、学院時代やあの山に籠もって暮らしているときは一人でお茶を淹れて飲むこともあった。

 どういうわけか自分で淹れるとそれほどおいしくできない。

 今度シアンにコツを教えてもらおう。


「ところで、何かハイリーン城で問題はないか?」


 優雅にお茶を飲みながら会話をしているが、俺たちは二人で空を飛んでいた。

 正確には空飛ぶ馬車に乗って、だが。


 これまでは人間に『飛行』をかけて飛ぶことが多かった。

 だが使用人の中には高い場所が怖いという者がいたのと、強風で髪や服が乱れるため女性陣からはあまり評判がよくなかった。


 そこで考えついたのが、馬車に『飛行』をかけて飛ぶ方法だ。

 これならわざわざ窓から覗かない限り下は見えないし、風による影響を受けることはない。

 ハイリーン城の材料となった山を持ってくるときに、『飛行』がかかった山の上でのんびりご飯を食べながら帰ってきたことがあった。

 そのことに着想を得て試してみたら想像していたのよりも遥かに便利だったのだ。

 身体に『飛行』をかけて飛ぶよりも安定感があって好評だったし、俺としても複数の人間に『飛行』をかけて飛ばすよりも馬車一個を飛ばしたほうが楽なのでなかなか良い発明だったと自負している。



「そうですね……誰かが食料を勝手に持ち出しているかもしれないという話は聞いています。前日確認したときには食料庫に在庫があったパンが翌日見たらなくなっていたとか」


「食料を?ふむ……」


 現在のハイリーン城周辺には食料を手に入れる方法がない。

 店はないし、狩りができるような森も遠く離れている。

 そのため、ハイリーン城に住み込みで働いているものには毎日三食振る舞われていたし、ハイリーン城の外で暮らしているものには食料が配給されていた。


 俺が一番懸念していたのは、王都と違って今のハイリーンには娯楽がないことだ。

 ましてや使用人たちは栄えていた王都から陸の孤島であるハイリーンに来ることになってしまったのである。

 俺のような生まれも育ちも農村の人間であれば何も感じないが、使用人の中には精神的にきついと感じているものがいるだろう。

 俺が直接料理人に命令し、使用人たちに振る舞われる料理はかなり凝ったものになっている。

 当然、出される食事の量も十分なはずだ。

 となると……


「配給の食料が足りていないのだろうか?」


「量は十分だと思います。ただ……何かがいるのではと若い使用人たちは怯えているようです」


「何か?」


「幽霊、とかでしょうか。馬鹿馬鹿しいとは思うのですが」


「幽霊ね……」


 今のハイリーン城はできたばかりで死人はまだ出ていない。

 ただ、ハイリーン平原は大昔に何度か戦場になっている。

 幽霊がいるのではないかという噂が出るのも無理はないだろう。


「あるいは何かの魔法という可能性はありませんか?」


「それなら俺が気がつくと思うが、そういう気配はないな……」


 死者を使役する、とされる魔法使いはいる。

 実際に使われるのは死者を使役する魔法ではなく、死者の幻影を作り出す魔法であるが、卓越した魔法使いであれば本人そのままの幻影を作り出せると聞く。

 それでも所詮は幻影に過ぎず、死者が蘇るわけでもない。

 魔法に不可能はないはずだが、死んだ人間を蘇らせる魔法は未だ誰も成功していないのだ。


「しかし、幽霊なら食料を持っていかないだろう。俺は幽霊など見たことないから信じていないが……」


「幽霊じゃないとなると、使用人の誰かでしょうね。あるいは食べ物のにおいにつられてやってきた動物でしょうか……」


「わからないな……使用人以外の誰かが入り込んでる可能性もある……衛兵に警戒するよう伝えておいてくれ」


「わかりました」


 気にはなるが情報が少なすぎる。

 ただ、行動からは害意のようなものを感じないので放っておいてもいいかもしれない。


「他になにか困っていることがあるって聞いてないか?」


「今すぐというわけではないですが、やはり薪の問題でしょうか」


「……そうだよな」


 薪は悩みの種だった。

 薪、というか燃料がないのだ。

 もともとハイリーン平原には薪にできるような木は生えていなかった。

 生えているのは腰ぐらいまでの高さの低木ばかりで、幹や枝が細いため薪にするのには適さない。

 今から木を植えたとしても育つまでには何年もかかるだろう。

 おまけにハイリーン城から1番近い森までは馬で一日かかるほど距離があった。


 今は運んできた山にもともと生えていた木を薪にして使っている。

 王城の一角に山積みになっているが、何か手を打たないとこの薪の山がなくなったときに困ってしまう。

 あと2ヶ月もしたら尽きてしまうだろう。

 暖かくなってきたので暖房が必要ないからなんとかなっているが、人口が増えたら到底追いつかない。


「薪以外の燃料があればいいのですが」


「大陸の遥か東方には薪より長持ちする燃える砂があるとは聞いたことがあるな……真っ赤な砂で一度火を付けると十年ほど燃え続けるとか……しかし、そんな本当にあるかどうか分からないしな………俺が森まで行って確保してきてもいいんだが、今後人口が増えたときのことを考えると他の方法を考えたいな」


 わざわざ遠く離れた森まで薪を取りに行かせる労働力を考えると非常に悩ましい。

 リクリエト村はすぐ近くに山があって助かっていたんだな、としみじみ思った。




 薪問題の解決策をエリーテが持ってきたのはそれから二日後のことだった。



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