第17話 準備(9) 

「いや~ようやくできたよ~」


「できたって何が?」


 エリーテがやってきたのは俺が昼食を取っているときだった。

 午前中の書類仕事が終わっていなかったので、焼いた肉を齧りつつ牛乳と一緒にパンを食べながら書類にサインをしていた。


「魔道具だよ~」


「魔道具ってなんだ?」


「魔道具とはその名の通り、魔法を封じ込めた道具だよ~」


「そんなの初めて聞いたが……」


「だって私が開発したんだもん~」


「魔道具ね……」


 魔法の道具というものは一応存在しているし、俺も見たことはある。

 聖地の武器屋で『豪炎』の魔法を封じ込めた短剣を触らせてもらったことがある。

 常に人肌ぐらいでほんのり温かいため、寒い冬にはさぞ便利だろうと思って値段を見たら家が買えそうなほど高かったため諦めたことがあった。


 物体に封じ込められた魔法はその威力をほとんど保つことができない。

 鉄すら一瞬で溶かす『豪炎』の魔法が人肌ぐらいの暖かさになってしまう。

 魔法を物体に封じ込める試みは幾度も繰り返されているが、魔法発動時の効果をそのまま発揮できるようにすることは不可能だと考えられている。


「効果はどんなものなんだ?見せてくれ」


「いやいや、レイン様に魔法を込めてもらわないと無理だから~」


 何故かエリーテは俺に魔道具を見せようとしなかった。

 本当に魔法を封じ込められる道具を作ったのなら自慢げに見せてきそうなので嘘っぽいな。


「俺がやるのか」


「これは本当にすごい発明なんだって~」


「仕方ない……何の魔法だ?」


「火が出るやつ~」


「……俺は忙しいから他のやつに頼んでくれ」


 いくら石造りの城とはいえ、城の中で火炎系の魔法を発動するなんてありえない。

 俺は忙しいので、エリーテの遊びに付き合ってわざわざ外に行くような時間はない。


「ほら、ハイリーンって薪が無くてこのまま行ったら燃料に困るじゃない?魔道具があればその問題が解決するんだよ~」


「……確かにな」


 魔道具とやらで火を起こすことができるのであれば燃料問題は解決する。

 いやそれどころか他の魔法も封じ込められたら、今の不便なハイリーン城の問題が片付くのではないか?


「ね?協力したくなってきたでしょ~?」


「わかった。外に行くぞ」


 ハイリーン城の中庭に行く。

 庭師数名が中庭に木を植えたり、花壇の土を作ったりしている。

 俺たちが行くと一斉に頭を下げるが、そのまま作業を続けさせる。


「ここでいいか?」


「うーん。企業秘密だから人がいないところのほうがいいかな~」


 仕方がないので、エリーテを連れて城から離れたところまで『飛行』で飛んだ。

 これで子供だましだったら許さないぞ、と思いながら。


「で?俺はどうすればいいんだ?」


「うん……うーん」


 何故かエリーテは悩み始める。

 さっさと嘘でしたと言えばいいのにな。

 ただ、どうしてそんな嘘をついたのかの意図がわからなかった。


「どうしたんだ?」


「話すか、話さないか、ですごく迷ってるんだけど~やっぱり話したほうがいいよね~」


「……事情があるなら全部話してくれ」


「あのね……レイン様はディーテオルヴについて知ってる?」


「……逆になんでお前が知ってるんだよ」




 魔法使いにとっての禁忌はいくつかある。

 その一つが『魔法起源』ディーテオルヴだ。


 魔法使いが誕生して以降、なぜ魔法が使えるのか、というのは最大の疑問だった。


 魔法が使えるのは人間だけで他の生物は使うことができない。

 神が人間を特別な生き物として作ったからだとか、人間が神から魔法を盗み出したからなどとおとぎ話を語る者はいる。

 だが実際のところはなぜ人間が魔法を使えるのか分かっていない。


 かつて実在した魔法使い、ディーテオルヴはこの疑問を解き明かそうとした。


 しかし実際問題として「なぜ使えるか?」という疑問を直接的に確かめる術はない。

 そこでディーテオルヴは「人間は魔法を使えるが、魔法を使える人間が人間でなくなったとしても魔法を使えるか?」という方法で間接的に”答え”に迫ろうとした。


 ディーテオルヴが狂った魔法使いだったのかは定かではないが、やったことは残虐極まりない。

 魔法使いを切り刻んで、どこまで行ったら魔法が使えなくなるのか実験したのである。

 事故や戦争によって手足を欠損するものがいたため、両手足がなくなっても魔法が使えるというのは当時から分かっていたらしい。


 しかし、頭だけになったら?


 あるいは頭がなくなって身体だけになったら?


 処刑された魔法使いが頭だけになっても魔法を使ったという伝説はあったが、その頃は眉唾モノだと思われていたようだ。


 最初、ディーテオルヴは実験体の頭と身体を分けてから魔法を発動させようとしたようだが、実験体はすぐに意識を失って魔法を発動することができなかった。

 そこで実験体を『支配』によってコントロールして魔法を使わせることにした。

『支配』は意識の有無に関わらず、魔法の発動者の命令を実行することが可能だからである。

 すると、頭だけになった場合は魔法を発動することができたが、身体だけになった場合には魔法を発動することができなかった。


 つまり『魔法』を発動するのに必要なのは身体ではなく、頭なのである。

 しかし、頭と言っても脳や目や鼻や耳などいろいろな部位がある。

 もはや言うまでもないだろう。

 ディーテオルヴは実験体の魔法使いを絶命させないように気をつけながら、引き続き実験を行った。

 最終的には脳を四分割されても魔法発動が可能だったとされている。


 他にもディーテオルヴは実験体が原型を留めない化け物になっても魔法を使うことができるかという検証を行っている。

 見た目が化け物になってしまっても自我が残っているうちは自分で魔法を発動することができたようだ。

 完全に自我がなくなってしまってからでも『支配』を使えば魔法を発動させることができたとか。

 しかし、動物を『支配』しても魔法を使わせることができなかったようだから、やはり元が人間であれば姿が変わっても魔法は使えるということだ。





 ディーテオルヴによれば「人間の精神こそが魔法の発動」に必要なものらしい。





 ディーテオルヴがやろうとしたことはそれまで誰もやったことがないことだった。

 そのため、実験は失敗続きで試行錯誤をかなり繰り返した。

 最終的に七十六名の魔法使いが実験体にされてしまったようだ。

 そのほとんどがディーテオルヴによって一方的に『支配』や『服従』をかけられて実験体にされた。

 七十六名の中にはディーテオルヴの実の娘も含まれていたという。

 当然それだけの魔法使いがいなくなれば大きな騒ぎになる。

 ディーテオルヴがやったことはすぐに露見し、彼は速やかに処刑されたという記録が残っている。


 そしてそれ以降「魔法の起源を探求しようとすること」、すなわち『魔法起源』が禁忌に指定された。

 『魔法起源』については魔法使い同士であっても無闇に語ったりその知識を広めることが禁じられている。

 この数百年間に禁忌に指定されたものはいくつかあるが、その中でもディーテオルヴの残虐さは突出している。

 彼のやったことは到底認められないことではあるが、それでも得られた知識は貴重なものである。

 やり方さえ間違わなければ彼は偉大な魔法使いとして讃えられる存在になっただろう。




 俺がこれだけディーテオルヴに詳しいのは禁書扱いだった彼の手記を見たことがあるからである。




 おおよそディーテオルヴが書いたそのままだったが、内容のせいなのか当時の魔法使いによって手記の一部は破り取られていた。

 俺が読んだ部分ですら凄惨な内容だったのに、もっと酷いことが書かれていたのかもしれない。

 今となってはどんな内容だったのか知る由もないが。



 おそらくエリーテはディーテオルヴについて概略ぐらいしか知らないだろう。

 しかし、魔法使いの中でも知らない人間が多いディーテオルヴについてなぜエリーテが知ってる?



「もう一度聞くがお前はなぜ知っている?」



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