第7話 始動(7)
「お疲れ様、ルクリウス。久しぶりに会った彼はどうだった?」
「相変わらずふてぶてしいガキじゃった」
中央に円卓が置いてあるだけの薄暗い部屋。
この部屋が聖地リューゼルンの最奥にある「七聖の間」だった。
円卓にただ一人座るリュクセイオンは十歳程にしか見えないのにどこか老人めいた落ち着きがあった。
ルクリウスを労って、どこからともなくお茶を出す。
「しかし、彼はなかなかやるね。まさか二十万人まとめて『支配』するなんて思ってなかった。普通の人間じゃそんなこと思いついても実行しないだろうし、実行したところで成功しないからね。これも師匠の魔法の教え方がよかったのかな?」
「ふん。儂が教えたことなど大したことではないわ。お主なら分かっているじゃろう」
「それでも師匠は師匠さ。彼が僕の弟子だったら鼻が高いと思うよ」
ルクリウスは黙ってお茶をすすっていた。
「前から考えていたんだけど、彼なら僕らの仲間にふさわしいと思うんだよね」
「……あいつを七聖にするつもりか?」
「この前、空席が四つもあるのはどうなんですかってリーンハイルに言われちゃってさ。確かにそうだなぁって思って。まあ、本音を言うともう一人ぐらい居たほうが雑用を任せやすそうだし……えへへ」
リュクセイオンは天使のような笑みで悪魔のようなことをのたまう。
「しかしなぁ……今回の件で魔王殺しどころか魔王扱いになるじゃろうて……七聖のイメージが悪化せんかのう」
「彼は魔族じゃないし、魔王と渾名されようが関係ないけどね。浮遊火山の戦い以来、僕らは三人で頑張ってきたけどこれからもっと忙しくなると思う。だって、魔族との戦いも新しい局面になるでしょ?」
魔王が死んでからの二年。
弱い魔族は大半が狩られた。
まだ残っているのは魔王と同等の強さを持つものばかり。
「壁の期限も近い。そのときが来たらアイルゴニストは最前線になるし」
「力量的には十分資格はあるじゃろうがな……しかし、評判は悪い」
「教団トップの肩書なんてお飾りなんだからそんなに気にすることじゃないと思うんだよね。七聖の仕事は魔族との戦いの旗印になることだから。そういう意味では彼はぴったりなんだよ。なにせ<魔王殺し>だから」
「まあ、本人がやると言えばいいじゃろう。しかし天の邪鬼だから骨が折れるのは間違いない」
「そこが一番悩ましいところだよね。どうすれば彼が喜ぶような報酬を出せるかな~って考えたんだけど、ちょうどいいのがたまたま手元にあってね」
「……『蘇生』の情報か」
「これなら彼も喜ぶでしょ?」
「本当に性格が悪いやつじゃな……ところで、エルレイは」
もう一人の七聖の名前をルクリウスが口にする。
「魔族が出たっていう情報があってさ。彼に行ってもらうことにしたんだ。結構手こずってるらしくて」
「そうか……まあ、あいつなら遅れを取るということはないじゃろうしな」
「いやぁ、彼のおかげで僕は聖地に引きこもっていられるからね。頭が上がらないよ……」
魔族討伐で頻繁に駆り出されているエルレイに比べてリュクセイオンは聖地でのんびりしていることが多かった。
「というわけで次の七聖会議のときにレインの七聖就任のお披露目もするから。ルクリウスにはまた近いうちに彼のところに行ってもらうことになると思う」
「いいじゃろう……それで”白狼”のほうはどうなった?」
「彼の方はダメそうだね」
「そうか……レインよりあいつのほうが東とのバランスがよくなると思うがな」
「二人まとめてでも良かったんだけど、東側とはもう無理そうだね……いろいろやってきたけどそろそろ限界という感じかな」
「どうするつもりじゃ?」
「いつか潰す日が来ると思っていたけど、ほらちょうどよく彼が表舞台に戻ってきたから。彼にやってもらおうかな」
「はぁ……人を使うことに関しては天才的じゃな。悪魔的か?」
「ルクリウスに悪魔なんて言われたくないね! 僕はちゃんと上手く動くように配置を考えているだけだよ」
「いつやるつもりじゃ?」
「まだ早いかな……彼もこれからしばらくは忙しいだろうし……でも、壁の期限が来る前に一つにまとめておかないとまずいことになるからね。彼のこれからの働き次第で時期は多少変わってくるけど、そんなに時間はないと思う」
「ふむ……これまで引きこもっていたやつがようやく働く気になったようじゃからな。しっかり働いてもらわんといかんな……」
「そうだね。これからは彼を中心として世界が動き出す。大変だろうけど、彼なら大丈夫だよ」
リュクセイオンはキラキラした目で太鼓判を押した。
ルクリウスは人使いの荒いやつに目を付けられた弟子の身を案じるのであった。
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