第8話 氷の鷲
私がレイン様のことを初めて見たのは魔王討伐後の凱旋パーティーでした。
「ねぇ。シアン聞いてよ~」
「どうなさいましたか、リーリア様」
専属メイドのシアンに泣きつく。
「ほら、今日は魔王を討伐した勇者様の凱旋パーティーがあるじゃない? お父様が私は参加しなくていいって言うの! おかしいよね!」
「リーリア様……陛下はなにかお考えがあってのことだと思いますが……」
「む~! そうやってシアンはお父様の肩を持つんだから~!」
勇者様が魔王討伐に成功したということが伝わったとき、国中が歓喜した。
『疫病』で死を待つばかりだった多くの人たちは命が救われた。
そして、その魔王を倒した勇者様はアイルゴニスト王国出身だったのだ。
勇者様が魔王討伐の報告に来ることが王城に知らされると、凱旋パーティーが催されることになるのは当然だった。
「ねぇシアン……協力して」
「はぁ……リーリア様……陛下がダメと言ったらダメですよ……」
「第一王女リーリアが参加しなければいいでしょう? シアンの余っているメイド服を貸してくれない?」
「……絶対誰にも気づかれないようにしてくださいね」
「ありがとうシアン!」
シアンは私に優しい。
母が『疫病』で亡くなってから、私が甘えられるのはシアンだけだった。
お父様からパーティーに出てはいけないと言われたので、もちろん「第一王女リーリア」が参加することはできない。
なのでシアンから借りたメイド服を着て、ひと目につかない柱の影に潜んでいることにした。
前にシアンが立ち、私はその後ろからパーティーの様子を眺める。
メイド服を着て、顔がわからないように大きな眼鏡をかけていた。
さらにウィッグをかぶって普段とは髪色まで変えていた。
ここまですれば気がつく人はいないだろう。
いつもの王城のパーティーに比べると客は多かった。
みんな魔王を倒した勇者様を一目見たいと思っているのだろう。
これだけ人でごった返していれば、ここにいるメイドが実は王女だ、なんて気がつく人はいない。
私は少し安心した。
しばらく待っているとお父様に案内されて、勇者様が広間に入ってくる。
勇者様の姿を見た参加者達が大きくどよめいていた。
白金の髪に金色の瞳。
その容姿は伝え聞く魔族のものと酷似していた。
そのせいか、周りの貴族がヒソヒソと囁きあっているような気がする。
だが、私はそんなこと気にならなかった。
暗がりにいる私から見た勇者様はまるでおとぎ話から抜け出てきたように見えた。
魔王を倒せるほどの力を持つ勇者様だから筋骨隆々なのかと思っていたら、ほっそりとしている。
背は隣にいるお父様より高いから余計細い印象を受けた。
終始柔和な笑みを浮かべており、魔族と渡り合えるほどの強さを持っているようには見えなかった。
おとぎ話では、竜を倒した勇者と王女が結ばれるというのはよくある話だけど……
どうにかしてお話できないかしら、とリーリアは考えていた。
しかし、お父様によってパーティー出席を禁止されてしまったのでそれに逆らうことはできない。
私は柱の影からひっそりと勇者様を眺めることしかできなかった。
にこやかな顔で貴族たちに挨拶をする勇者様。
自分の家の利益しか考えていない下品な貴族たちばかりだ。
娘を娶らないか?などと持ちかけているのだろう。
勇者様は慣れているのか、にこやかなまま対応していた。
ただ、最初に比べてやや疲れているように私からは見えた。
パーティーが一息ついたところで勇者様にお父様が近づいていく。
「レイン殿は魔法がお得意というお話を伺っております。是非披露してくれませんか?」
お父様がレイン様に余興をやれと無茶なことを言っている。
「まあたいしたことは出来ませんが……」
レイン様は手のひらを上に向けた。
次の瞬間、空中に大きな氷の塊が出現した。
部屋のなかに冷たい風が吹く。
風の魔法なのか、浮いている氷に切れ目が入ったのが見えた。
勇者様が指を鳴らすと、その音を合図に氷がぱりん、と割れた。
雪のように細かい破片が空中を舞い、シャンデリアの光を反射してキラキラと輝く。
「きれい……」
しかし、そんなものはあくまでおまけだった。
割れた氷の中から大きな氷の鷲が現れたのだ。
羽根の一枚まで彫り込まれており、今にも動きそうなぐらい精巧だった。
魔法の力でふわふわと浮かんでいて、本物の鷲が滑空しているように見えた。
パーティーに来ている人たち全員が大きく息を飲む。
だけど、すごいのはここからだった。
レイン様がもう一度手のひらを上に向けると白く光る球が現れた。
それはすこしずつ浮かび上がっていき、氷の鷲の中に吸い込まれる。
すると驚くことに、氷で出来た鷲はぶるぶると身を震わせて羽ばたき始めたのだった。
七色に輝く鷲はゆっくりと皆の頭上を飛びながら、大きく鳴き声を上げる。
大広間の中を三周して、悠然と飛びながら窓の外へ出て行った。
皆、あまりのすごさに呆然としていたが、誰かが拍手をし始めると我に返り、惜しみない賞賛と拍手を送ったのだった。
私はすごく興奮していた。
あんなにすごい魔法を見たのは生まれて初めてだった。
勇者様は優れた魔法使いだと聞いていたが、それは攻撃魔法に卓越しているという意味だと思っていた。
繊細で複雑な魔法をあそこまで使いこなせるなんて……!
私は勇者様の卓越した魔法の技量を目の当たりにして尊敬の念を深めたのだった。
ただ、それ以降勇者様の噂はぱたりと途絶えてしまった。
ときどきお父様にも聞いてみたけど、何も知らないと繰り返すだけだった。
あれから二年経った。
少し前からハーフレイルがアイルゴニストに侵攻するのではないかという噂が囁かれていた。
アイルゴニストはハーフレイルを迎え撃つ準備を進めていた。
兵を訓練し、食料を蓄え、武器を増産した。
しかし、ハーフレイルは予想を遥かに上回る数の兵を動員したのだ。
戦力差があまりにも大きすぎた結果、お父様は勇者様の力を借りることに決めたようだった。
だが、勇者様のお力を借りるためには対価を支払わないといけない。
そのために私は勇者様に差し出されることになった。
お父様の書斎に呼ばれた私は、そのとき初めて真実を知らされたのだった。
お父様が勇者様のことを亡き者にしようとしたこと。
それによって勇者様が姿を隠されたということ。
私の異母姉が勇者様と一緒に育ったということ。
そのことを知った私はなんて酷いことを、と思った。
勇者様は『疫病』で亡くなった私の母と兄の仇を討ってくれた方だというのに。
誰かが魔王を倒してくれたらいいのに、と幼い私は何度も思ったのだった。
病に蝕まれた母と兄のために毎日祈りを捧げた。
私の祈りは届かず、母と兄は亡くなった。
だからこそ、勇者様が魔王を倒したと聞いたとき、私は喜びで胸がいっぱいになり、涙を流した。 勇者様が無力な私の代わりに魔王を倒してくださったのだ、と。
私は勇者様に救われたのだ。
いろいろな考えが頭のなかをぐるぐる駆け巡っていた。
すぐには話の内容を飲み込めなかった。
それだけ衝撃的だったからだ。
でも、私の心の中では納得したという思いが一番大きかった。
ああ、だからお父様はあの日パーティーに出るなと言ったのね。
子どもの頃に亡くなった異母姉とはいえ、きっと私と似ていただろう。
私を見た勇者様が不審に思うのは十分予想される事態だった。
戦争で緊迫した状況なのに、私は愚かにもあの日見た勇者様のことを思い出して胸をときめかせていた。
だから、お父様に勇者様の元に行ってほしいと言われたときに、即答したのだ。
「私は、民のためにこの身を捧げます」
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