第6話 始動(6)

「久しぶりだな。アイルゴニスト王」


 俺は顔面蒼白のアイルゴニスト王に挨拶をする。


「いつ以来だったかな? 帰り道で暗殺者に襲われたパーティー以来か?」


 魔王討伐直後のことだ。


 高級な酒をたくさん飲ませてもらえたのはよかったが、帰り道で暗殺者二十名に襲われたことがあった。


 当時は暗殺ってもっと少人数でこっそりやるものじゃないのか、と思ったものだ。


「忘れたかな? もう二年も前のことだからな」


 暗殺に失敗した後は兵を送って来たため、俺はあの山に引きこもることになったのだが。

 アイルゴニスト王は口をパクパクさせていた。


「さて、本題に入ろう。俺は交渉に来た」


「……交渉だと?」


「いや交渉というのは違うな……正しくは通告しにきた。お前らが出した兵がどうなったか知ってるか?」


「……」


 アイルゴニスト王は沈黙した。


「お前らの兵は全員俺のものになった。『支配』の魔法でな」


 謁見の間にいる将軍や兵士どもがざわめく。



 ――ありえん。七万の兵を『支配』できる人間などいるはずがない。

 ――エーデルロンドですら同時に複数人は無理だと聞いたぞ。

 ――ああ。しかも魔法使いにかけた場合はほとんど失敗するとか。

 ――<魔王殺し>のハッタリでは?


「まあ信じろって言っても無理だろうな。というわけで王女様の出番だ」


『隠蔽』を解除する。

 俺の隣に最初からいた王女様の存在に、ようやく謁見の間にいる全員が気がつく。


「リーリア!」


「王女様はもらっていいっていう話だったよな? 誓約の証を見せてやれ」


 王女様は手の甲の印を皆によく見えるように上げてみせた。


「リーリアになんてことを……!」


 王が額に青筋を立てる。


「俺のものになったんだからどう扱おうとこちらの自由だ。まあ俺もここまでやるのはどうかと思ったが、役には立ったな」


 俺の言うことに絶対服従ということは証人として利用できる。


「誓約主から誓約者に命じる。一切の嘘をつかず、見たことをそのまま話せ」


 王女様の手の甲の印が青く光る。


「知りたいことがあるなら、王女様に聞け」


「リーリアよ。魔王殺しが我が軍の兵を全員『支配』したというのは本当か?」


「はい。お父様。アイルゴニスト、ハーフレイルの兵二十万人全員が勇者様の『支配』を受けました」


「ア、アイルゴニストの兵だけではなく、ハーフレイルの兵もか!? 二十万もの人間を『支配』できる人間がいるとは……」


 俺が何を言ったとしても信じなかっただろう。

 だが、血の誓約によって本当のことしか言えない状態の王女様の言葉だから信じるしかない。


「分かっていただけたかな? つまり俺は今二十万の兵を動かせるということだ。その気になれば二十万人にアイルゴニストを攻めさせて更地にすることだってできる」


「……望みはなんだ」


 ようやく自分が置かれている状況がわかったらしい。

 圧倒的な力の前には神であってもひれ伏すしかない。


「とりあえず、お前は退位して隠居だな。あと、わざわざ王女様をくれるっていうことは俺に王位を継いでほしいっていうことだろう? こんなしょぼい国がほしいわけではないが、どうしても貰ってほしいというのであれば仕方がない。馬鹿な王によって苦しむ民に罪はないしな。というわけで今日から俺がアイルゴニスト国王だ」


「……ハーフレイルはどうするつもりだ。お前のやったことはただ問題を先延ばしにしただけだ。結局何も解決していない」


「わざわざ教えてやる義理もないが、問題ないとわかったほうが安心して隠居できるかな? ほら」


 丸めた書状を王に向かって放り投げる。

 王は震える手で書状を開いて読む。


「……アイルゴニストへの不可侵と<魔王殺し>レインによるハイリーン平原の領有を認める代わりに食糧支援だと……!? そんな食料はアイルゴニストにはない!! どうするつもりだ!!」


「勘違いするな。アイルゴニストは関係ない。食糧支援をするのは俺だ。安心して隠居してくれ。これまでは王の責務で忙しくて土いじりなんかする時間はなかっただろう? ゆっくり花でも育てながら余生を送るんだな」


 アイルゴニスト王は震える手で王冠を掴むと、謁見の間の床に投げつけた。

 思ったより軽い音を立て、俺の足元まで王冠が転がってくる。


「……ふん。俺を殺そうとしたことは許してやるんだから感謝するんだな」


 俺は床に落ちている王冠を拾って頭に乗せる。


「衛兵、連れて行け」


 ぼんやりしていた衛兵に向かって王として最初の命令を告げる。

 槍を持った衛兵は慌てた様子で前王を謁見の間から連れ出して行った。


 俺は玉座に座る。

 玉座は思っていたよりも固くて座り心地は悪く、良いのは見た目だけだった。



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